サザンカ

ぷりんけぷす

第1話

「あほか」

浩太はそう呟き、遺影を睨みながら焼香をした。


 コンビを解散してからというもの、慣れない会社勤めと何かしらのバツの悪さで、かれこれ亮平とは3年程会っていなかった


 浩太の方からこれ以上芸人を続けて行くのは無理だなと亮平に言った。

亮平は「そりゃまあそうだわな。」と返し、その日「サザンカ」は解散した。


 2人は高校を卒業後すぐに芸人の養成学校に入学し、丸12年間芸人として活動した。

 芸人としては鳴かず飛ばずだったが、二人にとってそれは辛いものでは無かった。

 毎日刺激に溢れ、芸人達との切磋琢磨する日々は単純に楽しかった。先輩からの嫌味に耐え切れず喧嘩してしまったり、後輩達を集め大通りで全裸運動会をしたり、同期達とお笑い論を朝まで語り明かしたりと、満たされ無いながらも二人は充実していた。


 亮平は自殺だった。


橋の上から川に飛び込んだらしい。


「浩太。お前な、飛べへんって思ってるから飛べへんだけで意外と飛んだら飛べるねんて、多分」

「どうゆう事やねん。普通に無理やろ、鳥とかちゃうねんから」

「いや、鳥かって最初から飛べる思てへんかった思うで、偶然飛べてんて、あいつら」

「いやでも、人間は無理やろ」

「お前そんなん言うてたらイチローも信長も活躍出来てへんぞ」


「無茶苦茶やな、いや、でもなんか、それええやんけ。

いやいや、あかん話それ過ぎやわ、今の流れでほな芸人しよか、ってなるか?いや、なるか。えーか?これでえーんか?」


「おお、ええやんけ。そんな感じや。そんなんでええねん。俺らやったら上手くいくわ。ほな、とりあえず芸人決定やな?」

「んー、まぁ決定やわな。」


 芸人の道に誘ったのは亮平からだった。


 2人は中学時代からやたら気が合っていた。いつも馬鹿な事を考えては実践し周囲の人間を楽しませていた。しかし一度面白いと思ってしまうと暴走してしまう2人は問題児でもあった。


 体育館の床をワックスまみれにした時は警察まで出動する騒ぎとなった。


 同期達がテレビやyoutubeで活躍していく中「サザンカ」はいま一つ成果を上げられ無いままだった。


「絶対おもろい思うねんけどなあ、なんであかんのやろ」

「てか、あいつらめっちゃ笑うん我慢してない?」

「それ、ほんまあるよな」

「舞台で急に血吹いて死んだら受けるかな?」

「いや、それは流石に俺も受け止めれへんわ」



 思い返せば亮平はたまに死を匂わせる発言をしていた。


「ってか生きてるんと死んでるんとの差ってマジで捉え方次第やねんて」

「どうゆう事よ?」

「んーなんか一生会わへん奴とかおるやん、でも記憶の中では生きてるやん。テレビとか出てる奴もそうやん」

「あーなんか分かるな、それ」

「てか、まぁそもそも死なへんかもしらんしな。」

「いや、死ぬやろ」

「ほな浩太、お前死んだ奴に会った事あるんけ?」


 葬式の帰りに亮平の母親から一通の封筒を手渡された。


 封筒には「浩太へ」と書いてある。


 亮平の遺書だ。あの馬鹿で陽気な亮平の遺書。自殺したなんて認めたくなかった。

 箱の中の猫も蓋を開けるまでは中身が確定しないと聞いた事がある。これを開けてしまうと亮平の死が確定してしまう。

 読めば多分これまでの「俺達」は終わってしまう。そう思い浩太は封を開く事が出来なかった。



 亮平の葬式から一カ月が経過しても浩太は前に進めないでいた。

浩太を心配した同期芸人達からの連絡も適当に受け流し、仕事も心ここに在らずを上司から責められ、本日遂に無断欠勤をしてしまった。


 亮平の自殺は「サザンカ」の解散が原因だったのか。浩太はそんな風に考えるようになっていた。


 この封筒を開ければ全ては解決する。いや、全てとは言わないでも少なくともあいつの何かは見える筈だ。でも、それを見たくない。



 何をすればいいのか、何がしたいのか、何も分からず浩太は封筒を握りしめ家を飛び出し走り出した。

 走りつかれた頃、気が付くと浩太は亮平が飛び降りたという橋の近くに来ていた。


「そうか。あいつ、ここから飛び降りたんか


 なんやねん、お前全然飛べてへんやんけ」


 真昼間の橋の上では車や人の音が交差していた。浩太は亮平に話しかけた途端、葬式でも流さなかった涙が溢れ止める事が出来無かった。


「なんやねん、お前ちゃんと死んでるやんけ、ぼけ。別にここで飛ばんくてもええやんけ、ってか勝手に一人で飛ぶなやボケ。ほんましばくわ」


 浩太は橋の上で膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えながら話した。


「亮平。すまん、戻ってきてくれ、頼むわ、あかん、分からん、すまん。」



 浩太は髪の毛を掻き毟り涙を拭いながら川に向かって話す。「いや、こっち ちゃうか」と空に向かって話し直す。


 その瞬間、ふと亮平のいつもの馬鹿面が見えた気がした。


「なんやねん。もうええわ。中見るわ。しゃーないよな、全部受け止めたるわ」


 そう言い浩太は握りしめていた封筒を開き中からしわくちゃになった便箋を取り出した。


 便箋を広げるとそこには


 大きく「アホが見る」と書かれていた。


「なんやねん、ぼけ。ほんま、なんやねん。」


 浩太は大いに後悔した。

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