Ⅳ 本当の狙い

 ところが、それから1週間ほど後、サント・ミゲルに立ち寄った本国へ向かう護送船団が、再び出航した翌日のことである……。


「――た、たいへんです! 旦那さま!」


 いつになく、血相を変えた秘書チェス・イドォが大慌てでリカルードの書斎へ飛び込んで来た。


「どうした? 騒々しい…」


「そ、それが…例の、あのヨシュアという者の船が海賊に襲われ、船ごと奪われたとの一報が入りました!」


 珍しいその様子に怪訝な顔でリカルードが尋ねると、秘書は思ってもみないことを息つく暇もなく大声で報告する。


「な、なんだと!? そんなバカな! 護送船団と一緒だったのだろう!?」


 想定外のその事態には、リカルードも思わず椅子から立ち上がり、目をまん丸くして驚きと疑問のない交ぜになった顔をして秘書を問い質す。


「な、なんでも、やはり古い船だったためか調子が悪く、一艘だけ遅れをとって船団から離れたところを襲われたそうで……」


「そ、そんな……そんなことってあるのか……」


 ぜったいにあり得ない話というわけでもないが、このレアケースはまったく以てリカルードの頭の中にはなかった……まさか、自分の出資した船だけが護送船団から脱落し、しかもそこを狙い撃ったかのように海賊が襲撃しようとは……。


「それで、ヨシュア氏が早々、保険金の支払いを要求してきたようです。今回は当事者に非のない正当な理由ですし、ここで支払わないと我が社の評判が悪くなるかと……」


 すっかり失念していたが保険金の問題もあった。払う可能性など微塵もないと思っていた保険金まで支払わなければならなくなってしまったのだ。


「ううむ……まあ、保険金を払ったとしても、そこからこちらの投資した分は戻ってくるのだからな。まあ、今回はそれだけでもよかったとしよう……」


 もう運が悪かったとしか言いようがない……いくらズル賢いリカルードといえども運・不運についてはどうしようもない。


 リカルードは苦虫を噛み潰したかのような顔をしながらも、今度の件においては金儲けを諦めることにした――。




 ……が、それからさらに数日後、保険金を支払った次の日のことである。


「――だ、旦那さま! た、た、たいへんです!」


 またも秘書が血相を変えると、転がるようにして書斎へ駆け込んで来た。


「な、なんだ!? 今度はどうした!?」


 嫌な予感を感じつつ、リカルードも声を荒げる。


「よ、ヨシュアが…やつが泊まっていたホテルから姿を消しました! しかも、これまでの宿泊費をすべて踏み倒して……保険金も支払われましたし、こちらの投資した額の返還を打診しに行ったところ、もうすでにも抜けの殻でして……」


「なっ…!? ……ま、まさか……騙された……のか?」


 そんな知らせを耳にして、ようやくその事実に気づいたリカルードは顔面蒼白になると、全身から力が抜けるようにして椅子にその身を沈めた――。




 さて、その頃、ならず者達の巣窟、トリニティーガー島の港では……。


「――ヒャヒャヒャヒャ、思った以上にうまくいったぜ!」


 なぜか海賊に奪われたはずのキャラック船の甲板で、保険金として受け取った銀貨のいっぱいに詰まった宝箱に腰を下ろし、ヨシュアが下品な高笑いを愉快そうにあげていた。


 これまで見せていた腰の低さとは打って変わり、まるで別人のように不遜で傲慢な態度である。


「いやあ、あのリカルードから金を巻き上げるたあ、さすがジョシュアの旦那だあ!」


 また、甲板上には海賊風の小汚い身なりをした人相の悪い者達もひしめき合い、手に手に酒杯を掲げると、彼を〝ジョシュア〟と呼んでその手腕を褒め称えている。


 そう……彼は貿易商のヨシュアではない。


 彼の本当の名はジョシュア・ホークヤード。通称〝詐欺師〟の名で知られた、トリニティーガー島でも一目置かれる有力な海賊の一人である。


 無論、彼を取り囲むゴロツキどもも、ジョシュアが臨時で雇って集めた手下の海賊達である。


 ジョシュアがリカルードに持ちかけた投資話は、すべて金を騙しとるための嘘だったのだ。


 積荷のコーヒー豆と船は実際に彼が用意したものだが、護送船団から脱落して海賊に襲われたというのもすべて自作自演。船と荷は無傷で回収した上に、リカルードから受けた投資の金と、さらに保険金までも手に入れたという次第である。


 紹介された保険会社がテランツ商会の傘下であることも、当然、ジョシュアは承知の上だ。また挙動不審な言動を見せて一旦、疑いを持たせた後に、それが杞憂だったと思わせて油断させるのも当初からの計画通りである。


 お人好しな商人を騙していたつもりのリカルードだが、じつはその強欲さにつけ込まれ、逆に自分の方が詐欺師に騙されていたのだ。


「このトリニティーガーにゃあ海賊達がごまんといるが、どいつもこいつも俺に言わせれば、ただケンカが強えだけの単なるバカだ。やっぱり金儲けってのはここ・・でしなきゃあな、ヒャヒャヒャヒャ…!」


 礼賛する手下達に偉そうに嘯くと、ジョシュアは自分のこめかみを人差し指でトントンと叩きながら、下卑た高笑いを再び海賊船の甲板上に響かせた。


                    (El Estafador ~詐欺師~ 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

El Estafador ~詐欺師~ 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画