Ⅲ 積み荷の中身

 それから10分と経たず、リカルードと秘書チェス・イドォを乗せた馬車は、指定された埠頭の入口に到着していた。


 もし詐欺だった時に落とし前・・・・をつけさせるべく、彼らは私兵ともいうべき胸甲とカットラス(※船乗りが愛用する短いサーベル)で武装したテランツ商会の使用人も幾人か連れて来ている。


「よ、ようこそおこしくださいました。どうぞ、船はこちらです……」


 その物々しい視察団を目にして、お出迎えに立っていたヨシュアは動揺の色を顔に浮かべながら、埠頭に泊まる自分の船へと一行をうやうやしく誘う。


「これはまた、たいそう古そうな船だな。これでちゃんと大海を渡れるのか?」


 ヨシュアが手で示す船を見上げると、それはずいぶんと古びて木材も色褪せた〝キャラック船〟だった。


 今でも現役で使われている船種だが、キャラックはガレオンよりも一世代古い船である。


「は、はい。古い船ですが補修はしっかりしておりやす。新品同様に頑丈でございまさあ……さ、どうぞ船倉へ。足元にお気をつけて」


 厳しいリカルードの言葉に、ヨシュアはハンカチで額の汗を拭き拭き、弁明をしながら船縁にかけた板を登り、船底に設けられた積荷の倉庫へと彼らを案内する。


「ほう。だいぶあるな……中身は全部コーヒー豆か……」


 ヨシュアについてリカルード達も梯子を降りると、上甲板の下に広がる薄暗い空間には、パンパンに膨らんだ麻袋が所狭しと山積みにされていた。


「どれ、一応、商品の質も確かめさせてもらおうか……おい、一つ切って中身を出してみろ」


 だが、山積みの荷を見てもリカルードは安心しない。連れてきた使用人に命じると、無数の麻袋の中から適当に一つを選び出し、ナイフで切り裂くように命じる。


 じつは中身がコーヒー豆ではなく、一文にもならないゴミ屑が詰められている……なーんてこともあり得なくはないからだ。


「え!? ふ、袋を開けるんですか? そ、そいつはやめておいた方がいいような……」


 すると、ヨシュアは俄かに慌てふためきながら、弱腰ではあるがその行為をやめさせようとする。


「フン。何か見られてはマズイものでも入ってるのか? ……おい、かまわん。やれ」


「へい」


 だが、どうにも挙動不審なその態度に、リカルードはニヒルな笑みを浮かべると再度、使用人に命じて袋を開かせた。


「うわっ…!」


 瞬間、麻袋の中からは勢いよく大量のコーヒー豆が吹き出し、あっという間に足元の床は豆だらけになってしまう。


「あ〜あ、だから言ったのにぃ……片付け大変なんですからあ……」


 思いの外溢れ出した豆に驚くリカルード達に対し、片眼鏡をかけた顔をしかめると、迷惑そうにヨシュアはそう呟く。


 麻袋の中身は正真正銘、本物のコーヒー豆だったのだ。ヨシュアが反対していたのは、ただ単に豆が散乱することを懸念してのことだったらしい。


 となると、ホテル暮らしをしていることやサント・ミゲルの町で彼を知る者がいなかったのも、ただ単に新天地へ渡ってきてからまだ日が浅かったためなのかもしれない。


「本当に豆が詰まっていたのか……ああ、いやすまん。ずいぶん古い船だったのでな、共同出資する者として少々心配になったのだ……」


 あらぬ疑いをかけていたリカルードは、それが杞憂だったとわかるとバツが悪そうに、惚けてそんな言い訳を口にしてみせる。


「まあ、確かに見た目はオンボロっすからねえ……そんなに心配でしたら、昨今流行りの保険・・ってのにも入っておきましょうか? なんでも保険金ってのを払っておくと、積荷に何かあった時に損失額を負担してくれるんだとか」


 すると、見た目に反してじつはお人好しなのか? ヨシュアは気を悪くするでもなく、むしろ反対にそんな提案までしてきてくれる。


「保険? ……おお! それはいい考えだ。いやじつは、わしの知人もつい最近、保険会社を始めてな。よかったら紹介するんでそこを使うとといい」


 その提案にリカルードは一瞬の間を置いた後、なぜか大賛成をして早速、その話を進めようとする。


 フフフ…これはうまいこと言って騙せば、二重に金が儲けられるかもしれんな……。


 じつは、リカルードも最近登場したたその〝保険〟という新事業に参入していたのだ。どうせなら、テランツ商会の系列会社であるそこに保険金を払わせなようという魂胆である。


 しかも、荷を運ぶ船はエルドラニアの護送船団と一緒に本国へ向かうとのことなので、海賊に襲われたり、難破するような心配も極めて低い。護送船団は無数の大砲で武装されたガレオン船の艦隊である上に、海や天候を司る悪魔を魔導書の魔術で使役できる凄腕の〝魔法修士〟も乗船しているため、海難事故に遭う可能性もほぼゼロに近いのだ。


 つまり、出資の見返りとして売り上げの7割をいただける上に、支払うことのまずない保険の掛け金までヨシュアから巻き上げられるというわけである。


「へえ。おススメのところがあるんでしたらぜひご紹介くだせえ。助かりやす」


 そうとも知らずにお人好しな無名の商人は、まったく疑いもせずに…いやむしろ感謝すらしている様子でリカルードの薦めに乗ってきてくれる。


「おお、そうかそうか! では、さっそくその保険会社の事務所に案内しよう。何事も用心が肝要だからなあ、ハハハハハハ…!」


 意外なほど簡単に釣れた魚にたいへん満足げな高笑いを船倉に響かせつつ、上機嫌なリカルードはヨシュアを誘って甲板の上へと向かった――。

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