§126 終幕
王皇選抜戦は、結局のところ、首席戦は再開することなく、中止となった。
その結論には納得がいかない部分もなくはないが、事が事だけに仕方ないとも思う。
というのも、今回の件で、「新・創世教」の存在が初めて公になったことになる。
以前の入学試験の際は、上の決定とやらでその存在自体が秘匿されることになったようだが、今回の事件は王国、皇国の首脳が来賓として出席する場で起こり、同時に
さらにアウグスタニア皇国の第三皇子であるロイは復帰が絶望的とも思われる重症を負い、長期の病院生活を余儀なくされるとのことだ。
これではさすがに「上」とやらも隠蔽することは叶わなかったようで、王国と皇国は共同で声明を出し、「新・創世教」の存在を認めると同時に、彼らを「一級指定犯罪組織」に認定し、各国に指名手配することにしたのだ。
新・創世教との関係を疑われたメイビスについては、俺、レリア、リーネの必死の説得もあり、新・創世教に操られていたということで、『第三席』の地位は剥奪されることにはなったがスコットと同じ保護観察処分という名目で学園に残ることを許された。
メイビスは「罪を償うべき」と最後まで主張していたが、レリアの「メイビスさんと学園生活を一緒に過ごしたい」」という一言でさすがに折れたのか、学園に残ることを了承したようだ。
このとき、メイビスが目に涙を溜めていた事実は内緒である。
とまあ、全てが丸く収まったかのように見えた王皇選抜戦であったが……。
「ジル~。わたくしの初めて奪ったのですから、ちゃんと責任は取ってくださるんでしょうね~?」
「ジルベール様~。そんな女の言葉に耳を傾ける必要はありませ~ん。それよりも初めての相手である私の隣に来て一緒に飲みましょう~?」
この場は、今、地獄と化していた。
俺の横には、顔を真っ赤にして、もはや呂律が回っていないリーネとレリア。
二人の周囲には空いた酒瓶が数十本ほど。
なぜこの場がこのような地獄と化しているかというと、それは数時間前に遡る。
無事に新・創世教を撃退した俺達は、シルフォリア様の呼びかけにより、王立学園と皇立学園の合同で開催する王皇選抜戦の打ち上げを兼ねた懇親会に参加することになったのだ。
参加メンバーは、シルフォリア様、ロードス様を始めたとした講師陣、俺、メイビス、レリア、リーネ、メアリーの各学園代表選手、司会のカレン先輩、ユリウス、アイリスなどのその他学園生徒だ。
セドリックは当然のことながら欠席、皇立学園の第三席であるロイも長期療養のため欠席となった。
とまあ、ほぼ仲間内のようなメンバーだったので、俺は気軽な気持ちで参加したのだが、その軽率な判断が命取りだったと、後悔の念を禁じ得ない。
事件が起こったのは懇親会の開始早々。
リーネが、事もあろうか、ダンジョン攻略の際に俺と人工呼吸をしたことを暴露したのだ。
どうやらリーネはあまりお酒が強くないらしくて、酔った上での軽率な発言だったようだ。
しかし、この一言で会場の空気は一変。
まるで氷河期のような冷ややかな空気が会場を包み込んだと思ったら、レリアが何を思ったのか傍らにあったお酒を一気に飲みほしたのだ。
俺は前回の入学試験の打ち上げの経験から、レリアにお酒を飲ませてはいけないことを知っていた。
しかし、時すでに遅し。
レリアとリーネは酒癖の悪さを殊の外発揮して、今の地獄を一瞬にして作り上げてしまったのだ。
「ちょっとリーネ様、さすがに飲み過ぎですよ。お酒は嗜む程度にしてくださいといつも言っているではありませんか」
「レリアちゃんももう止めましょうぅ。まだ怪我も治っていないのに身体に響きますよぅ」
そんな二人を必死に止めるメアリ―とアイリス。
「うるさいわね~。これは『好敵手』と認め合ったわたくしとジルの問題なの。メアリーは引っ込んでて」
「アイリスちゃんは私とジルベール様の仲を引き裂こうと言うのですね。友達だと思ってたのに、しくしく」
「…………」
俺はこんな状況に耐えきれず、メイビスに助けを求める視線を送る。
しかし、メイビスは冷ややかな笑みを湛えながら、「自業自得です」と口パクをするのみ。
こんないつもどおりの強かさを纏ったメイビスだったが、実は王皇選抜戦の前後では、変化も見られた。
というのも、どちらかと言えば「お姉さんキャラ」だったメイビスだが、姉であるリーネを目の前にすると一変。
頬を赤らめながら「お姉ちゃん」と言ってすり寄ったり、抱きついたりと甘えたい放題なのだ。
メイビスも自分のキャラではないと自覚しているようで、俺達が近くにいると「私、甘えてなどないですから」と言った感じで少し強がって見せるのだが、その照れ具合は実に微笑ましい。
一方のリーネもそんなメイビスのことを溺愛しているようで、彼女だけはメイビスのことを本名である「レティシア」の愛称である「シア」と呼び、事あるごとに妹の頭を撫でている。
例の
その絆は確かなものだと、感じさせられる瞬間でもある。
そんな荒れに荒れた懇親会も佳境に突入したところで、シルフォリア様から提案がなされた。
「そういえば、首席戦はお流れになってしまったが、せっかくあれだけの戦いを繰り広げたのだ。あくまで非公式にということにはなるが、二人を勝者として、お互いの『懸け内容』を履行するというのはどうだ? 私はそれくらいに二人の戦いは歴史に残る一戦だったと思っているよ」
「え?」
「ふぇ?」
俺とリーネはその予想もしてなかった提案に驚きの声を上げる。
懸け内容とは、すなわち、俺はリーネに指輪をあげ、リーネは俺と一日デートするというものだ。
せっかく誰もが忘れかけ、首席戦も流れたことで有耶無耶になっていた事実をなぜ今更になってシルフォリア様は掘り返すのだ。
俺は思わず舌打ちが漏れそうになる。
しかし、ここが好機とばかりにカレン先輩がしゃしゃり出てくる。
「お、これは恋の予感ですゾ! 私もシルフォリア様のその提案に乗ってしまいましょうゾ!」
そうしてアイドルのようにぴょんぴょん飛び回って見せる。
それにつられるように他の生徒達もシルフォリア様の提案に賛同し出す。
「リーネ様! これはチャンスです! 絶対にジルベール様を射止めてください!」
「ジルベール君が私のお兄様になるということですか……。それはまあ悪くはないような……」
「た、確かにジルベールのあの戦いは勝敗にかかわらず、心震える試合だったよな」
「ぅぅ、わ、わたしは皆様の意見に従います」
メアリーやメイビスは仕方ないとして、ユリウスやアイリスはなぜそこで賛同してしまうのだと思い切り睨み付ける。
しかし、当事者であるリーネもどうやら満更ではないみたいで、先ほどまで酒瓶を抱えて暴れ回っていたくせに、今では俺の隣にちょこんと座って頬を赤らめている。
そんな視線は次第にレリアに集められ……。
「あぅ……あぅ……」
明らかに不満な表情を浮かべていたレリアだったが、皆からの圧力に負けたのか、しゅんと視線を落として、言葉を紡ぐ。
「まあ、リーネさんにはお世話になりましたし、指輪もペンダントのお返しという話ですから……明日一日くらいなら……」
その声に会場から様々な声が響く。
「「「「きゃゃゃゃゃゃ――――っっっ!」」」」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」
そこからはもう酒を飲まされまくるは、殴られまくるはのしっちゃかめっちゃかで、次に気付いた時には、部屋は真っ暗になっていた。
どうやら酔い潰れて懇親会の会場でそのまま眠ってしまったようだ。
俺は部屋を見回すと、さすがに講師陣の姿はなかったが、俺と同様に床で雑魚寝をしている生徒が数人――レリア、リーネ、メイビス、ユリウス、アイリスだった。
どうやらこのメンバーが最後まで残っていたみたいだ。
さすがに俺も後半の記憶は曖昧だが、楽しかった記憶だけはしっかりと残っている。
俺は改めて、その五人の寝顔に視線を向ける。
こうして考えると、入学前と後では、俺を取り巻く環境も随分変わったような気がする。
王皇選抜戦に出場し、第三席や一国の皇女殿下と友達になる。
そんな夢のような出来事が現実になることを、誰が想像できただろうか。
けれど、俺は思う。
これは決して『夢物語』ではないのだと。
そう、これは、外れ魔法【速記術】を手にした一人の少年が、世界最速の『魔法陣』使いへと成り上がる、そんな軌跡の物語なのだ。
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