§125 満月
「な、何事じゃ!」
私、シルフォリア・ローゼンクロイツはそんなカグヤの声に、地上へと視線を向ける。
すると、会場を包み込んでいた闇のベールにヒビが入ったと思ったら、そこから目映いばかりの光が漏れ出し――ついには漆黒の闇が崩壊したのだ。
カグヤが声を上げているところを見ると、これは新・創世教にとっても想定外の出来事なのだろう。
この瞬間を、世界最高の魔導士である私達が見逃すわけがない。
「ロードス! 結界!」
「わかってますよ。本当に人使いの荒い人です」
その声と同時に地上に堕ちていたロードスが会場全体を守る防御結界をすぐさま再構築する。
しかし、結界魔法は速効性に欠ける。
そのため、魔法が発動するより前に、カグヤにすぐさま察知されてしまった。
「妾が見逃すと思うたか? ――重力魔法・|天女のぁ……」
「――
「――
そんなカグヤの詠唱を打ち消すように地上から叫ばれる魔法名。
コンマ一秒後には射出される世界最速の魔法。
「――――くっ!」
そんな火属性魔法に回避を余儀なくされたカグヤ。
詠唱を中断し、宙で返ってすんでのところで火炎弾を躱す。
首尾は上々。
その隙にロードスの結界魔法も完成する。
「――
ふざけた名前は置いておくとして、防御結界が会場の隅々まで行き渡るのを確認する。
これで観客の安全は保証されたようなもの。
あとはカグヤを退けるだけ……と考えるが、私は「もう大丈夫かな」と独りごちる。
カグヤが睨み付けるように視線を落とす先。
その先には、世界最速の魔導士が二人も立っていたのだから。
互いをかばい合うように背を合わせて立ち、男の方は指をカグヤに向かって差し向け、一方の女の方はカグヤに向かって手のひらをかざしている。
それはどこぞの物語の将官と姫君がお互いの背中を預けているかのような光景だった。
その傍らには、魔導杖を振りかざすレリアと、まるで憑き物が取れたかのように流麗な笑みを浮かべるメイビス。
私はニヤリと笑った。
「さて、これで形勢逆転かな。頼みの綱の闇のベールも霧散し、防御結界も貼り直した。しかも、相対するは、世界最強の魔導士二人、世界最速の魔導士二人、いずれ最強に至る魔導士二人だ。さすがにこれでは厄災司教でも分が悪いのではないか?」
そんな挑発に明らかな逆上を見せるカグヤ。
「――くそッ! メイビス、裏切ったな! 『
そう口汚く言葉を吐くカグヤだったが、一方のメイビスはというと、普段と違えぬ強かな笑みを湛えると、小首を傾げて見せる。
「はて?
「き、貴様――――!!!」
この言葉に激高するカグヤだったが、すぐさま彼女を守るように立つ世界最速の魔導士が二人。
「俺の『友達』に手を出すな!」
「わたくしの『妹』に手は出させませんわ!」
「貴様らぁぁぁ――――――!!!
叫び、魔力に満ちた両の手を一度は広げたカグヤだったが、私がまるで銃を構えるように、彼女に指を差し向けたのに気付いたようだ。
己が状況が明らかな劣勢であることを悟ると、「ふぅ」と大きな嘆息の上、魔力を収める。
「新・創世教に楯突いたこと、いずれ後悔させてやる」
そんな負け惜しみのような台詞を吐くカグヤ。
そして、視線が一度、こちらを向く。
「そういえば、さっき意味深なことを言っていたな? 貴様にはこの未来までも見えていたということか? シルフォリア・ローゼンクロイツ」
そんなカグヤの言葉に、私は肩を竦めて「わかりませ~ん」のジェスチャーをする。
「ちっ、食えぬ女よ。大司教様が警戒するわけだ。次こそは必ず……」
カグヤはそう言うと、空へと消えた。
私達はそれを見届ける。
「やっと終わったか……。若き英雄達よ……よく頑張った」
そんな独り言を口走ってしまうほどには、全てが綱渡りな状況だった。
でも、皆、生き残った。
私はその事実に、安堵の感情を禁じ得なかった。
気が付くと既に日は落ち、空には月が昇っていた。
それは今までに見たことがないような――美しくも儚い満月だった。
――こうして短いようで長かった王皇選抜戦は終わりを迎えたのであった。
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