§123 本当の真実
私、メイビス・リーエルもまた闇の中にいました。
先ほどから体調がすこぶる悪いです。
おそらくこれは
その使用の代償も想像以上に大きかったというわけです。
しかし、【
それまで私の体力が保つかどうか……。
私は膝を付き、肩で息をします。
最悪……私が死ぬことは許容しましょう。
でも、それはあの女の息の根を確実に止めた後でなければならない。
そうしなければ、私の悲願は達成しない……。
そうして私は這うように、闇の中を進みます。
「メイビスさん!」
すると、突如として、耳慣れた声が私の心に響きました。
私はその声に弾かれるように顔を上げます。
「レリアちゃん……なんでここに……」
私は思わず目を見開いてしまいました。
そこに立っていたのは、この闇の中にいるはずのないレリアちゃんだったのですから。
「早くここから出て!」
私は思わず叫んでいました。
体調不良も相まって思考が滞留し、代わりに感情が剥き出しになります。
「レリアちゃんには私の過去を見られたくない! 早く私の楽園から出て行って!」
私は精一杯手を振り回して、レリアちゃんをこの場から退けようとします。
しかし、そんな理性の欠片もない私の叫びを聞いても、レリアちゃんはゆっくりと私に歩み寄ってきます。
「……もう見ましたよ。メイビスさんの過去」
「……ぇ」
同時に私を柔らかくも温かいものが包みました。
そう、レリアちゃんが私を抱きしめたのです。
「つらかったですよね。お一人でたくさん悩み、苦しんだんですよね」
そう言ってレリアちゃんは私の頭を撫でます。
それはまるで泣きじゃくる妹をなだめるかのように。
「貴方に私の気持ちなど……」
貴方に私の気持ちなどわかるはずもない。
そう口にしようとして、私は言葉を止めました。
私はレリアちゃんの第三席戦を……実は見ていたのです。
保健室を出て
私はレリアちゃんを切り捨てようと思いました。
でも、私はレリアちゃんの試合から目が離せなかったのです。
だから私は知っているのです。
レリアちゃんの過去も、決意も、大切な想いも……。
あんなにつらい過去があるのに……レリアちゃんはなんでこんなにも……。
私の心は大きく揺さぶられます。
「メイビスさんの気持ちは痛いほどわかります。でも、復讐はダメですよ。それに……ジルベール様がメイビスさんにお話があるそうです」
「ジ、ジルベール君……?」
レリアちゃんはそう言って半身後ろを振り返ると、そこにはエリミリーネ皇女を腕に抱えたジルベール君が立っていました。
私はまずジルベール君の腕に抱かれたエリミリーネ皇女に視線を向けます。
そして、私は自身の目的が達せられたことを確信しました。
彼女からはもはや生気は感じられず、命も風前の灯火のように見えました。
もうここまで来たら私は徹底してヒールであるべき。
私は無理矢理にでも笑みを湛えると、ジルベール君に言います。
「偽物の皇女に静かなる死を……と言ったところでしょうか」
しかし、そんな私の言葉を冷静に受け止めたジルベール君は、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
「メイビス。俺はお前に話さなければならない。二人の過去に起きた本当の真実を」
「本当の真実? 今更何を……」
「俺はリーネから聞いて知っているんだ。――リーネには双子の妹がいたことを」
「え?」
私はジルベール君が何を言っているのかわかりませんでした。
双子の妹?
そんなのいるわけないじゃないですか。
私が……私こそが唯一の皇女であり、正当な後継者なのですから。
「そんなわけありません。だって……」
しかし、ジルベール君は決して揺らぐことなく言葉を続けます。
「いや、これが真実だ。歴史から抹消された彼女の名は――レティシア・シェルガ・フォン・アウグスタニア。同じ母から生まれ、同じ愛情を受けて育ったリーネの双子の妹だ」
私は今度こそ言葉を失いました。
ジルベール君が言っていることを信じるわけにもいかず、しかし、ジルベール君の言葉が嘘を言っているようにも思えず……私はただ呆然とジルベール君を見つめます。
ジルベール君は更に続けます。
「幸せな家族を不幸が襲ったのはちょうど十年前。その日、母と双子の姉妹は五歳の誕生日プレゼントを買うために街に出ていたそうだ。そこで三人は野盗に襲われた。記録上は、このとき全員が死んだことになっていたんだ。でも、真実は異なり……二人は生き残った。それがリーネとメイビスなんだよ」
私はジルベール君が紡ぐ言葉に、動悸は速まり、思わず吐き気を催すほどの目眩に襲われます。
そんな話……信じられるわけがない。
私だってちゃんと十年前の事件は調べた。
事実が隠蔽されていたのは確かでしたが、それでも死んだのは、私の母と、私――エリミリーネ・シェルガ・フォン・アウグスタニアだけだった。
レティシア・シェルガ・フォン・アウグスタニアなんて名前どこにも出てこなかった。
私は全てを否定するようにぶるぶると首を振ると、感情のままに叫びます。
「そんなわけがありません! 私はちゃんと過去の記録も調べました! そこに双子の記録などなかった! どうせそれもその女の絵空事でしょう! 証拠があるのですか?! 私とその女が姉妹である証拠が!」
私は必死になってジルベール君を糾弾します。
しかし、ジルベール君は静かに答えました。
「……それは、これだよ」
ジルベール君が指し示したもの。
それはエリミリーネ皇女の耳に光る紅玉でした。
「……紅玉」
同時に私はハッとして肩を揺らします。
「メイビスの胸にも同じ紅玉のペンダントがあるだろう。これは……五歳の誕生日に君の母が二人に贈ったプレゼントなんだ」
「え……」
これが母からの……?
私は自身の胸にかかる紅玉をあしらったペンダントを手に取ります。
「リーネから聞いているよ。君の母がこの紅玉に込めた願いの話」
願い……。
「君の母が紅玉に込めた願いは――二人がいつまでも仲良く健やかに育ちますように――。そう、君の母はリーネとレティシアがいつまでも仲良くあることを心から望んでいたんだ」
母がそんな……。
じゃあそこで冷たくなっている女性は……本当に……。
気が付くと、私の視力を失っていたはずの左目から、涙が零れ出していました。
今まで決して涙が出ることなどなかったのに。
そんな一片の涙が――私の胸の紅玉を濡らします。
――その瞬間、紅玉は眩い光を放ち、その閃光が私の身体を一瞬にして包み込みました。
同時に流れ込んできたのは、失われたはずの私の幼い頃の記憶です。
母に抱かれて眠る私。
父とチェスをして遊ぶ私。
そして、私の頭を優しく撫でてくれているのは……。
「……お姉ちゃん」
私の赤と青の瞳から大粒の涙が溢れ出します。
「ああああぁぁぁぁぁぁ――――っっっ!」
同時に私は頭を抱えて、獣のような声を上げました。
噎せ返るほどに感情がこみ上げ、言葉にできないほどの後悔が私を襲います。
「私は! 私は! なんてことを! お姉ちゃんを! お姉ちゃんを! この手でぇぇ――――ぇぇぇぇええ」
地面を掻きむしるようにもだえる私。
しかし、そんな私の身体をすぐに歩みよってくれたジルベール君が支えてくれます。
そして、彼は私を安心させるような笑みを湛えて言いました。
「大丈夫。まだ間に合うよ」
「え、」
私はその言葉にすがりつくように顔を上げます。
「どうやって……」
「――俺が
「……は」
私は思わず声を漏らしました。
【
ですが……確かに
そう思うと同時に、私は気付いてしまいました。
しかも、書き換える対象が私の魔法となると、術者ではないジルベール君にどれだけの代償がもたらされるかわかりません。
そんなものを首席戦で魔力も消費し、私の【
そこまで考えたところで――私の心はすぐに決まりました。
正直、もう私の身体は限界です。
この魔導具はきっと数刻のうちに私を死に至らしめるでしょう。
でも、それも責任の取り方としてはふさわしいのかもしれません。
この惨事は全て私の勘違いが引き起こしたこと。
ジルベール君を、レリアちゃんを、学園のみんなを、観客を……お姉ちゃんを全て巻き込んでしまった責任。
その幕を引くのは……私である必要があります。
「さぁ、メイビス……
私の胸にジルベール君の手が伸びます。
しかし、私はそれを躱し、ジルベール君に気取られないように静かに唱えます。
「――『その流れは止まることを知らず、だからこそ儚く美しい』――」
私の人生は偽りの連続でした。
名前を偽り、身分を偽り、全てを騙してきました。
「――『流れに身を任せれば、私は全てを忘れられる』――」
それでも貴方達はこんな私を受け入れてくれた。
復讐に身を焦がす私の心に確かな温かみをくれたのです。
「――『ならば私は従おう。それこそが大切なものを守る麗しき心だと信じて』――」
ならば私は守らなければなりません。
それが『友』である私の責任だと信じて。
「――流麗魔法【
私がその魔法名を口にした途端、私の瞳から止めどなく流れる涙が、手枷へと姿を変えました。
「……水のない場所でも、私の固有魔法を使う方法があったのですね」
私は悲しく微笑むと、それをジルベール君とレリアちゃんに差し向けます。
同時にガチャリという音を立てて、二人の手足は完全に封じられます。
手と足を封じられた二人は、その場に倒れ込むほかありません。
「メイビス……なんで……」
手足を封じられたジルベール君はそのまま地面に倒れ込み、唇を噛みながら言います。
「これは全て私の責任です。そうであれば、その幕も私が引くのが筋でしょう」
本当は怖くてたまらない。
それでも私は最期まで貴方達の見てきた強く聡明なメイビス・リーエルを貫きたい。
すると、次にはレリアちゃんの声が響きました。
「メイビスさんやめてください! もう身体は……限界じゃないですか! そんな状態で【
その言葉に後ろ髪を引かれなくはないですが、もういいのです。
私は姉と再び巡り会えた。それだけで満足なのですから。
それよりも私は……私のことを『友達』と呼んでくれたジルベール君とレリアちゃんに――いつまでも仲良く健やかに生きてほしい。
……そう思うのは『友達』として当然のことではないですか。
私は
「やめろ! メイビス!」
「メイビスさんやめてください!」
二人の声が響きますが、もう止めるわけにはいきません。
私は悲しく笑うと、二人に対して最期の言葉を紡ぎます。
「私の人生は常に半分に割れた世界でした。半分は明るいのに、半分は暗い。それは決して満ちることのない半月のようでした。私はそんな半分を求めてここまで歩んできました。その道は悲しく、切なく、とても幸せと呼べるものではありませんでした。でも……王立学園に入学してからの一ヶ月間は……違いました。くだらなかった毎日が楽しみになり、復讐しか頭になかった私に一時の安息をもたらしてくれた。これは私の人生の中で、一番幸せの時間であり、とてもかけがえのないものでした。そんな時間を過ごすことができたのは――他ならぬジルベール君とレリアちゃんがいたからです。私の暗く閉ざされた半月を明るく照らしてくれた二人とお別れしなければならないのはとても悲しいですが……こんな嘘まみれの私が二人の大切な時間を奪うわけにはいかないですからね」
私は最期まで少し大人ぶって、気取って、強がって見せます。
本当は私だって二人と一緒にいたい。
もっともっと学園生活を楽しみたい。
でも、もう時間切れみたいです。
「メイビス!」
「メイビスさん!」
……ジルベール君達の声が聞こえますが、でも、これでいいのです。
私の人生はつらいことばかりでしたが、最期の最期で、大切なものがたくさん手に入りましたから。
まあ、欲を言えば、お姉ちゃんともう少し一緒にいたかったですが、こんな仕打ちをした私を姉は許してくれないでしょうから、自業自得というやつですね。
そうして、私は笑います。
それでは二人ともお幸せに。
私は二人の恋路もちゃんと応援していますからね。
「ジルベール君、レリアちゃん。私と友達になってくれてありがとう。お姉ちゃんを頼みます」
その言葉と同時に
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