§122 光を求めて

 私、レリア・シルメリアは今、闇の中にいます。


 突如、闘技場が闇のベールに包まれたかと思ったら、頭上の防御結界が割れ、華美な着物を身に纏った女性が舞い降りてくるのが見えました。


 私はその女性が厄災司教であることが、一目でわかりました。

 以前、厄災司教『氷禍』シエラ・スノエリゼと相対した経験がそう思わせたのかもしれません。

 けれど、あの禍々しいオーラは間違いないです。


 ――きっと狙いは私だ。


 そう思った私はすぐさま特別観覧席の陰に隠れました。

 その直後に特別観覧席に現れたのが、皇立学園の第三席であるロイ様。

 私は一瞬助けが来たのだと思いました。

 しかし、ロイ様は不敵に微笑むと、第三席戦で見せた鎖魔法を私に向けて放ってきたのです。


 私は俄には状況を理解できませんでしたが、ロイ様が少なくとも味方でないことはわかりました。


 私は逃げ道を探しました。

 特別観覧席の入口側を塞がれている以上、私が逃げられるのは闘技場の方向のみ。

 しかし、今、闘技場は闇のベールが覆っています。


 ……果たしてこちらに逃げられるのだろうか。


 私は一瞬の迷いを覚えましたが、こちらに行けばきっとジルベール様がいる。

 そう思った瞬間には、私は走り出していました。


 そうして私は今、暗く冷たい闇の中を手探りで進んでいるのですが、一切の光が差し込まず、音もしないこの空間は歩いているだけで頭がおかしくなりそうです。


「ジルベール様……どこですか……?」


 私は漆黒の闇に向かって問いかけますが、当然返事はありません。

 そのまましばらく歩いていると、


「きゃっ!」


 私は何かに躓いて転んでしまいました。


 私は悲鳴を上げつつ、そのを注視します。

 そして、そのがわかった瞬間、私は思わず自身の口を覆ってしまいました。


 それは――石のように硬くなってしまったジルベール様だったからです。


「ジルベール様!」


 私はすぐさま駆け寄り、ジルベール様を抱き上げます。


 息はあります。

 見たところ外傷もないのですが、触れる肌は氷のように冷たく、瞳には光が灯っていません。

 それはまるで何もかもに絶望してしまった抜け殻のよう。


 私はそんなジルベール様を強く強く抱き締めます。


「ジルベール様、なんでこんなに冷たく……」


 私の頬をぽろぽろと涙が伝い、その雫がジルベール様の頬を濡らします。

 私は耳元でジルベール様に囁きます。


「ジルベール様は私と約束してくれましたよね。強くなるって……絶対負けないって……。まだ、首席戦は終わってないですよ。私に勝利の背中を見せてくださいよ」


 それでもジルベール様は沈黙を保ったままです。

 私はそんなジルベール様の胸を叩きます。


「こんなに私が呼びかけているのに応えてくれないんですか……。やっぱり私じゃジルベール様の隣にいる資格はないんですか……。私の力ではジルベール様を救うこともできないんですか……」


 そして……私はジルベール様の唇に口づけます。


「お願いです、ジルベール様。帰ってきてください。そして……ずっと私の隣にいてくださいよ……」


 私はジルベール様に希望を吹き込むように、熱く、激しく、啄みます。

 そうして目を閉じた時に零れた涙が……私の持つ『エスペランサ』を濡らしました。


 その瞬間――私達を目が眩むほどの目映い光が包み込み、眼下に懐かしい文様を象った魔法陣が顕現しました。


 私はその魔法を知りません。

 けれど、私は感じるがままに自身のを流し込みます。

 奇跡が起こることを信じて。


 私は魔法陣の名前を唱えます。


 その魔法陣の名は――愛する人に希望を与える想いジルベ・リアグレイス――。


 次の瞬間――私の身体がギュッと抱き寄せられました。


「あっ」


 私は思わず吐息を漏らします。


「ジルベール……様?」


 私は私を優しく包み込むその手に問いかけます。

 そして、私が顔を覗き込むと、そこには既に絶望した姿はなく、温かく朗らかな笑みを浮かべたジルベール様の姿がありました。


「ただいま、レリア」


 私はその言葉に目を見開き、同時に抱きつきます。


「ジルベール様!」


 私は頬ずりをするように、自身の顔をジルベール様の胸に押しつけます。

 ジルベール様はそんな私の頭を撫でてくれます。


「俺は闇の中にいた。絶望を覚えるほどの深い悲しみの……。でも、その中でレリアの声が聞こえたんだ。それはまるで以前世界奉還シルメリアが暴走していると時に描いた――愛する人を救済する祈りレ・リアグレイス――を追体験しているようで、とても温かかった」


「私もよくわからないですけど、ジルベール様に帰ってきてほしくて……必死に声をかけて……(いっぱい口づけもしちゃったりして……)、そんな時にふとジルベール様が以前私のために描いてくれた魔法陣が頭に浮かんだのです。その魔法名を唱えたら……私の想いをエスペランサが届けてくれたみたいで……」


「うん。ありがとう。たくさん伝わったよ。レリアの想い」


 冷たかった頬にも血の気が戻ってきたようです。

 どうしてかわかりませんが、ジルベール様の頬が普段よりも赤くなっている気がします。


 同時に何かを思い出したようにハッと身体を揺らすジルベール様。


「どうされました?」


「リーネとメイビスはどこだ?!」


「メイビスさん……ですか?」


「俺はメイビスに伝えなければならない。……二人の過去に起きたを……」


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