第12章【王皇選抜戦・首席戦】
§114 観客席
俺は薄暗い廊下を抜け、ゆっくりと闘技場へと向かった。
王皇選抜戦もついに最終日。
残すところも、個人戦・首席戦のみ。
王立学園と皇立学園のポイント差は拮抗しており、この首席戦で勝利した学園がそのまま王皇選抜戦の勝者となる。
まさに天王山。
そんな普段であれば緊張に押しつぶされそうになっている状況でも、俺は平常心を保つことができていた。
俺は皆の期待を背負っている。
レリアと交わした約束、メイビスから託された想い、そして、リーネとの誓い。
これら全てが今の俺の支えとなっているのだ。
下馬評によると、皇立学園勝利の予想が圧倒的。
それもそのはず、集団戦では手も足も出せずに王立学園は敗北。
殊、俺については、リーネを助けた時は既に試合も終了して
王立学園の首席は本当に魔法が使えるのか?
『魔法陣』が使えるなんて人気を集めるためのデマだったんじゃないか?
そんな噂が立つのに時間はかからなかった。
そのため、おそらく観客席は完全にアウェーだろう。
それはそれで少し寂しい気がしなくもないが、そればかりは俺ではどうしようもないことだ。
俺は自分の信念に基づいて全力で戦う。
――ただ、それだけだ。
俺はついに闘技場に足を踏み入れる。
その瞬間に俺を待っていたもの――それは想像を絶するような歓声の嵐だった。
「「「「うぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」
まるで英雄の入場かのような爆発的な歓声。
会場は大いに揺れ、全ての視線が俺へと向けられている。
一瞬罵声の嵐かとも思ったが、どうやらこれら全てが好意的な声援のようだ。
俺はそんな予想外の光景に言葉を失ってしまった。
何が起こったのかと、観客席に耳を傾けると、次々に応援の言葉が投げかけられる。
「『魔法陣』の兄ちゃん! 見直したぞー!!」
「集団戦で無様に敗北したときはどうしてやろうと思ったが、お姫様を守ったのは男の鑑だ!」
「お前のこと見くびってたわ! 本当にすごい速さで『魔法陣』が出せるんだな! 首席戦が楽しみだ!」
「王皇選抜戦マニアの俺でもあんな魔法は見たことない!!! サイコーだー!!!」
あまりにも断片的でこれだけ聞いてもよくわからないが、「お姫様を守る」という言葉と、魔法陣を使用した事実を観客が把握していることから、俺がリーネを燃えさかる巨木から助けたことがどこかで明るみになったのだろうか。
すると、突如、闘技場に設置された大型の
どうやらリアルタイムでの全国放映はなされていなかったが、
「でも、こんな映像が今になって……なんで……?」
俺がそんな疑問を独りごちると、
「――わたくしが運営にお願いをしたのです」
銀嶺を振るうような清らかでありながら力強い声が木霊した。
同時に俺へ歓声を塗り替えるほどに爆発的な歓声。
姿を現したのは、真紅のドレスを身に纏った金髪の美少女。
彼女の名は――エリミリーネ・シェルガ・フォン・アウグスタニア。
――俺の好敵手だった。
組紐で結い上げられた金色の髪。
特徴的な
そんな彼女は俺達が最初に出会った時と同じ、胸元が強調されたオフショルダーの真紅のドレスを身に纏っていた。
「リーネ」
俺は彼女に声をかける。
「ジル」
彼女は俺の声に応える。
二人の視線が交差する。
「リーネのドレス、俺達が最初に会ったときのだな。とてもよく似合ってるよ」
「ふふ、ありがとう。ジルはダンジョンの時の冒険者ファッションですのね。
「あれは貸衣装だよ。もしリーネに燃やされてしまったら弁償できないから念のためね」
そんな冗談を交えてひとしきり笑う。
「そういえば、リーネがあの映像を手配してくれたのか?」
リーネの目的は王皇選抜戦で圧倒的な勝利を収めて、自陣勢力の増強を図ること。
その目的に照らすと、いくら試合後のアクシデントとはいえ、敵チームの首席に命を救われたとあっては具合が悪いのではないかと思うが……。
そう思っての質問だったが、リーネは俺の意図を察したのか、すぐさま口を開く。
「わたくしは貴方と好敵手として対等な立場で試合をしたかったのです。それなのにマスメディアは『実は魔法陣を使えない』だの『お飾り首席』だのとジルを卑下する記事ばかり。(本当はあんなにも強くてかっこいいのに……)。だからジルの評価を正当にするように運営に訴えたのです。(かっこいいジルの姿を皆様にも見てほしくて……)」
そう言って伏し目がちに頬を赤らめるリーネ。
所々会場の歓声が邪魔して聞こえないところがあったが、どうやらリーネは俺の評価が不当だったことが許せなかったみたいだ。
正直、集団戦では何もできなかったのは事実だし、それはそれで仕方ないと思っていたが、リーネの計らいには思わず胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとう、リーネ」
「礼にはおよびません。でも……観客の皆様もどうやらやっとジルのことを認めてくれたみたいでわたくしも鼻が高いです」
そう言って満足そうに観客席を見上げるリーネ。
俺もそれに合わせて今までできるだけ意識しないようにしていた観客席を見上げる。
まず、始めに視界に飛び込んできたのは、主賓席に座るシルフォリア様だ。
真紅のドレスに身を包んだ彼女は、俺と目が合ったことに気付くとニヤリといたずらな笑みを浮かべた上で、拳を天高く突き上げた。
それは開会式に見せたシルフォリア様のパフォーマンスを想起させるもので、不思議と「英雄たれ、さらば道は開かれん」と言われているような気がした。
次に視界に飛び込んできたのは、二人並んでこちらに声援を送ってくれているユリウスとアイリスだ。
「ジルベール様ぁ! 頑張ってくださ~い!」
「オレ様もこんなに頑張ってるんだから、お前が負けることは許さないからな!」
どうやらユリウスは勇気を出してアイリスを誘ったようだ。
ユリウスがポップコーンを持たされているところが絶妙にツボで、もし二人が結婚したらユリウスが尻に敷かれる未来が見えた気がした。
俺はつい堪えきれずに笑みを零してしまう。
わかってるよ、俺も頑張るからお前も頑張ってエスコートしろよ。
そんなことを心の中で口ずさんで俺は視線を更に移す。
すると、同じSクラスの生徒、入学試験の時に対応してくれた学園関係者、いつだか露店でトウモロコシを売ってくれたおっさんまで様々な人の顔が見える。
なぜかセドリックが、観客席には座らずに出入り口の階段部分に立っているのが見えたが、あれはどういうことなのだろうか。
そもそもあいつは代表選手なのだから特別観覧席で見ればいいのに変なやつだ。
そんなことを考えつつ、観客席の遙か後方まで視線を向けていると、
「あれ?」
俺はいるはずのない顔があったような気がして、つい声を漏らしてしまった。
そんな俺の声を聞き付け、観客に笑顔で手を振って応えていたリーネの顔がこちらを向く。
「どうしました?」
「いや……父の姿が見えたような気がして……」
「お父様? それって例の……」
追放された事実はリーネも知っている。
だからこそ、なんて言葉を返していいのかわからなかったのだろう。
俺だって、正直、どう反応したらいいのかわからない。
確かに俺は父に追放され、先日の邂逅で正式に親子の縁を切られた。
その事実は重く、根深いものだ。
けれど……例えるなら、授業参観に来るはずのない親が顔を出したときの気持ちに似ているのかもしれない。
来るはずがない、来てほしいとも思ってない、でも……実は来てほしい。
そんな矛盾した感情が確かに存在するのだ。
再度、観客席に視線を向けるが、これだけの人数だ。
俺はもう父の姿を見つけることはできなかった。
ただ、それでいいと思う。
仮に来ていても、来ていなくても、別にどちらでもいいのだ。
でも、願わくば、俺の成長した姿を見てほしい。
そんな気持ちがあることは否定しないでおこうと思う。
俺が自己解決したのがわかったのか、リーネも横目に微笑んでいる。
そうして、俺が再度、ある人を探そうとして、観客席に視線を戻そうとした瞬間――
「ジルベール様!」
清らかな清流のように澄み切った声が脳を揺らした。
俺が探していたある人――レリアは特別観覧席にいた。
第三席であるメイビスの代理として代表選手に選ばれている以上、レリアは特別観覧席に入ることが許されているのだ。
残念ながら今日もメイビスは特別観覧席にはいないようなので、今日はレリアだけが最も闘技場に近い場所で試合を楽しむ権利を享受できるようだ。
俺は改めてレリアに目を向けると、所々に包帯の跡が目立つ。
特にロイに折られた右腕は重症だったのか包帯で吊っていて、若干の痛々しさはある。
ただ、レリアはそんな傷を感じさせないほどに満面の笑みを湛えて、こちらに元気いっぱいに手を振っている。
そんなレリアを見ていると……昨日とのリーネとの会話――レリアを好きと自覚してしまったこと――を思い出し、顔から火が出そうなほどに熱を帯びてくる。
でも、それがまた試合前の高揚感と相まって、実に気持ちがいい。
レリアは試合の開始時間にはもしかしたら間に合わないと聞いていた。
でも、レリアは今、この会場で俺のことを見守ってくれている。
――隣にいたい。
レリアは仕切りにその言葉を口にするが、真にこの言葉を望んでいるのは俺なのだ。
第三席戦でレリアが示してくれたように、この首席戦では俺がレリアにその『想い』を示す番なのかもしれない。
そう考えると、改めてこの試合には負けられないと思えてくる。
「――さぁさぁ、ついに代表選手が出揃いましたゾ! 泣いても笑っても今日が最後の王皇選抜戦! その天王山とも呼べる個人戦・首席戦がついについに開幕しますゾ! みんな、今日も盛り上がっていきましょうゾー!!」
そうしてカレン先輩の声が木霊した。
ついに首席戦が始まるのだ。
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