§110 決着

 想像を絶する爆発が闘技場を包みこんだ。

 猛烈な衝撃波は広い闘技場を一瞬にして突き抜け、強固な防御結界をも激しく揺らした。

 舞い上がる粉塵がその視界を遮断し、弾け飛んだ砂礫がパラパラと降りかかる。


 そんな中、俺はシルフォリア様に組み敷かれ、特別観戦席と闘技場の間の地面に押さえつけられていた。


「ジルベール、よくぞ見届けた」


 シルフォリア様からそんな声が漏れる。


 なぜこのような状況になったかと言うと――時は少し遡る。


 俺はレリアがロイの鎖魔法に捕まり、拷問に近い攻撃を受けている時、レリアを止めに入ろうとした。


 俺は思った。


 なぜそんなにも勝利にこだわるんだ……と。

 これは王皇選抜戦。

 ユーフィリア王国とアウグスタニア皇国の親交を願うお祭りだ。

 それなのに……どうしてこんな血で血を洗うような戦いになっているのだ……と。


 俺は自分の判断を悔いた。


 レリアが第三席戦に指名された時に断るべきだった。

 そうすれば、レリアがオーディナル・シルメリアの娘だと明るみに出ることなかったし、レリアがこんなにも傷付くこともなかったのだ。


 ……今からでも俺が止めなきゃ。


 そう考えるまでに、それほど時間はかからなかった。


 俺は特別観覧席から闘技場への一歩を踏み出した。

 そんな俺を制止しようと係官が群がってくる。

 それを無理矢理押しのけて、闘技場へと疾駆しようとした瞬間――突如、俺は何者かに組み伏せられた。


 後ろ手に関節を決められ、顔を地面に押しつけられた。

 最初は係官だと思った。

 ただ、その力は俺が振りほどこうと思ってもどうにもならないほどに強大な力だった。


 俺は土にまみれた顔をどうにか上げて、俺を組み伏せた者の顔を確認した。


「……シルフォリア様?」


 するとそこにいたのは、主賓席に座っているはずのシルフォリア様だったのだ。


「どこにいくつもりだ」


 低く冷たい声音。

 いつものふざけた雰囲気のシルフォリア様ではない。

 まるで最後の審判を下すかのように険しい雰囲気を纏ったシルフォリア様の表情は、いつになく真剣で、とても厳しいものだった。


 それでも俺は言った。


「どこってレリアの下に決まっているじゃないですか! 離してください! レリアが……このままだとレリアが…」


 俺は地面を掻きむしるようにもがく。

 そんな俺を押さえ込むために更なる力を入れたシルフォリア様から、ぽつりと言葉が漏れた。


「君には伝わらなかったのか、レリアのが」


「……え」


「レリアの決意を君も聞いていただろう」


 シルフォリア様は例の『呪われた聖女』の件の口上のことを言っているのだとわかった。

 俺はレリアの言葉を思い出し、反芻する。


「レリアは今あれだけボロボロになりながらも決して『降伏』の二文字を言っていない。それがどういう意味かわかるか?」


「…………」


「レリアは君に認めてほしかったんだよ」


「え」


「レリアはただ守られるべき存在としてではなく、対等な立場で君の隣にいたかったのだ」


 レリアが……俺の隣に……。


 そういえば、レリアはこの試合でしきりに『俺の隣』を意識した発言をしていた。


 今思えばレリアはずっと焦っていたのかもしれない。


 補助魔法しか使えないことを。

 世界奉還シルメリアを使いこなせないことを。

 自身が守られる対象になってしまっていることを。


 授業の時もダンジョン攻略のときも、もしかしたら入学式の時からずっとずっと。


 でも、俺は気付いてやれなかったんだ。


 レリアが『俺の隣』を死守するために、どんな気持ちでもがき苦しんでいたのを。

 レリアがどんな想いでこの第三席戦に出場することを決めたのかを。

 レリアが今、どんな決意で第三席戦に臨んでいたのかを。


「俺はなんて鈍感なんだ……」


 そう呟いた俺の瞳からは一筋の涙が零れた。

 感情に疎い俺が涙を流すなんて……家を追放された時以来のことだった。

 それでも俺はその過ちを認め、地面を掻きむしりながら言う。


「俺は勘違いをしていた。レリアと一緒にいるということは、俺がレリアを守ってあげなければならないことだと……。レリアは本当はもっともっと強い女の子なのに……」


 一筋の滴はやがて雨となり、闘技場の土をしっとりと濡らす。


「……近すぎるゆえに見えないこともあるかもしれない。大切な人だからこそ守らなければと思うこともあるかもしれない。それでも私は、この戦いを君に見届けてほしい。それは君にとって非常につらい選択になるかもしれないけど……レリアの目は……まだ死んでいない」


 シルフォリア様はしっかりとレリアを見据えて言った。


 そうして俺は押さえつけられたまま――やがて闘技場を包んでいた粉塵が晴れる。


「――当初、優位を保っていたロイ選手ですが、レリア選手の起死回生の自爆魔法が炸裂!舞い上がる粉塵により結果が確認できていませんが、果たして、第三席戦の結果はいかに!」


 カレン先輩の実況が会場内に響き渡る。


 会場全体が固唾を飲んで見守る一瞬の静寂の後――


「――相打ちだぁぁ!! 両選手とも地面に倒れています! …………お、いや、身体を押さえながらも立ち上がる選手がいます! 果たして勝者は……」


 その言葉に俺の視線は闘技場の中央に釘付けになる。

 シルフォリア様が組み敷く手を押しのけるように顔を上げ、思わず息を飲んだ。


「立ち上がったのは、ロイ・アルヴレート・フォン・アウグスタニア選手! レリア選手は立ち上がれず! 従いまして、第三席戦の勝者は――皇立学園チームだぁぁぁぁぁぁぁあああ!」


「「「「うぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」


 今日一番の歓声が観客席を埋め尽くす。

 試合の決着に伴い、今まで闘技場に貼られていた防御結界が解除される。


 同時に俺はシルフォリア様の腕を振り払うと、そのままレリアの下に駆け寄っていた。


 俺はレリアを抱き上げる。


 レリアの姿は試合前とは変わり果て、白色と青色を基調とした修道服は原形をとどめない布切れに成り下がり、綺麗な色白の顔も鮮血に染まっている。

 身体中には爆発の時にできたものと思われる火傷、鎖魔法でできたと思われる傷、そして、ロイに折られた右腕が力なく垂れ下がっていた。


「レリア……」


 俺は優しくレリアの名前を呼ぶ。

 すると、レリアが重たそうな瞼をゆっくりと上げた。


「……ジル、ベール様。わた、し、負け、ちゃいました」


 レリアはそう言うと、一筋の涙が瞳からこぼれ落ちる。

 そんなレリアの涙を指の腹で拭うと、俺はゆっくりと首を横に振る。


「レリアの想いはちゃんと伝わったよ」


「でも……私は……メイビスさんから託された試合で勝てずに……」


 この言葉に俺はまた大きく首を横に振る。


「この歓声を聞いても、まだそう言えるか?」


「え?」


 俺に導かれるように、レリアは観客席に目を向ける。


「レリアの嬢ちゃん! ナイスガッツ! 最後惜しかったな!」

「オレの中ではもうレリアちゃんの勝ちだ! それくらい名勝負だったぞ! 感動をありがとう!」

「さっきは『呪われた聖女』なんて言って悪かったな! レリア嬢の大切な気持ち、すごく伝わったぞ! 想い人がうらやましいよ!」


 レリアはそんな歓声に目を見開く。


「これが……全て……私に向けられた……声」


「そうだ。あの戦いが皆の心を動かしたんだ」


「――試合には負けてしまいましたが、代理の代表選手ながらその実力をいかんなく発揮してくれたレリア選手! 彼女の勝利への執念には心を打たれるものがありましたゾ! まさに歴史に残る第三席戦の立役者! そんなレリア・シルメリア選手にもう一度大きな拍手をお願いいたしましょうゾ!」


 カレン先輩の絶好のタイミングのアナウンスにより、観客席はスタンディングオベーション。

 拍手喝采が最高潮を迎える。


「レリアは本当に女の子だよ」


 俺とレリアの目が合った。

 そして、お互いがお互いを見つめ合い、次第にその表情は笑みへと変わる。


「私の想い……ちゃんと伝わったんですね。ジルベール様は鈍感だからもしかしたら伝わらないんじゃないかとヒヤヒヤしていました」


「げっ、シルフォリア様に組み伏せられているところ見てたのか?」


「ふふ、私はジルベール様のことなら何でもお見通しなのです」


 そこまで言ってレリアはボロボロの左手を俺に向かって突き出した。


「私は負けてしまいましたが、ジルベール様は絶対に勝ってください。私がジルベール様に示せる姿はここまでですので」


 この言葉に俺は昨日の保健室前でのやり取りを思い出す。

 あの時はレリアの言葉に即答できなかった。

 でも、レリアの想いを受け取った今なら自信を持って言える。


「約束するよ。レリアのこの想いを胸に、俺は勝利を掴み取る」


 コツンと交わされる拳。


 ――こうして俺は新たな約束を胸に、首席戦に臨む。



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