§109 最大級の想い

 あとは……この魔法をロイ様に直撃させるだけ。

 そのためには、至近距離まで近付くか、何かしらの方法でロイ様を足止めする必要があります。


 そう考えた時、私は自然と口角が上がるのがわかりました。


 同時に私はエスペランサを握りしめて、ロイ様に向かって真っ直ぐに駆け出します。


「あぁ、ああああああああぁぁぁ――!!」


 とても自分のものとは思えない咆哮が出ました。

 それくらい全力で心臓がけたたましく鳴り、全身の筋肉が軋み出しますが、もう知ったことではありません。

 私は全身全霊で更に速く、もっと速く駆けます。


 そんな私を待ち受けるように宙に容赦なく鎖を顕現させるロイ様。

 そんな複数の鎖が落雷の如く降り注ぎます。


 そんな応酬を第一弾、第二弾と避け、もう少しで届く。


 その瞬間、


「――――ッ!」」


 後方に顕現していた鎖に私の足は取られました。

 体勢が崩れたその隙を逃さないとばかりに、四方から鎖の束が襲いかかります。


(ガシャン! ガシャン!)


 そうして……私の四肢はまるで磔にされるかのように空中に固定されました。


「やっと捕まったか、まったく手間をかけさせやがって。手足を鎖につながれて磔にされる気分はどうだ? もうお前に抵抗できる術はない。けれど、この降伏宣言サレンダー・デュエルはお前が降伏するまで続く。痛い目見たくなかったら、早めに降伏する方が身のためだぞ? 今なら『ロイ様、負けました』と言えば、今日行われた全ての不敬をチャラにしてやるよ」


 勝ち誇った笑みを浮かべるロイ様。

 私はそんなロイ様を睨み付け、吐き捨てるように言います。


「貴方に降伏するなら死んだ方がマシです!」


「あ?」


(ズシャ!)


「――っぁあ」


 ロイ様が降り下ろした手に呼応するように、鎖が私の右腕を貫いたのです。

 殺人的な激痛が右手を突き抜け、私は声にならない声を上げます。

 同時におびただしい量の出血。

 意識も遠のきそうになります。


「君は自分の立場をわかってないみたいだな。ここからは勝負でもなんでもない僕の一方的な拷問なんだよ。僕のキャラに合わないからここまでやりたくなかったんだけど、降伏宣言サレンダー・デュエルが設定されている以上、誰も止めることはできないよな~」


 そう言って陰惨な笑みを浮かべたロイ様は今までの比にならない数の鎖を顕現させます。

 そんな鎖がロイ様の合図とともに一斉に私に襲いかかります。


(ズシャ……ギリ……ザシュ)


 決して強振で命中させることなく、私の身体を切り裂くように振るわれる鎖。

 腕を切られ、腹を裂かれ……視界も血に滲みます。


 そんな肉を切り刻む音に、観客席からも悲鳴に似た声が広がります。


「おいおい、さすがにやりすぎじゃないのか」

「運営はこれでも止めないのかよ」

「一方的な拷問じゃん。女の子がかわいそう」

「もう皇立学園の勝ちでいいじゃん。見ていて気分が悪いよ」


 そんな声も届かないほどに、私の意識は限界を迎えていました。

 それでも好機を待ち、今にも飛びそうになる意識を私は歯を食いしばって耐え忍びます。


 まだだ……まだ……距離が足りない。

 もう少し……近く……。


 私は神に祈るように切望します。

 そんな祈りが通じたのか、ロイ様の攻撃が止まりました。

 そして、全てを諦めたかのように深く深く嘆息します。


「どんなプライドが邪魔をしているのか知らないけど、これは君から『負けました』の言葉を吐かせるのは無理そうだな。その前に君を殺してしまいそうだよ。そうするとルール上、僕が失格になってしまうからね。納得がいったわけじゃないけど……」


 ロイ様はそう言ってゆっくりと私に近付くと……鎖につながれて固定されている右腕を思いっきり蹴り上げました。


(ボキッ!)


 あらぬ方向に折り曲げられた右腕は、豪快な音を立てて……砕けます。


「ぐぁ、ああああああああぁぁぁ――!!」


 声が出ました。

 まるで獣のような叫び。


 今までどうにか通っていた右腕の神経もついに途絶えてしまったみたいです。

 右腕の感覚がなくなり、ついには最後まで離すことのなかったエスペランサを取りこぼしてしまいました。


「これでもダメか。じゃあもう気絶させるほかないかな。負けを認めさせられなかったのは残念だけど」


 そうしてロイ様は私の首を掴みました。


 もはや魔法戦でも何でもありません。

 彼は私を窒息させて意識を飛ばすつもりなのです。


 徐々に手に入れる力は強まり、ぐしゃりという音が最も合うように喉が潰されました。

 急激に脳内の酸素が薄くなり、意識が朦朧としてきます。


 ――私はこの瞬間を待っていました。


「――エスペランサ――!」


 私は潰れた喉で魔導杖の名を呼びます。

 すると、地上に落下したはずの魔導杖が私の呼びかけに応え、目映い光を放ちながら私の手元に舞い戻ってきたのです。


 同時に私は注ぎ込みます。


 ――ありったけのを。


 同時に私とロイ様を強烈な赤い閃光が包み込みます。


「な、なんだこの魔力は!」


 余裕の表情から一変。

 ロイ様の表情は焦りを滲ませた狼狽に変わります。

 しかし、もう逃がしませんよ。


 私は残った左手でロイ様の長い髪を思いっきり掴みます。


「は、離せ。こ、こんな魔力をここで使ったら君だって只では済まないぞッ!」


「元より覚悟の上です! 私はこの勝負、絶対に勝たなければならないのですから!」


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお――!!!」


 私の想い――ジルベール様に届け!


「――自爆魔法・最大級の想いエモーショナル・エクスプロージョン――」


 この日、最大級の爆発が闘技場を包み込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る