§106 決別

「ジルベール様! 待ってください!」


 私、レリア・シルメリアは震える身体をどうにか制して、弾けんばかりの声を上げていました。


 呼吸は乱れ、唇は渇き、今でも震えは止まりません。


 私もいつかこのような日が来ることはわかっていました。

 私は十年前、世界を混沌に陥れた【厄災の大司教】オーディナル・シルメリアの娘。

 その事実はどんなに覆い隠そうとも、偽りなき真実なのですから。


 ジルベール様はこんな私を受け入れてくださいました。

 だからこそ私は今まで心平穏な学生生活を送ってこられた。


 でも、ロイ様や観客席の皆様が見せる反応こそが、私を前にした時の《通常の》反応なのです。


 この事実をアイリスちゃんやメイビスさんが知ったら……と思うと怖くてたまりません。


 それでも私はいつか、この事実と向き合わなければならないのです。


 たとえそれがどんなに愚行だと言われようとも、私は今、この生き方とは決別するのです。


 私はロイ様に視線を戻します。

 そして、まるで照準を合わせたかのように前方を浮遊する映像結晶クリスタに向かって、私は力の限り叫びます。


「そうです! 私は『終焉の大禍』の大罪人オーディナル・シルメリアの娘です!」


 そんな私の言葉にロイ様は陰惨に微笑むと、再び悪魔のような高笑いを上げます。


「あーはっはっ! 自分から認めるとかどうかしてるよ! 僕の言葉だけならどうにでも誤魔化すことができただろうにこんな大衆の面前で! もう君、取り返しつかないよ? 平穏な生活なんて送れないよ?」


 ロイ様の言葉に触発されたのか、観客席からも罵声に似たざわめきが広がります。


「おいおい、マジもんの呪われた聖女だぜ。本物ならここも十年前みたいに消し飛ばされるんじゃねぇーか?」

「衛兵は何してるんだよ。早く捕らえろよ。呪われた聖女なんて処刑されて然るべきだろ」

「あの子、こんなこと宣言しちゃってこれからどうやって生きていくつもりなんだろ? 一生後ろ指さされるだろうに。かわいそ」


 そんな降り注ぐ声を振り切って、私は更に叫びます。


「父が冒した過ちは決して許されることではありません。この場を借りて、私が父に代わって皆様に謝罪をさせていただきます。本当に申し訳ございませんでした」


 そう言って私は観客席に向かって深く深く頭を下げます。


 一気に水を差されたかのように静まりかえる会場内。

 そんな中、最初に口を開いたのはロイ様でした。


「ははっ、偽善者の自己満足にもほどがあるな。君が謝ったところで過去は変えられない。そんな君の謝罪に何の意味があるのさ? 誰も君の謝罪なんて聞きたくないんだよ。君も王立学園の代理とはいえ代表選手ならさ、責任の取り方というものがあるだろう? それが大人というものだ」


 その言葉に私はゆっくりと頭を上げます。


「ロイ様のおっしゃるとおりです。私の謝罪程度では大切な人を失ったご遺族の方々は納得しないでしょう。それでも、私はかねてより責任の取り方について考えてまいりました。それが――人々の助けになれるような魔導士になること――だったのです」


 私は真っ直ぐにロイ様を見つめて言います。


「そんな夢の過程で、私はに出会いました。そのお方は、底抜けに優しくて、困っている人がいたら放っておけない、まさに私が目指す人物そのものでした。私はいつしかその方に憧れ、気付いたらその方と肩を並べたい。そう思うようになっていました」


「…………」


「しかし、どんなに魔法の鍛錬を重ねようとも、どんなに勉学に励もうとも、その差は開くばかり。私は自身の能力の無さに絶望し、塞ぎ込む時期もありました。そんな中、私は本来第三席戦に参加するはずだったメイビスさんから代理の代表選手になる機会を賜ったのです」


「…………」


「私はこの機会を逃したくなかった。憧れの人に追いつくため、メイビスさんの期待に応えるため、そして、いつか人々の助けになれるような大魔導士になるため。私はこの第三席戦に全ての想いを懸けています。もちろん、私の夢は道半ばですし、観客の皆様からしたらオーディナル・シルメリアの娘が戦っているというだけで不快な気持ちになるかもしれません。……それでも、私にとってここは、それぐらい重要な場所だから……」


 そこまで言って私は再び深々と頭を下げます。


「――どうか、私、レリア・シルメリアの戦いを最後まで見守ってはいただけないでしょうか!」


 包まれる静寂。

 それが今までの静寂よりも長く続きました。

 私は返ってくる言葉が、皆の反応怖くて、どうしようもなく怖くて……ギュッと目を瞑ります。


(パチ)


 しかし、次の瞬間、が会場に鳴り響きました。


 私はパッと目を開け、音のした方に視線を向けます。

 すると、そこには主賓席で立ち上がり、手を打ち鳴らすシルフォリア様の姿がありました。


 私の頬を一筋の涙が伝います。


 それに呼応するかのように、主賓席のロードス様、その他来賓でいらっしゃっている方々、観客席と拍手の波が伝播していきます。


 もちろん会場の多くの方は静観しています。

 全員の理解を得られたとはほど遠い結果でしょう。


 それでも私は自身の存在を明かし、それでも尚逃げることなく、この場に立ち続けているのです。


 私は……神に感謝します。

 私に試練を与えてくれてありがとうと……。


 そんな慮外な状況に、背後に立つロイ様から舌打ちが聞こえました。


「まるで既に君が勝ったような雰囲気じゃないか。気に入らねぇ。君はやっとこの場にいることを許されただけでまだ試合は始まったばかりだぞ? 勝負はこれからだ」


 そんな私達のやりとりを受けて、おずおずと声を発するカレン先輩。


「お話は終わりましたかね? 試合再開ということでよろしいですかね?」


「はい」

「ああ、いつでも」


 私とロイ様は睨み合いながら応えます。


「それでは一悶着ありましたが、気を取り直して――第三席戦、試合再開ですゾ!」


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