§105 呪われた聖女・再び

「――私は絶対に負けるわけにはいきません!」


「「「「うぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」


 その勝利宣言に観客は大いに沸く。

 そんなレリアの声は特別観覧席で第三席戦を見守る俺の耳にも当然届いていた。


 レリアがロイに先制攻撃をかました。

 これはひょっとすると、本当にレリアが勝ってしまうかもしれない。


 そんな期待を込めて、跪くロイに目を移すが、そこにはもう力なく膝をつく男の姿はなかった。


「一撃を入れたくらいで随分と調子乗ってるみたいじゃないか」


 長い髪をかき上げながら、ゆらりと立ち上がるロイ。

 その表情、試合開始前に見せていた爽やかな皇子のものではなく、さながら悪魔の化身のような青白くも不敵な表情だった。


「聖女のような格好をしているからてっきり君の魔法適性は『光』だと思っていたけど、君の魔法適性は……『闇』だね?」


 そんなロイの一言に俺はもちろんのこと、レリアも目を見開く。


「……固有魔法でしょうか?」


「ご名答。僕の固有魔法【最終反射装甲ウルティメイト・リフレクション】はの魔法を全て反射する効果があるんだよ。僕は君の魔法適性が『光』だと思っていたから楽勝な戦いだと思っていたけど、まさかこんなところに僕の天敵である闇属性がいるとはね」


 ロイはそう言うと手を顔に当てて、くつくつと笑う。


「噂に聞いたことがある。闇属性を持って生まれてしまった聖女の話」


 その言葉に背筋がぞくりとするのを感じた。

 俺を襲った感覚はデジャブ。

 そう、入学試験の時のスコットと、レリアが今相対しているロイが重なって見えたのだ。


 その予感は最悪なことに的中してしまった。


「君はかの有名な大罪人オーディナル・シルメリアの娘――『呪われた聖女』だな?」


 そんなロイの放った言葉を二人の近くを浮遊していた映像結晶クリスタが拾う。

 同時にその音声が観客席中に拡散されてしまった。


 突如、水を打ったように静まりかえる観客席。

 そして、恐る恐る過去の災害を口にし出す。


「オーディナル・シルメリアって……終焉しゅうえん大禍たいかのだよな?」

「俺も聞いたことがある。オーディナル・シルメリアの娘が闇属性を宿して生まれたって」

「え、確か今戦ってる王立学園の聖女様の名前もシルメリアって……」

「それじゃあ……あの子は本当に大罪人の娘……?」


 動揺は次々と伝播し、それは次第に大きな波と変わっていく。


「そんなやつが由緒正しき王皇選抜戦に出るなー! 引っ込めー!」

「ここには終焉しゅうえん大禍たいかの遺族だっているんだぞ! 何を考えてるんだ王立学園!」

「ロイ様―! そんなやつ早く成敗しちゃってくださ~い!」

「それを知ってたら王立学園なんかに賭けなかったわ! 金返せー!」


「「「帰れ、帰れ、帰れ、帰れ」」」


 鳴り止まぬ帰れコールに第三席戦は一時中断を余儀なくされ、カレン先輩が対応に追われる。


「観客の皆様、今は第三席戦の最中ですゾ! 落ち着いてくださいですゾ!」


「落ち着いていられるかー!」

「いくらカレンちゃんの頼みでもこれは容認できない!」


 頼みの綱のカレン先輩もこれには黙り込むしかなかった。

 今まではレリアが代理選手であることを差し引いても、レリアの容姿も相まって観客席の声援は五分五分だった。


 けれど、今では観客席の色はオセロで言うと黒一色。

 レリアを庇い立てる者など、誰一人としていなかった。


 そんな罵声を一身に浴びるレリアはぎゅっと魔導杖を握りしめ、暗く視線を落としている。


 いずれこういうことになることは覚悟していた。

 レリアがオーディナル・シルメリアの娘であることが露呈する瞬間がくるのを。


 でも、それが王皇選抜戦という晴れの舞台で……多くの国民が見守る中でなんて……こんな酷なこと、誰が想像できただろうか。


 俺は判断を迫られる。


 レリアはこの第三席戦に強い想いを持って臨んでいた。

 そうであれば、それを尊重してあげるのも、友である俺の務めなのかもしれない。


 しかし、そうなるとまた世界奉還シルメリアが暴走する危険がある。

 もし、王族、皇族が来賓として出席されているこの場で世界奉還シルメリアが暴走してしまえば、今回こそシルフォリア様でもどうにもならないだろう。


 そうであれば、俺は今ここで――


 そうして、俺は観客席を飛び出し、レリアの下に駆け寄ろうとしたところで――


「ジルベール様! 待ってください!」


 ――そんな俺を止める声が闘技場内に響き渡った。


 同時に観客席からの「帰れコール」も鳴り止む。


 会場はまたしても一瞬の静寂に包まれた。


 俺を制止した声――それは他でもないレリアのものだった。


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