§104 エスペランサ

「――シルメリウス・バレット――!!」


 第三席戦の火蓋が切って落とされた直後、私、レリア・シルメリアは、ロイ・アルヴレート・フォン・アウグスタニア殿下――ロイ様に魔法弾を叩き込みました。


「ぐはっ!」


 同時に口から血を吐き、地面に膝をつくロイ様。

 そう、私の先制攻撃が成功したのです。


 そんな誰もが予想もしていなかったであろう事態に、観客席は悲鳴に包まれています。


「お前がこんな魔法を使えるなんて……話が違うじゃないか……。補助魔法しか使えないはずでは……」


 ええ、そのとおりです。

 私は――『補助魔法しか使えない第三席の代理』。

 形式的に第三席戦を成り立たせるためのスケープゴートという下馬評だったでしょう。


 この点について、否定するつもりはありません。

 確かに私の専門は補助魔法であり、本来の第三席であるメイビスさんの代替品であることに変わりはありません。

 そもそもの素養が無いためか攻撃魔法はほとんど使うことができませんし、ロイ様がおっしゃるとおり、今までに本気の魔法戦を経験したこともありません。


 でも……そんな私が……不甲斐ない自分を是としていたかというと、答えは『否』です。


 私は王立学園の入学を迎えたあの日、ジルベール様に宣言しました。


 ――ジルベール様と黒服で肩を並べてこの学園を卒業する。


 私は決して夢物語を語ったつもりはありません。

 王立学園で積極的に授業に取り組み、魔法の鍛錬を重ね、いずれジルベール様に並び立てるような大魔導士になる。


 それを目指して頑張ったつもりでした。


 つもりでしたが……私の魔法は頭打ち。

 ジルベール様はおろか、他のSクラスの生徒にもついていくのがやっとという状況でした。


 それが悔しくて、歯がゆくて……でも、現実を認めたくなくて……私はそんな自分の実力を見て見ぬふりをしてきました。


 そう、私はまたしても『逃げ』の選択肢を選んでしまっていたのです。


 そんな中、自分の無力さが顕著に露呈する出来事がありました。


 それが――ダンジョン攻略です。


 ジルベール様もメイビスさんも優しいから……私に「援護をお願い」と言って……遠回しに「戦闘は危険だから後ろに下がっていて」と伝えてくるのです。


 私は一瞬は我慢しようと思いました。

 まるで私も戦闘に参加できているような疑似体験を味合わせてくれる二人の厚意に甘えようと。


 けれど、そう考えれば考えるほど、私の焦りは募る一方でした。


 突如として現れた第三席のメイビスさん。

 深窓の令嬢のように美しくも儚い彼女は、魔法の能力も知識も最高クラス。

 しかも、私達を何度も助けてくれて……私では絶対に敵わない存在。


 ジルベール様もそれは同様の評価だったみたいで、彼女にかなりの信頼を置いているようでした。


 このままでは私の居場所がメイビスさんに奪われてしまう。

 そんな被害妄想が私の心を支配するのに、それほど時間はかかりませんでした。


 私はどうにかジルベール様の隣にいる資格を得たくて、ジルベール様に私が必要だと言ってほしくて、私は躍起になって自分の存在意義を示そうと思いました。


 そうして、私はジルベール様の気を引こうと……どうにか役に立とうと……今考えれば見るからに怪しい宝箱に手を出して……そして、例のトラップが発動しました。


 私には崩れ行く地面に抗う術がありませんでした。


 宙に投げ出された身体。

 少しずつ重力落下を開始する意識。


 ああ、結局私はなんだったんだろう……。


 そう思いかけ、全てを諦めた瞬間に、助けてくださったのは、他でもないジルベール様とメイビスさんでした。


 でも……。


 助かった。

 そう思った瞬間に視界に飛び込んできたのは、穴に落ちていく二人の姿でした。


 私はそんな二人が漆黒の闇に姿を消していくのを、叫び声を上げながら見ていることしかできませんでした。


 私は役立たず……、私は役立たず……、私は役立たず……。


 私はその場で泣き崩れ、近くをアイリスちゃんのパーティが通りかかるまで何も出来ませんでした。


 実は、私はダンジョン攻略から数日間、自室で塞ぎ込んでいたのです。

 外向きには体調不良としていただきましたが、とても皆に顔を合わせられる心境ではなかったのです。


 自身の不注意でジルベール様とメイビスさんを危険な目に合わせた自責の念というのはもちろんなのですが、それよりも力のない自分が許せなくて、その事実がとても悔しくて……。


 私はこの数日間、実にいろいろなことを考えました。

 かつての私であれば、この状況から真っ先に逃げることを考えていたと思います。

 引きこもり、正当化、文字通りの逃避。

 そのように心の平穏を保つ選択をいままで幾度となくしてきたのですから。


 でも、私はジルベール様に出会って、変わりました。


 ――ジルベール様と黒服で肩を並べてこの学園を卒業する。


 この言葉を夢物語で終わらせたくなかった。


 私は必死に考えました、力を得る方法を。


 そこで真っ先に思いついたのが――世界奉還シルメリア――を使いこなすことでした。


 ただ、世界奉還シルメリアは命を代償に世界を創り変える魔法です。

 その効果は非常に強力なものですが、如何せん代償が大きすぎます。

 しかも、私は過去に二回も世界奉還シルメリアを暴走させ、皆様に多大な迷惑をかけています。

 いくら焦っているとはいえ、そんな世界奉還シルメリアを使う勇気は私にはありませんでした。


 そこで私が選んだのは――シルフォリア様に相談することでした。


 もうこれしか私が思いつく手段はありませんでした。


 突然訪れた私にシルフォリア様も最初は驚かれていました。

 けれど、私が胸の内を打ち明けると、とても親身に話を聞いてくださりました。


 シルフォリア様曰く、私の魔力量は常人の数百倍。

 その魔力量は六天魔導士の誰を以てしても敵わないものとのこと。


 そんな話、最初は信じられませんでした。

 それであれば私がこんなに劣等生であるわけがない。

 そう思いました。


 ただ、これには一点「なお書き」が付いたのです。


 この魔力はあくまで世界奉還シルメリア専用。

 通常の魔法の際に使用できるものではないとのことでした。


 私はこの膨大な魔力量が自身の能力を底上げする糸口になるかもと考えていたので、とても落胆した記憶があります。


 それならば世界奉還シルメリアを……と口にしましたが、そんな提案はシルフォリア様に一蹴されてしまいました。


 シルフォリア様曰く、私は世界奉還シルメリアを扱うレベルには達していないとのことでした。


 仮に今の状態で世界奉還シルメリアを使用すれば、今度こそ世界を崩壊させることになると。

 しかも、それが例えば戦闘中のような状況であれば猶の事。

 極限に集中した状態ですら扱いきれないものが、外的要因によって魔力的にも精神的にも不安定になる戦闘中に使うことなど不可能ということでした。


 八方塞がり。

 やはり努力なくして力を得ようなど傲慢だった。


 この時、私の頬を一筋の涙が伝いました。


 そんな私をシルフォリア様の紺碧の瞳が射貫きました。

 そして、シルフォリア様は軽く嘆息しながら言ったのです。


 ――少しばかり強引な方法ではあるけど、君がそこまで強くのであれば、私は君に手を差し伸べよう……と。


 そうして、私はシルフォリア様から――魔導杖『エスペランサ』を受け取りました。


 エスペランサは、ジルベール様がダンジョンで発見し、シルフォリア様に鑑定をお願いしていたものです。

 シルフォリア様曰く、エスペランサは、現存する最古の魔導具である古代魔導具グランド・アーティファクトと同様の時代に作られたものではないかとのことでした。


 そんなエスペランサの効果は――貯蔵した魔力を自在に引き出し使える――というもの。


 シルフォリア様はこの効果を活かして、本来であれば、世界奉還シルメリアに用いるはずだった魔力をエスペランサに貯蔵することによって、私の中で燻ぶってしまっていた魔力を効果的に活用する手段を提案してくださったのです。


 最初はそんな貴重な魔導具を受け取ることに抵抗がありました。

 しかし、シルフォリア様が「この魔導杖は君のためにある」、「ジルベールもきっと君に使ってもらった方が喜ぶ」、そう言って優しく私の頭を撫でてくれたのです。


 今、私がこの場に立っているのは、私だけの力ではありません。


 ジルベール様の魔導杖があって、シルフォリア様のご助言があって、メイビスさんの提案があって、今、私はこの場に立てているのです。


 私は様々な想いの下、ここにいる。


 そうであるならば……


「――私は絶対に負けるわけにはいきません!」


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