第11章【王皇選抜戦・第三席戦】
§103 第三席戦
一夜明け。
俺は第三席戦の開始を今か今かと心待ちにしていた。
俺がいるのは代表選手のために用意された――『特別観戦席』。
円形の闘技場のちょうど円周部分に設けられたこの席は、どの観客席よりも近い場所で試合を楽しめるまさに特等席だ。
聞いたところによると、剣が空を切る風斬音や、
セドリックはあの性格ゆえに不在、メイビスは治療に専念するために不在であるため、この場にいるのが俺一人というのが少し寂しくはあるが……せっかくの機会なので今日はこの席を独占させてもうらことにする。
なんて言っても今日第三席戦に参加するのは、他でもないレリアなのだから。
正直なところ不安もあった。
メイビス達の話だと、レリアも魔法戦に十分に耐えうる力を得ているという話だったが、自分の目でそれを見ていない以上、心配になるのも当然のことだ。
俺の知っている直近のレリアだと、ダンジョン攻略の際に補助魔法によりフォローしてくれた彼女だ。
あのときはメイビスの助言により格段に魔法効率が向上していたのは確かだが、とても皇立学園の特待生クラスと渡り合えるものには思えなかった。
それに……俺は観客席に耳を向ける。
すると、こんな声がしきりに飛び交っているのだ。
「王立学園の第三席は怪我で棄権。しかも、代理の選手は補助魔法しか使えないって話じゃん」
「補助魔法? 王皇選抜戦マニアの俺からすると、補助魔法だけで過去に勝てた代表選手はいなかったね。これは皇立学園の圧勝で終わりそうだな」
「あー、メイビスちゃんの試合見たかったなー。オレ、メイビスちゃんにだったら全財産賭けるつもりだったのに」
「それな。メイビスちゃんマジ天使。代理の選手も女の子らしいけど、メイビスちゃんと比べちゃうとさすがにかわいそうだよなー」
「皇立学園の第三席は相当な実力者らしいし、今回はおとなしく皇立学園の方に賭けておくか」
「だな。どうせ試合も盛り上がらないよ。期待するだけ無駄。もう次席戦のこと考えようぜ」
明らかにレリアが期待されていないことがわかるコメントの数々。
そんな場にレリアを担ぎ上げてしまって本当によかったのか。
あのとき、レリアを説得した方がよかったのではないか。
今からでも棄権させた方がいいのではないか。
そんな後悔がどうしても頭から離れないのだ。
しかし、時間は無情にも流れ。
「「「「うぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」
突如、会場が盛大な喝采に包まれた。
どうやら司会であるカレン先輩が闘技場に現れたみたいだ。
闘技場には原則として代表選手しか入ることができない。
ただ、その唯一の例外として、試合開始前の『試合方式』を決定するターンのみ、司会が闘技場に足を踏み入れることが許されている。
「――さぁさぁ、待ちに待った王皇選抜戦・個人戦・第三席戦! 今年の第三席戦は王立学園の第三席の棄権というアクシデントがあったこともあり、王立学園側は代理の代表選手を据えての第三席戦となりますゾ! 何が起こるかわからないからこその王皇選抜戦! 皆さん、今日も盛り上がっていきましょうゾー!」
弾けんばかりの元気な声と、特徴的な語尾によるアナウンスに会場が更に沸く。
「それではまずは皇立学園の第三席に入場していただきますゾ! 皇立学園の第三席は、アウグスタニア皇国第三皇子! 集団戦は一瞬で勝負が決してしまいましたので、その実力を見ることは叶いませんでしたが、第三席戦では実力を思う存分発揮してくれるはずですゾ! ロイ・アルヴレート・フォン・アウグスタニア選手――!」
そうして女性達の黄色い歓声を受けながらゆっくりと登壇をしてくるロイ。
そんなロイの服装は皇子様然とした正装に、皇立学園のイメージカラーである紅のマント。
これを見るまで完全に忘れていたが、個人戦は、学外演習同様、私服での参加が認められているのだ。
もちろん制服での参加も可能なのだが、気合いを入れるためにも、普段から着慣れた私服が推奨されている。
俺はこれを完全に失念していたため、もし、この試合を観戦していなかったら俺は制服で参戦していたかもしれない。
その点はロイに感謝したいところだ。
ひとしきり手を振り終えたロイが、司会であるカレン先輩にウインクをする。
それを受けたカレン先輩が次なる第三席の紹介に移る。
「それでは対する王立学園の第三席に入場していただきますゾ! 代理の代表選手に選ばれたのは、見た目麗しい聖女様! 実戦のデータが無いのでその実力は未知数! 果たして代理選手としての意地を見せつけられるのか! レリア・シルメリア選手――!!」
そうして、鳴り止まぬ歓声の中、一人の少女が登壇する。
レリアの服装はいつもの白色と青色を基調とした修道服。
しかし、一点だけ。
いつもと違う部分があった。
「あれ?」
その事実に俺は思わず声を漏らす。
レリアの手には、あるものが握りしめられていたのだ
それは――例のダンジョン攻略の時に俺が手に入れた『魔導杖』だった。
蒼色の宝石を宿したレリアの身長と同じくらいの長さがある魔導杖。
それを右手にしっかりと抱き、レリアはロイと相対したのだ。
「おぉーっと! レリア選手が持つのは魔導杖でしょうか! かなり特殊な魔力を感じますゾ! ちなみに王皇選抜戦は当然魔導具の使用は認められておりますので、思う存分使ってもらって大丈夫だゾ!」
あの魔導杖はダンジョン攻略後、シルフォリア様に管理をお願いしていたものだ。
それがまさかレリアの手に渡っているとは思っていなかったので、俺は驚きを隠せなかった。
あれがレリアの秘密兵器なのだろうか……?
「――それでは両選手が揃いましたので、早速、『試合方式』を決定しようと思いますゾ! 両選手、前へどうぞですゾ」
そう言うとカレン先輩の頭上にサイコロ状の魔導具が出現した。
おそらくあれが『試合方式』をランダムに決定する魔導具なのだろう。
宙を規則的に回転する魔導具に視線が集まる中、レリアとロイは一歩ずつ魔導具に歩み寄る。
二人の近くには、今、
『試合方式』決定のターンなので、その注目はカレン先輩に注がれているからだ。
それをいいことにロイは軽率にもレリアに話しかけていた。
距離的に観客席からは二人の声を聞き取ることはできないだろうが、特別観覧席からは二人の会話は筒抜けだった。
「君が第三席の代理か。なんというか……君も災難だね」
「災難とは……?」
魔導杖を地面に突き立、目を閉じて精神統一をしていたレリアは、片目を開けると、ロイの発言の意図を問い直す。
「いやね、僕が相手だときっと苦しい戦いになるからさ。元々の第三席はかなりの実力者のように見えたけど、君からは強者特有の匂いがしないんだ。そうだな、例えるなら、今まで一度も本気の死闘をしたことがない。そんな逃げて逃げて逃げ続けてきた弱者の匂いだ」
ロイから紡がれた言葉。
それは明らかな蔑みを含んだ挑発だった。
開会式から今までの印象から、俺はロイに対して悪いイメージを持っていなかった。
むしろファンサービスを大切にする皇子様という印象を抱いていたのだが、その実は仮面を被ったオオカミだったようだ。
しかし、そんなロイの変わり身にも、レリアは思いのほか冷静だった。
「ええ、確かに私はメイビスさんの実力には遠く及びません。それに、今まで逃げ続けてきた人生という点についても否定するつもりはありません」
そんな清々しいまでの肯定に、ロイは鼻を鳴らして笑い声を上げる。
「ははっ、認めちゃうんだ。そこまでわかってるならさ、なんで君は代理なんて受けたの? 君だって本当はこんな試合出たくなかったんでしょ? 第三席に無理矢理担ぎ上げられた口なんでしょ? それなら無理をする必要ないじゃないか。こんな公衆の面前でわざわざ恥をさらす必要がどこにあるんだ。別に僕相手に棄権したところで誰も君を責めたりしないよ。むしろ、相手が悪かった、かわいそうと慰めてもらえるかもよ。それにほら、君、聖女様でしょ? そうなると、尚更、僕の魔法には……」
「少し黙っててくれませんか?」
ロイが紡ぎ倒していた罵詈雑言を、レリアは一刀両断した。
続けてレリアは厳しい表情を湛えて、睨みつけるようにロイに言う。
「貴方にとってはこの戦いはお遊びかもしれません。でも、私にとっては大切な大切な友達から託された舞台なのです。この『想い』を貴方如きが止められると思わないでください」
そんな口汚くロイを睨み付けるレリアを見て……俺の心臓は大きく跳ねた。
レリアは可憐で淑やかな女の子だ。
いわゆる勝気とは程遠く、勝負事には縁遠い存在なのだと勝手に思っていた。
けれど、今のレリアは違った。
闘志をむき出しにし、多少口汚くも相手を睨み付けるその姿は、本気で第三席戦を勝とうとしている。
そんな戦士の目だった。
次の瞬間、サイコロ状の魔導具が光り輝き、第三席戦の試合方式が決定した。
「――個人戦・第三席戦の試合方式は――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます