§101 棄権

「残念だが、メイビスは個人戦を棄権させる」


「「え」」


 シルフォリア様のその言葉に反応したのは俺とレリアだけだった。

 どうやら保健室の中にいた皆はその事実を既に打ち合わせ済みだったようだ。


「それはメイビスの身体が想像以上に悪いということでしょうか?」


 俺はいてもたってもいられず勇んで言う。


「いや、メイビスは魔法の直撃をうまく防いでいる。火傷もそれほどひどくなく、身体自体には問題ない」


「では」


「最後まで聞け。確かに身体は問題ないのだが、問題は魔力の方だ」


「魔力?」


「どういう理由かはわからんが、魔力量が著しく減少しており、仮に個人戦に出場したとしてもおそらく勝負にならない。そんな彼女を出場させるわけにはいかないのだ」


「でも、メイビスは……」


 俺は開会式前のメイビスとの一幕を思い浮かべる。

 メイビスは王皇選抜戦にとても思い入れがあるようだった。

 普段冷静なメイビスに「を掴み取って見せますよ」と言わせるほどに。


 それなのにこの結果はあまりにも……。


 そんな言葉が口をついて出そうになるが、今、一番つらいのは他でもないメイビスだ。

 それを俺が騒ぎ立ててもメイビスは喜ばない。


「ジルベールの言いたいことはわかる。でもこれは王皇選抜戦という魔法戦なのだ。当然、こういう結果もあり得る」


 その言葉に俺はギュッと唇を噛みしめるしかなかった。

 すると、この渦中の当事者であるメイビスが、お葬式ムードを壊すかのように、静かに口を開いた。


「ジルベール君、私のことを気遣ってくれてありがとう。でも、私は個人戦に出ないことは既に了承しています。ただ一点だけ。シルフォリア様に具申させていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」


 メイビスはそう言うとシルフォリア様のことを真っ直ぐに見つめる。


「具申? いいぞ。言ってみるといい」


 さすがのシルフォリア様でもメイビスの意図を図りかねるのか、軽く小首を傾げながら言う。


「このたびは私の不甲斐なさゆえにご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。しかし、不甲斐ないなりにも私にできることはしたいと思っております。そこで、『王皇選抜戦開催規則』第二十条を行使させていただきたく存じます」


「なるほど、そうきますか」


 その耳慣れない言葉にいち早く反応したのが、皇立学園・学園長であり六天魔導士のロードス様だった。


「さすがはロードス様、ご推察のとおりかと。王皇選抜戦は『王皇選抜戦開催規則』に基づき運用されております。近年は形骸化しているため、規則の存在を認識していない方も多くいらっしゃると思いますが……」


 シルフォリア様がなぜかメイビスから視線を逸らすが、メイビスは淡々と続ける。


「この規則は現在も生きております。そして、第二十条にはこのように定められております。


 ――代表選手が王皇選抜戦を欠場する場合、各学園は、両校の責任者の同意の下、代理の代表選手を選出することができる。代理の代表選手を選定する権利は、欠場する代表選手に帰属する。――


「つまり、両校の責任者であるシルフォリア様とロードス様の同意が得られれば、私の代わりの生徒を代表選手として出場させることができます。そして、私は代理の代表選手として――レリアちゃん――を選出したいと思います」


「「「「「え」」」」」


 この発言にはその場にいた誰もが感嘆の声を漏らした。


 レリアが代表選手……?


 当然のことながら、こんな展開になるとは誰も予想していなかった。

 けれど、レリアが代表選手というのはあまりにも突飛すぎると思った。

 レリアはそもそも補助魔法を得意とする魔導士で戦闘には不向きだ。

 とても王皇選抜戦を戦えるレベルではない。


「メイビス。さすがにそれは……。レリアの魔法はそもそも戦闘向きじゃないし」


 俺がその旨を伝えるが、メイビスは真剣な表情で首を横に振る。


「ジルベール君は知らないかもしれませんが、最近のレリアちゃんは毎日夜遅くまで魔法の練習に励んでいます。私は今のレリアちゃんであれば、仮に相手が第三席クラスでも太刀打ちできると考えています。それに……それを決めるのはジルベール君ではなくレリアちゃんです」


 メイビスはそう言って俺に強い視線を見せた後、一度言葉を切ると、続いてレリアに視線を向けた。


「さて、レリアちゃんはどうしますか? これはあくまで私の一方的なお願いですので無理強いすることはできませんが、あまり時間に余裕があるとは言えませんので、この場で決めていただけたらと思っております」


 皆の視線がレリアに集まる。


「私は……」


 そんな皆の視線を一身に受けて、しきりに瞳を動かすレリア。

 そんなレリアだったが、一度メイビスのことを真っ直ぐに見つめたかと思ったら、心を決めたように「ふぅ」と大きく深呼吸した上で、力強い声音で言った。


「出てみたいです、王皇選抜戦。私では力不足なのは承知しています。それでも……私は挑戦してみたい」


 その言葉に俺は大きく目を見開いていた。

 今までレリアに抱いていた印象から、レリアがここまで強い意志を主張できるとは思っていなかったからだ。


 しかし、メイビスはレリアがこう答えるのがわかっていたかのように優しく微笑んだ。


「これで代理の選手の了解は取れましたね。あとは両校の責任者の同意があれば晴れてレリアちゃんを代表選手にできるのですが……」


 メイビスはそう言うと、まずは視線をシルフォリア様に向ける。


「私はもちろんOKだ!」


 シルフォリア様はニヤリと笑って親指をグッと立てる。


 そうなると皆の視線は自然とロードス様へと向かう。

 それを受けて軽い嘆息を見せるロードス様。


「皇立学園としては同意しない方がいいのでしょうが……そんな目を向けられたらさすがにNOとは言えませんね。メイビスさん、貴方の作戦勝ちです。いいでしょう。代表選手の交代、同意します。その代わり、しっかりと王皇選抜戦を盛り上げてくださいね」


 その言葉を聞いて一番に歓喜の声を上げたのは、身を固めて動向を見守っていたアイリスだった。


「レリアちゃん! 代表選手ですよ、代表選手! すごいですぅ! 練習の成果が発揮できますね」


 この反応を見る限り、どうやらレリアの秘密の特訓をメイビスに限らずアイリスも知っているようだ。

 そういえばこの三人は寮で相部屋になっているのだったな。

 女の子達の秘密に首を突っ込むつもりはないが、俺だけその事実を知らなかったことに、少しだけ複雑な気持ちになる。


 レリアとアイリスがひとしきり抱き合っていたのを見届けると、メイビスがゆっくりと口を開く。


「私の想いはレリアちゃんに託しました。レリアちゃんは自分の『想い』のままに……」


「はい、ありがとうございます。メイビスさん」


「あと、ジルベール君」


 赤と青の瞳が俺のことを射貫く。


「貴方は絶対に勝ってくださいね。私の分まで悔いの残らないように……」


「ああ」


 こうして、正式な手続きの後、代表選手はメイビスからレリアへと交代となった。

 そして、その旨はその日のうちに会場全体へと周知されたのであった。


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