§100 力不足
『集団戦』の終了直後、転送魔法によって闘技場に戻った俺達はすぐさま王立学園の保健室へと向かっていた。
それは偏にメイビスの治療のため。
俺はメイビスを抱きかかえたまま保健室に入室すると、そこには既に保健の先生であるエクセラ・ストレング先生とアイリスが控えていた。
エクセラ・ストレング先生は王立学園の養護教諭。
ボーイッシュな黒髪と、スタイリッシュなパンツスーツ姿が特徴的なクールビューティーだ。
かつては傭兵の医療班として活躍していたとのことで、エクセラ先生の治療は実績に裏付けされたものだ。
最近は保健室にお世話になることが増え、その時に知ったことなのだが、最近アイリスはエクセラ先生に師事して、助手のような作業をしているとのことだ。
アイリスの治癒魔法は最高クラスだが、アイリス自身が医療の知識を持ち合わせているわけではない。
そのため、シルフォリア様の計らいにより、医療に関する適切な知識を身につけるため、エクセラ先生を紹介されたらしい。
今では時間があれば保健室に通ったり、授業の選択科目をエクセラ先生が担当を務める「魔法医学」や「魔法薬学」にしたりと、かなり意欲的に活動しているとのことだ。
アイリスがエクセラ先生とともに保健室にいたのはそういう理由があったからだ。
まあ、この話はひとまず置いておくとして、俺はすぐさまメイビスをベッドに横たえる。
「もう、皆さん大げさすぎですよ。魔法の直撃は免れていますし、火傷もそれほどひどくありません」
そう言って恨めしそうな視線を俺に向けるメイビス。
確かにリーネの魔法の直前、メイビスは防御魔法を展開しているように見えた。
果たしてリーネの【無詠唱魔法】を前に防御魔法が間に合ったのかは定かではないが、雰囲気から察するにそこまで大怪我というわけではないのだろう。
ただ、ダンジョン攻略の時もそうだったが、メイビスは自身の怪我を軽視する傾向がある。
今回だって何があるかわからないわけだし、専門家にしっかりと見てもらう方がよいだろう。
「メイビスは我慢しすぎだ。あれだけの魔法を受けたのだから、しっかりと見てもらった方がいいと思う」
俺がそう言って席を立とうとすると入れ替わるようにエクセラ先生がメイビスに話しかける。
「はい。じゃあちょっと身体見せてもらうよ」
エクセラ先生はそう言うと、粗雑にもメイビスの制服のブラウスをガバッと開けた。
「きゃっ!」
同時に白地に可愛らしい刺繍の下着があらわになり、胸にかかる紅玉をあしらったペンダントが勢いよく踊った。
それを受けてメイビスは反射的に悲鳴を上げると、咄嗟に胸元を隠す。
そして、顔を真っ赤にしながら、なぜか俺の方を恨めしそうに睨む。
え、これ俺が悪いのか?
どう考えてエクセラ先生だろ。
「あ、すまん。男子がいるのを忘れてた。ちょっと君は出て行ってくれるかな」
エクセラ先生はぶっきらぼうに言うとベッドのカーテンをぴしゃりと閉めた。
アイリスはこの状況にあわあわしていたが、俺にぺこりとお辞儀をすると、自分もベッドのカーテンの中に消えてしまった。
なんだか閉め出されたような気分でいたたまれなくなった俺は、とりあえず保健室を出て廊下で待機することにした。
そうして幾ばくかの時間が流れた後、廊下から一人の女の子が顔を出した。
レリアだった。
「ああ、レリアか」
「ジルベール様でしたか。誰かいると思って遠目から警戒しちゃいました。どうしてこのようなところでお待ちを?」
「いや、中は男子禁制とのことで追い出されちゃったんだよ」
「それはジルベール様がメイビスさんをエッチな目で見ていたせいではないでしょうか」
そう言って不潔なものを見るように顔をしかめるレリア。
いや、メイビスの下着を見てしまったのは事実だけど、あれは不可抗力というか。
ってなんで今来たばかりのレリアがそんな状況になってたことを知ってるんだ。
ただ、余計なことを言うと墓穴を掘ってしまう気がしたので、俺はとりあえず話を逸らすことにした。
「レリアもメイビスのお見舞いだよな?」
「はい。さすがにあの光景を見ていたらいてもたってもいられなくて。係官の方にお聞きしたら保健室へと運ばれたという話でしたので観客席から抜け出して来ちゃいました。今は皇立学園側のインタビューがなされていますよ。あの……集団戦……残念でしたね……」
レリアは眉を顰ながら心底残念そうな表情を見せる。
「あれは完全に皇立学園チームの作戦勝ちだよ。正直、手も足も出なかった」
「でもまだ個人戦が残っています! ジルベール様ならきっとあの【無詠唱魔法】の皇女殿下にも勝てますよ! 自分の力を信じてください!」
精一杯の励ましをくれるレリア。
いつもだったらこのレリアの励ましがとても力になっていたと思う。
しかし、今日の俺の心はどうにも晴れないままだった。
集団戦の敗因は俺が集中力を欠いていたことだ。
そして、その要因となっているのはもちろんリーネのこと。
そんな雑念で戦闘に集中すらできてない俺が、あれほどまでに闘志あふれるリーネに勝てるかは甚だ疑問だった。
もちろん負けたくないという気持ちもあるが……これは少し冷静に頭を整理する時間が必要だと思った。
思えばリーネとの突然の邂逅から、開会式、作戦会議、集団戦、メイビスの治療とまともに考える時間もなかった。
個人戦・首席戦まではまだ中一日ある。
それまでに俺の中にある熱いものを再燃させなければならない。
そんなことを考えていると、廊下の壁に背をもたれていた俺の隣にレリアがちょこんと立った。
それも肩と肩が触れあうほどの距離。
「どうした? レリアは女の子だから中に入っても大丈夫だぞ?」
「もう少しだけここにいたい気分になりました。ご迷惑じゃなければお隣で」
「ん、ああ……」
レリアは俺の生返事を聞くと俺の肩に頭を寄せた。
そしてまたしばしの沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはレリアだった。
「ジルベール様が何かお悩みなのはすぐにわかりました。そして、それは私ではお役に立てないものであることも。普段のジルベール様ならすぐに私に話してくださいますもん」
「え?」
俺はそんな突然の言葉に思わずレリアに視線を向ける。
すると、レリアは涙は流していないまでも、とても悲しそうな表情を浮かべ、唇を思い切り噛みしめていた。
「お悩みが王皇選抜戦のことであれば私では力不足ですもんね……。でも……こうして側にいることしかできないことが、とても歯がゆいです……」
俺は今更ながらリーネのことをレリアに話していないことを後悔した。
いや、王皇選抜戦でリーネと再会するなんて思っていなかったというのはあるが、最初の
リーネのことを知られたくなかったからだ。
じゃあ俺はなぜリーネとのことを知られたくなかったのか……。
それはすぐには答えは出せなかったが、取り返しのつかないことをしてしまったという後悔の念だけは残った。
その言葉を最後にレリアは口を噤んだ。
俺も返す言葉が見つからなかった。
そうこうしているうちにシルフォリア様とロードス様が保健室に到着し、その数刻後、俺とレリアも保健室の中に入ることを許された。
中に入ると皆がメイビスの横になるベッドを取り囲んでいた。
そうして、まず、口を開いたのは、他でもないシルフォリア様だった。
「残念だが、メイビスは個人戦を棄権させる」
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