§099 決着の果てに

「どうやら過大評価だったみたいですわね」


 わたくし、エリミリーネ・シェルガ・フォン・アウグスタニアは、ジルにそう言い渡すと、王立学園チームの背後に控える砂時計の形を模した『宝』に目を向けました。


 ああ、なんて虚しい勝利なのだろう……。


 わたくしは心の中でそうつぶやきました。


 わたくしは自分で言うのも何ですが、昔から負けるということがありませんでした。


 勉強をすれば他の追随を許さぬ圧倒的首位。

 剣術を学べば数ヶ月で師範を超える腕になってしまいました。


 これは十二歳になって行われた『啓示の儀』でも覆ることはなく。

 皇族として生まれたこともあり、魔力量は平民の比ではなく、神から与えられたのは現在の魔導士の域では収まらない最強の【固有魔法】。


 こうしてわたくしの地位は絶対的なものになってしまいました。


 わたくしの最終的な目標は、兄様である第二皇子ベルハルト・レイテス・フォン・アウグスタニアを殺して皇帝となること。


 その下地作りとして、有力貴族や学閥の支持者を集めるために王皇選抜戦で圧倒的な勝利を収めることがわたくしの当面の目標でした。


 別にこのことに不満があったわけじゃありません。


 けれど、ただただ責務のために生きる。

 そんな日常が楽しかったかというと、決して楽しいものではありませんでした。

 正直な気持ちを申せば、わたくしの実力をもってすれば、これくらい容易くできてしまうという気持ちがあったからです。


 そんなつまらない日常の中で……わたくしは彼に出会いました。


 彼はわたくしにを与えてくれました。

 わたくしが皇女殿下としてではなく、普通の女の子として過ごせる時間。

 それはわたくしがどんなに望んでも手にできないものだったのですから。


 彼はわたくしに言いました。


 ――『また会う日まで。貴方の人生に幸多からんことを』――


 恋は盲目と言いますが、わたくしだって短慮なわけではありません。

 むしろ皇立学園始まって以来の才媛と呼ばれているぐらいです。


 彼が意味で言っているわけではないことは、ちゃんとわかっていました。


 それでもわたくしは期待してしまった。


 『賢者物語』のように。

 囚われたお姫様に優しく手を差し伸べてくれる王子様を。


 わたくしは人を見る目には自信がありました。

 彼は……ジルはではないと……思っていました。


 けれど、現実は違いました。

 彼はわたくしを騙し、欺き、裏切り、弄ぶ愚者でしかなかったのです。


 これは悲恋などではなくただの勘違い。

 これは運命などではなくただの必然。


 そう考えたら、わたくしの心は怒りと悲しみの炎で埋め尽くされました。


 わたくしはこの王皇選抜戦、全てのものを燃やし尽くして終わりにしよう。

 そうすれば、自分の運命を受け入れられる。


 そう思っていました。


 でも、開会式でジルの姿を認めて――不覚にも心が躍ってしまったのです。


 わたくしはこの気持ちを整理することができずにいました。

 その気持ちを引きずったまま『集団戦』に臨み、結果、魔力の制御を誤り、王立学園の第三席に大変な怪我を負わせてしまいました。


 わたくしの最大火力の『魔王セイタン』を受けたら、無事でいられる者などおりません。

 申し訳ないですが、あの第三席は個人戦には出場できないでしょう。


 わたくし達、皇立学園チームの狙いは、最初から砂時計を模した『宝』でした。


 そこにわたくしの【無詠唱魔法】で最高速度の魔法を叩き込む。

 それで試合終了、皇立学園の勝利となる手筈でした。


 でも、わたくしは直前になって、その照準を『宝』から『ジル』に変更しました。


 そうです。わたくしは心のどこかで期待してしまったのです。

 わたくしがだと認めたジルが、わたくしの魔法を防ぎきって、それこそ歴史に名を残すような戦いに昇華することを。


 ――武神祭でのゲイルとフィーネのように。


 でも、ジルはわたくしの魔法を防げませんでした。

 しかも、あろうことか女の子に身体を張って守られるという体たらく。


 わたくしは失望を隠せませんでした。


 ……やはりジルは運命の人ではなかった。


 そう気持ちに踏ん切りがついた時には、自然と悲しい笑みが漏れていました。

 同時に自分の本当の気持ちを理解しました。


 ――ああ、わたくしは、本当にジルが好きだったのだな……と。


 矛盾しているかもしれません。

 裏切られたのに、騙していたのに、失望したのに……運命の人でないのに……それでもジルのことを好きなんて……。


 でも、この気持ちには、もう蓋をしなければなりません。

 わたくしはわたくしの目的のため、この後、首席戦でジルに勝利します。


 これは定められた運命なのです。

 そんな相手に情を抱くなど、第二皇女であるわたくしがやることではない。


 そう考えたら、わたくしの頬を一筋の涙が伝いました。

 視界が歪み、周囲を取り巻く黒煙のせいか、呼吸も苦しくなってきます。


 それでもわたくしは振り向きません。

 わたくしは孤高の皇女。

 運命の人に巡り会うことなど……決してないのです……そう、永遠に……。


「リーネ様!」


 そう心の誓った瞬間に、メアリーの声が殊更に響き渡りました。

 わたくしはその尋常ならざる叫び声に思わず足を止め、向き直ります。

 同時に目を見開きました。


 ――十数メートルに及ぶほどの巨大な木が、煉獄の炎を纏いながら、真っ直ぐにわたくしに向かって倒れてきていたのです。


 その距離は約数メートル。

 燃えさかる巨木はもうすぐそこまで迫っていたのです。


 しかし、


 ――この距離なら間に合う。


 わたくしはそう判断しました。


 わたくしの【無詠唱魔法】の発動速度は、コンマ一秒。

 巨木をなぎ払うには十分な時間が確保できます。


 そうして、わたくしが【】を発動させようとした瞬間――反射的に周囲の立ちこめていた黒煙をこれでもかというぐらいに吸い込んでしまったのです。


「コホッ、コホッ」


 それにより、わたくしはゴホゴホと噎せ返ります。


 これが運命の分かれ目となりました。

 燃えさかる巨木は既にわたくしの無詠唱魔法ですら間に合わない位置にまで達していました。


 あ、死ぬ……。


 そう悟ったわたくしが恐怖から思わず顔を伏せたコンマ数秒――


「――深紅の火山弾ヴォルケーノ・バレット――!!!!」


 聞き覚えのある技名が脳を突き抜けたかと思ったら、ドゴォォオオ――――ンという轟音がわたくしの頭上を通過しました。


 同時に猛烈な衝撃波に襲われ、わたくしは煽られるように地面に尻餅をつきます。


 そして、恐る恐る目を開けると――そこにはわたくしに向かって真っ直ぐに手をかざし、深紅の『魔法陣』を顕現させているの姿があったのでした。


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