§098 決着

(バリンッ)


 背後で何かが砕け散る音。

 それが俺達、王立学園チームの『宝』の壊れた音だとわかった。


 しかし、俺にはそれを確認する暇はなかった。

 俺は目の前に広がる光景から目を離すことができなかった。


 俺の眼前には――両手を広げて俺を守るように立つ銀髪の少女――。


 銀髪の少女はリーネが放った炎魔法の直撃を受けていた。

 透き通るように白い肌は一瞬にして煤にまみれ、特待生の象徴である黒服からは黒煙が上がった。


(ドサッ)


 同時に崩れ落ちるようにガックリと膝をつく。


「メイビス!」


 俺は大声で彼女の名前を呼ぶと、倒れかかる彼女をどうにか抱き止めた。

 俺に抱き止められたメイビスは、煤まみれの顔をこちらに向けると、虚ろな瞳で俺のことを見つめる。


「……私達の負けのようですね。すみません、まさか相手がこんな作戦で来るとは……完全に想定外でした」


「そんなことはどうでもいい! それよりも今すぐ保健室へ!」


 俺は思わず大声で叫んでいた。

 イライラしていたのだ。


 こんな大怪我を負っておいてまだ勝負のことを気にしているメイビスもそうだし、いくら王皇選抜戦といえど急襲でこんな相手の命を奪いかねない魔法を繰り出すリーネにも。


 けれど、一番許せなかったのは……自分自身だった。


 俺はこの集団戦、明らかに精細を欠いていた。

 そのせいで多重展開の領域ドミネーティング・フィールドの展開が遅れ、結果として、リーネ達の接近に気付くのが遅れた。


 もし俺がもう少し早く多重展開の領域ドミネーティング・フィールドを完成させていたならば、【速記術】を持つ俺であれば、【無詠唱魔法】のリーネに対抗できたはずだ。


 そう。このメイビスの怪我は……俺のせいだ。


 俺はゆっくりと視線を起こす。


 もはや見る影もなくなった焼けただれた森林。

 あれほどまでに鬱蒼としていた月影の森が、夕焼けに包まれるが如く赤く照らされる。


 そこに立つのはリーネ、メアリー、ロイの三人。

 どうやら皇立学園チームはマーカーでのポイント獲得を完全に捨て、全員で俺達の『宝』を破壊する作戦で来たようだ。


 俺達と全く真逆の作戦。

 そして、俺達の作戦を読み切っての完封。


 完敗だった。

 これで皇立学園チームには勝利ポイントである五○ポイントが入る。

 他方の俺達は0ポイント。


 俺は腕組みをして厳しい表情をこちらに向けているリーネに問う。


「リーネはこちらの作戦を読んでいたのか?」


 それにピクリと眉を動かすリーネ。


「当然ですわ。ジルには広範囲の索敵魔法があるのは把握済み。それであれば当然マーカーでポイントを獲得する作戦を選択するだろうと思っていました。なので、わたくし達はそれを逆手に取る作戦を考えたわけです」


「さっきの攻撃。あれは俺を狙ったものか? それとも『宝』を狙ったものか?」


「……別にどちらでも構わないでしょう。勝利条件として『全員の戦闘不能』が定められている以上、魔法を人に向けて放つのもルールの範囲内。それについて文句を言われる謂れはありませんわ。まあ、正直、貴方ならわたくしの攻撃を防げるかもしれない。そう思っていましたけど、どうやら過大評価だったみたいですわね」


 リーネはそう言うとほんの少しだけ寂しそうな表情を見せ、悲しく笑った。


 そんな表情を浚うように、風向きが変わった。


 周囲の煉獄と化した焼け野原は依然としてパチパチと音を立て、延焼した木々はまるで炎を装飾したツリーのように立ったまま火柱を上げている。


 そこから黒煙が風に流されたことにより、辺りは一気に視界が悪くなり、肺に空気を送るのも億劫になる。


「コホッ、コホッ」


 そんな乾いた空気を吸い込んだリーネが軽く咽せる。

 そして、制服の袖で口元を覆いながら、メアリーとロイに指示を出す。


「ここは、空気が悪いよう、ですし、撤退、しましょう。コホッ、コホッ」


 さすがに呼吸がままならないと思ったのか、リーネ達、皇立学園チームは撤退することにしたようだ。


 俺はそんな彼女達を無言で見送ろうとしたその瞬間――


(バキバキ)


 とけたたましくも、何かが折れる音がした。

 俺は反射的にそちらに目を向ける。


 すると、先ほどまで激しく燃えていた巨木が、根元からパックリと折れ、激しい音を立てて倒れる瞬間だった。


 しかも、ただ倒れるだけでなく、巨木が倒れる先。


 ――その先には背を向けて歩くリーネの姿があった。


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