§097 集団戦・開始

 俺達は運営の係官の転移魔法により、集団戦の会場となる舞台へと移動させられた。


 俺達が転移させられた場所。

 どこか見覚えがある場所だと思ったら、そこは懐かしの――『月影の森』――だった。


 俺はすぐに周囲に目をやると、入学試験の時のランダム転移とは異なり、セドリックとメイビスも同じ場所に転移されていた。

 そして、俺達の背後には身長の何倍もあるオブジェ。


 砂時計の形を模したそれには上半分に砂が貯まっているが、まだその砂は落ち始めていない。

 おそらく集団戦の開始と同時に落ち始める仕組みになっているのだろう。

 つまり、この集団戦には制限時間というものが設けられているということだ。


 そして、この砂時計こそが俺達、王立学園チームが守るべき『宝』であることがわかる。


 ――しかし、俺達はこれを敢えてと決めていた。


 メイビスが考えた作戦は、実に突飛な発想のものだった。


 メイビスの作戦――それは守備を全て捨てた上で、マーカーの獲得に注力するというもの。


 メイビスが一番に着目したのが、俺の使える魔法陣の一つである――多重展開の領域ドミネーティング・フィールド


 作戦の概要はこうだ。


 まず、俺が会場全体を包み込めるほどの多重展開の領域ドミネーティング・フィールドを展開し、全てのマーカーの場所を把握。

 その情報をメイビスに伝え、メイビスが使えるという地図魔法によって転記。

 俺は自身の多重展開の領域ドミネーティング・フィールドで、メイビスとセドリックは地図情報を頼りに各マーカーに散開して各個撃破。

 そうして、相手チームが俺達の宝を破壊するまでの間、マーカーのポイントを荒稼ぎするというものだ。


 ルール上は、マーカーを破壊して得られるポイント数は完全にランダム。一〇ポイントか、二〇ポイントか、はたまた一〇〇ポイントかは運次第。

 ただ、メイビスの試算によれば、この作戦を忠実に実行すれば、相手チームに勝者チームとしての五十ポイントを譲ったとしても、王立学園チームは大きくポイントを引き離すことができるとのことだ。


 こうやってメイビスの作戦を聞いてみると、これ以上の作戦はないように思えてくる。


 俺が多重展開の領域ドミネーティング・フィールドさえ失敗しなければ、ほぼ十中八九、王立学園チームを勝利に導くことができるのだから。


 懸念としては、無詠唱魔法を有するリーネだ。


 俺は以前のクラーケンの戦闘を通して、彼女の魔法を多少なりとも把握している。


 リーネはダンジョン攻略の際に、「索敵魔法が使える」という話をしていたが、確か「人の気配を感知するもの」と言っていた記憶があるので、おそらくリーネの索敵魔法ではマーカーの場所を把握することは困難だろう。


 メイビスもその前提でこの作戦を立てている。


 そもそもリーネは火属性魔導士の典型例ともいえる超攻撃型の魔導士だ。

 個人戦ともなると、攻撃に特化した彼女の力は存分に発揮されてしまうだろうが、この戦略が重要なウエイトを占める集団戦であれば、神童であるメイビス有する王立学園チームの方が圧倒的有利だ。


「それでは、待ちに待った王立学園vs皇立学園の『集団戦』! 両チーム準備はいいですか?」


 突如、俺達のいる空間に実況・解説を務めるカレン先輩の声が響き渡った。

 映像・音声を伝達する映像結晶クリスタがそこら中を飛び回っているところを見ると、俺達の映像は観客席がある闘技場に送られ、逆にカレン先輩の声は闘技場からこちらに届けられているということだろう。


「ふむふむ! 見たところ、両チームとも無事に配置についているようですゾ! それではそろそろ『集団戦』を押っ始めようゾ!」


 そう言って、カレン先輩はすぅ~っと大きく息を溜めると、絶叫とも言える開催宣言をした。


「――王皇選抜戦『集団戦』、試合開始だゾっ!」


 カレン先輩の開催宣言を受けて、俺はすぐさま動き出す。


「ジルベール君、落ち着いてくださいね。『集団戦』はジルベール君の索敵魔法陣に懸かってますので」


「わかってる」


 俺はメイビスにそう答えると、『魔法陣』を発動させるための集中に入る。


 月影の森はとても広大な敷地であり、その広さは約一〇〇〇ヘクタール。

 この範囲を全て把握できる魔法陣を描くのはさすがに不可能だ。


 ただ、メイビスはフィールドが広大すぎた場合のことも計算に入れていた。

 その場合は俺が三分を目処に魔法陣を描ける範囲――半径二キロメートル――の魔法陣を描くことになっていた。


 この時間、俺は完全に無防備になるため、念のため、メイビスには傍らに控えていてもらう。

 セドリックは一応メイビスの言うことは聞いてくれているようで、俺が魔法陣を描く間、近くの木陰に腰を下ろした。


 そんな中、俺はいつもどおり完成した魔法陣を想像して指を滑らせる。


 一分経過。

 魔法陣が順調に浸透していっている手応えを感じる。

 この調子でいけば、予定どおり、三分で半径二キロメートルの魔法陣を描ける自信があった。


 二分経過。

 過去最高の時間をかけて魔法陣を描いているため、魔力の減少は著しいが、この程度であれば想定の範囲内。

 このままのペースでいけば皇立学園チームを出し抜ける。


 そう考えた時に、「皇立学園」という単語と「出し抜ける」という単語が引き金となって、リーネの言葉がふと頭を過ってしまった。


 ――貴方はわたくしの情報を引き出すのが目的だったのでしょう? 全てはこの王皇選抜戦で皇立学園を出し抜くために――


 俺はハッとして思わず手を止めてしまった。


 この作戦はリーネが索敵魔法を使えないことを所与の範囲としたものだ。


 ……これはリーネの言う「」と同じことなんじゃないのか。


 そんな風に考えてしまってからは、崩れるまではあっという間だった。


 心臓が嫌な音を立てながら鳴り響き、大量の脂汗が額からにじみ出てきた。

 先ほどまで順調に動いていた指も動きも格段に鈍くなる。


 そんな俺の異変にいち早く気付いたのはメイビスだった。


「ちょっとジルベール君、どうしたのですか? 手が止まって……というか、すごい汗です」


「ごめん。ちょっと待ってくれ……」


 俺はこの状況をどうにか立て直そうと試みる。

 しかし、ここまで集中力を欠いた状態で『魔法陣』を描いたのは初めてだったので、どうにも魔力操作がうまくいかない。


 そんな俺を見たメイビスは止めに入ろうと逡巡しているようだったが、俺がどうにかしようと足掻いている姿を見て、言葉を飲み込んでいる様子だった。


 それからどれくらい経ったのかはわからない。

 おそらく予定の三分は優に超えてしまっていただろう。


 しかし、俺は自分の責任を果たすべく、力を振り絞って言う。


「あと一〇秒」


 五……四……三……二……一。


「――多重展開の領域ドミネーティング・フィールド――発動!」


 そう叫んだ瞬間、俺の脳におびただしい量の情報が流れ込んでくる。


 川や岩や洞穴の位置はもちろんのこと、設置されたマーカーの位置、皇立学園チームの宝の位置、そして……皇立学園メンバーが現在いる場所――。


 ――とそこまで確認できたからこそ、俺達がいる場所からほんの十数メートル離れた場所に三人の人影があることがわかってしまった。


「――魔王セイタン――」


 同時に迸るほどの憤怒が込められた言葉が紡がれる。


 ――直後、眼前に広がっていたはずの森林が炎の渦に包まれたのだ。


 一瞬にして、平和な森林のフィールドが終焉の業火へと変わる。


 この唐突に訪れた状況を正確に理解できたのは、おそらく多重展開の領域ドミネーティング・フィールドを展開していた俺一人だろう。


 激しい爆風と、煉獄の如く荒れ狂う炎を前にして、俺を含めた王立学園チームの全員が地に膝をつく。


 俺はどうにか降りかかる火の粉を払いのけ、炎の中心からこちらにゆっくりと歩みを進める人物に目を向ける。


 そこに立つのは――周囲を燃やす炎と同色の迸る赤い瞳を持った少女。


 彼女の背後には、炎を象った体長が五メートル以上にも及ぶ怪物の姿。

 それはさながら魔王の如し。


 そんな圧倒的な力を持った彼女は、瞳の色とは対照的な凍てつくような冷たい視線で俺達を見下ろした。


「仕方ないですよね、ジル。だって、わたくしと貴方は敵同士なのですから」


 ――刹那、猛烈な熱波が渦巻き、過去最悪の炎魔法が俺達を一瞬にして飲み込んだのだった。


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