§095 皇立学園・首席

「――皇立アウグスタニア魔導学園・首席エリミリーネ・シェルガ・フォン・アウグスタニア選手」


「「「「うぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」


 カレン先輩の宣言とともに、会場は今日一番の歓声に包まれた。

 それは男女の垣根を越え、誰もが拍手喝采を送るような大合唱だった。


 そんな雪崩のような歓声の中、俺は一人、


「リ、リーネ?!」


 と相手の首席選手の名を口にしていた。


 歓声の中心にいるのは、煌めく金色の髪と灼熱のような雛罌粟ひなげし色の双眸を持つ美少女。


 その場に佇むだけで空気が清らかになり、歩を進めるだけで金箔が舞う。

 そんな印象を与えるほどに類まれなる美貌を有し、見る者全てに畏敬の念を抱かせるほどに気高く荘厳な存在。


「――彼女こそがアウグスタニア皇国の第二皇女エリミリーネ選手ですゾ!」


 突如与えられた情報量の多さに、俺の脳は正常に動作しなかった。


 え、リーネが第二皇女で、皇立学園の首席?


 俺はどうにか情報を整理しようと、まるでランウェイを歩くかのように優雅に、そして荘厳に特設ステージへと歩みを進める少女に目を向ける。


 腰丈までの金髪に、特徴的な雛罌粟色の瞳。

 皇立学園の制服に身を包んでいるのは初めてみるが、あの少女は、歌劇オペラで出会い、一緒にダンジョンを散策した俺の知るリーネで間違いなかった。


 今思えば、彼女は自分の出自を語るのを避けていたような気がする。

 それは自身がアウグスタニアの皇族であることを知られたくなかったから。

 そう考えると、今更ながら、俺は彼女の本名すら知らなかったことに気付く。


 リーネは本当に……アウグスタニアの皇族……。

 じゃあ……彼女は……俺が王立学園の首席であることを……知っていたのか?


「エリミリーネ選手は由緒ある皇立学園の入学試験を歴代最高点数で合格し、一年生ながら皇立学園の序列トップに君臨する才媛ですゾ! またこれは正式に許可をもらった上で発言させていただいているところですが、エリミリーネ選手の固有魔法は驚きの【】! つまり、詠唱無しで魔法が発動できるということらしいですゾ!」


 そんなカレン先輩の発言に会場にどよめきが起こる。


「無詠唱魔法だって? そんな固有魔法聞いたことあるか?」

「いや、おそらく前例がない魔法なんじゃないかな。少なくとも王皇選抜戦マニアの俺が知らないんだから、過去の王皇選抜戦で使われたことはないな」

「詠唱無しで魔法発動できるとかチートすぎるだろ。そんなの絶対皇立学園の勝ちじゃん」

「えー、私、王立学園に全財産賭けちゃったよ。。橋の下での生活には戻りたくない―」


 会場はリーネの固有魔法の話題で持ち切りのようだが、俺はそんなことに意識を割いている余裕はなかった。


 俺は壇上へと登り終えたリーネに声をかける。


「リーネ」


 すると、伏せられていた視線がスッと上を向き、雛罌粟色の瞳が真っすぐに俺のことを射貫く。


 俺はリーネのことだから、「お久しぶりですね!」などと言って、上品に笑い返してくれる姿を想像していた。

 しかし、その予想は大きく外れていたことを知る。


 リーネの眼光は非常に鋭く、どういうわけかわからないが、その瞳には静かなる怒りが込められているように感じた。


「お久しぶりですね。ジル」


 笑みは無く、普段よりも数段低く、冷たい声で応じるリーネ。

 彼女から一切の動揺は見られない。

 この点から察するに、彼女はどうやら俺が王立学園の首席であることを知っていたようだ。


「お、お二人にはもしやご面識が? これは更なる恋の火種の予感ですゾ!」


 さっきのレリアのいじりから目ざとい女子筆頭に格上げされていたカレン先輩が、すかさず俺達の関係を嗅ぎつけて、首を突っ込んでくる。

 しかし、今の俺にはそんなカレン先輩の相手をしている余裕はなく、カレン先輩の言葉は無視して、リーネと向かい合う。


「まさかリーネが皇立学園の首席で、アウグスタニア皇国の第二皇女だったなんて……」


 俺は何か話しの糸口になればと、先ほど感じた素直な感想を述べる。

 しかし、それを聞いたリーネは嘲笑ともとれる笑いを浮かべると、あろうことか軽く鼻で笑ったのだ。


「白々しいですね。わたくしの立場を知っていたくせに」


「え?」


「偶然にしてはできすぎていると思っていたんです。でも、まさか偽物の冒険者ギルドの登録証まで作っているとは思いませんでしたよ」


 偽物の冒険者ギルドの登録証?


 一瞬何を言っているのかわからなかったが、今更になってシルフォリア様から配布されていた登録証をリーネに見せたことを思い出した。


 まさかあれが引き金で俺がリーネを騙していたと思っているのか?


「もっと早くに気付くべきでした。それにもかかわらず運命の出会いだと不覚にも胸をときめかせて……唇まで奪われて……時を戻せるのであれば、あの時のわたくしを殴って差し上げたいですわ」


「唇? 何の話ですか? 詳しく教えていただきたいですゾ!」


「ちょっとカレン先輩は黙ってて! リーネ、聞いてくれ。あれには理由が……」


「この後に及んでまだ言い訳を並べるつもりですか? 貴方はわたくしの情報を引き出すのが目的だったのでしょう? 全てはこの王皇選抜戦で皇立学園を出し抜くために。それとも、もっと大きくアウグスタニア皇国そのものを出し抜くためだったとか?」


「そ、そんな俺は……」


 どうやらリーネは俺がスパイとして彼女に接触したと思っているみたいだ。


 確かに俺も疑り深い性格ではあるし、リーネの気持ちはわからなくもない。

 俺達の出会いは偶然に偶然が重なったものであったし、リーネが皇位継承戦争中の皇族という立場なら尚更警戒して当たり前だ。


 ――それでも俺はその事実を否定したかった。


 ただの知り合い程度の関係なら、俺もここまで熱くなったりはしなかったかもしれない。

 でも、リーネは……なんというか……初めて『賢者物語』という趣味を共有できて、【速記術】を得て初めて出会えた『好敵手』と呼べる存在なのだ。


 それなのにこんな誤解が原因で……関係が壊れてしまうなんて……。


 しかし、俺がリーネに更に話かけようとしたところで、俺に殊更ぞんざいに扱われて若干ご機嫌斜めのカレン先輩は、この場を収束させる判断をしたみたいだ。


「はーい! 各校選手は気合十分のようですゾ! それでは、首席選手による健闘を讃える握手をもって開会式を閉幕とさせていただきますゾ! 首席選手は前へ!」


 カレン先輩に促されるまま、俺とリーネは一歩ずつ前に出て、お互いに右手を差し出す。

 そんな中でも俺は必死にリーネに話しかける。


「(リーネ、聞いてくれ。俺は)」


 しかし、リーネはいかにも迷惑そう深い嘆息を漏らす。


「(しつこいですよ、ジル。わたくしはもう貴方の言葉に耳を貸すつもりはありません。わたくしはこの王皇選抜戦で絶対に勝たなければならない理由があるので)」


 途中まで声量を俺に合わせてくれたリーネだったが、ここまで言うと、通常の声量に戻して、会場に宣言するように言った。


「――わたくしは貴方には絶対負けませんから」


「「「「うぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」


 そんな皇立学園の首席による勝利宣言とも取れる発言。

 これに会場が盛り上がらないわけがなかった。


 爆発的な歓声に包まれる闘技場内。

 続いて俺に投げ込まれる野次。


「おらー、皇女殿下が勝利宣言してるのに、男の方は何も無しかー!」

「ヘタレ―! 引っ込め―!」

「本当にア〇コ付いてるのかー! ミミズ野郎!」


 しかし、俺は結局リーネに対して何の言葉も返すことができなかった。

 こうして、両校の首席による決定的な意識な違いを残して、開会式は終了したのであった。


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