§094 選手入場

「――これから第三席から順に壇上に上がってもらいましょうゾ!」


 そう言って両サイドのバックヤードに軽く目配せをするカレン先輩。

 それを受けた係官が俺達を促す。


「まずは――王立セレスティア魔導学園・第三席メイビス・リーエル選手!」


 その声に、メイビスがバックヤードから特設ステージへと進み出る。


「「「「うぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」


 同時にカレン先輩応援団に負けないほどの男共の歓声が会場を包み込んだ。


 その弾けんばかりの歓声を聞いて、やはりメイビスは人気があるんだなというのを実感する。


 実のところ、メイビスが男と話しているところはほとんど見たことがなかった。

 ただ、それはメイビスが醸し出す尊すぎる雰囲気ゆえ。

 この淑やかな性格と、この美しすぎる容姿で、人気が出ないわけがないのだ。


 メイビスは最初の登壇者となると言うのに、堂々と、そして優雅に歩を進める。

 その姿はまるでウェディングロードの上を歩む花嫁のよう。


 そんな尊すぎるメイビスがついに特別ステージのカレン先輩の下に並び立つ。


「メイビス選手が可愛すぎて、つい見蕩れてしまいましたゾ! そんなメイビス選手は容姿もさることながら、天才的な頭脳と圧倒的な知識量を誇る才媛! そうして付いた二つ名は『神童』! まさに王立学園のブレインとも呼べる存在とのことですゾ! そんな儚くも聡明な彼女がどんな魔法戦を繰り広げてくれるのか、今から楽しみで仕方ありませんゾ!」


「「「「うぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」


 そんな紹介を受けて、笑顔で観客席に手を振るメイビス。

 それは王皇選抜戦の終了後の告白ラッシュを予感させるものであった。


 さて、余談は置いておくとして、代表選手の紹介は皇立学園の順番へと入る。


「対するは――皇立アウグスタニア魔導学園・第三席ロイ・アルヴレート・フォン・アウグスタニア選手!」


「「「「きゃゃゃゃゃゃ――――っっっ!」」」」


 今度はメイビスやカレン先輩とは対照的に、女の子の歓声が木霊した。


 姿を現したのは皇立学園の特待生を象徴する黒と赤を基調にした臙脂色の制服を身に纏った見るからに美形の男。


 髪は肩ほどの長さのある金髪で、それを後ろで一つにまとめている。

 瞳の色はサファイアのような紫。

 そんな瞳の色と、目元の涙ぼくろと相まって、憂いを帯びた色気のようなものが漂っている。


 女性が思わず溜息を漏らすのも理解できるほどの典型的な美男子だった。


 しかも、名前に「アウグスタニア」の冠が付くということは……。


「なんとロイ選手はアウグスタニア皇国の第三皇子。皇位継承権・序列第二位のお方にあらせられますゾ!」


 やはりというか第三席もアウグスタニア皇国の皇族だった。


 そんな女性層から圧倒的な支持を得ているロイは、まるでアイドルがステージに上がる時のように、観客席の各方面に向かって満面の笑みを振りまき、歓声に応えている。


「どうやら第三席戦は美男美女対決になりそうですゾ! これは個人戦・第三席戦のチケットは即日完売の予感! 二人のファンの人は今すぐチケットを買いに走った方がよさそうだゾ!」


 そう言って会場の笑いを誘うカレン先輩。

 第三席同士であるメイビスとロイが握手を交わし、選手紹介は次席へと移る。


「それでは、次席の紹介に移らせていただくゾ! ――王立セレスティア魔導学園・次席セドリック・レヴィストロース選手!」


 続いて、【焔の魔法剣】を背に帯刀したセドリックが俺を押しのけるようにしてバックヤードから進み出る。


「彼は火属性魔法の名家であるレヴィストロース辺境伯家の出身で、かなり稀有な固有魔法である【焔の魔法剣】に選ばれし者! 王立学園内でもその戦闘力は右に出る者はいないと言われていますゾ! 一体あの背中の魔法剣はどれくらいの温度なのでしょうか! ちょっと触ってみたいところですゾ!」


「ぶーぶー」


 カレン先輩の愛嬌でどうにか笑いに変えることができているが、セドリックの不愛想は相変わらずで、心なしか会場からブーイングが聞こえるような気がするが、まあ気のせいだろう。


「対するは――皇立アウグスタニア魔導学園・次席イーディス・メアリー選手!」


 俺はその名前を聞いてほんの少しだけホッとした。

 首席も皇族、第三席も皇族となると、流れ的に次席すら皇族の可能性があると思っていたからだ。


 王皇選抜戦は学生の行事。

 そのため、相手が皇族であろうが、皇族でなかろうが関係ないと言ってしまえばそれまでが、心理的障壁が高くなることは正直否めない。


 確かに皇族はその家柄的に魔力量が多い子が生まれる傾向にあるらしいし、強力な固有魔法を伝承することもしばしばとのことなので、上位陣に名を連ねることもわからなくはないが……どうやらその最悪な事態を避けられたようだ。


 そんなことを考えつつ、皇立学園のバックヤードから姿を現した女子生徒に視線を向けると、

 不思議な既視感に襲われた。


「……あれ? あの子どこかで?」


 メイビスとセドリックがいなくなり、俺と係官だけになったバックヤードで、俺は思わず声を漏らしていた。


 栗色の髪を後ろでアップにした切れ長の瞳の少女。

 表情は乏しく、少し厳しめに見える顔立ち。


 男子と同様の黒と赤を基調にした制服には見覚えはないのだが、その顔立ちに確かな見覚えがあった。


 ただ、どこで会ったのか思い出せない。

 そもそも俺は皇立学園に知り合いはいないわけだし、俺の記憶違いだろうか……。


「彼女は皇族に仕えし侍女の家系出身とのことですゾ! 手元の資料によりますと、補助魔法を得意とする魔導士! どうやら個人戦・次席戦はクールイケメンvsクールビューティー洒落っ気対決になりそうですゾ! そのクールな表情を先に崩すのはどちらか! 勝負が楽しみですゾ!」


 皇族に仕えし侍女。

 この言葉を受けて答えが喉元まで出かかっているような気がしたが、結局、栗色の髪の彼女が誰だったのか思い出せないまま、首席の名前が呼ばれる時間となる。


「さてさてさてさて、ついにこの時間がやって参りましたゾ! 皆さんお待ちかねの各校の首席の登場の時間ですゾ!」


 鼓膜が破れそうなほどに気合いの入ったアナウンスを行うカレン先輩。

 これには俺の身体にも自然と力が入る。


「まずは――王立セレスティア魔導学園・首席ジルベール・ヴァルター選手!」


「「「「うぉぉぉぉぉ――――っっっ!」」」」


 想像を上回る歓声に俺自身が驚いていた。

 下馬評では俺は期待されていないものだと思っていた。

 俺の登場シーンはきっと冷めたものになるのだろうと思っていた。


 ただ、現実は違った。


 この歓声の中にはもちろん誹謗中傷に近いものも混ざっているかもしれないが、どうやら俺は王立学園の首席という立場をまだまだちゃんとは理解できていなかったみたいだ。


 王立学園の首席。

 それはシルフォリア様の言う通り、歴史に名を刻む英雄が求められているのだ。


 俺は一万人に及ぶ観客の視線を一身に受けながら、特別ステージの壇上へと上る。


 やはりこういう場は自分には合わない。

 そう自覚しつつも、会場の熱気にうかされて、感情が高まっていくのがわかる。


「――シルフォリア様も太鼓判を押す王立学園の首席・ジルベール選手の得意魔法はなんとなんと驚きの古代魔法『魔法陣』! 手元の資料によりますと、王皇選抜戦で『魔法陣』が使用されたことは過去に一度もないとのことですゾ! まさに前代未聞! ゆえに今年の王皇選抜戦はどんな結果になるのか全く予想がつかないですゾ!」


「あれが例の魔法陣の首席か。実力はどうなんだろうなー」

「シルフォリア様の一押しとのことだけど、本当に魔法陣なんかで戦えるのか?」

「意味わかんねーエセ首席は引っ込めー! どうせ裏口入学だろ!」

「皇立学園に全額賭けたんだからお前勝ったらマジで殺すぞー!」


 『魔法陣』の紹介と同時に降り注ぐ誹謗と中傷の嵐。

 けれど、『魔法陣』のネタ晴らしも、それに対する誹謗中傷も全ては想定内。

 というか、学園に入学してから毎日がそんな感じだったので、さすがにもう慣れた。


 それに……。


「ジルベール! 期待してるぞー!」

「ジルベール様ぁ! 頑張ってくださいですぅ!」


 俺を応援してくれる人もいる。

 そんな声に応えられればそれでいい。


「ジルベール様――!! 頑張れ――!」


 観客席の最前列で、一際大きな声で応援してくれる女の子がいた。


 俺はその声の方向に目を向ける。


 するとそこには白色の制服に身を包んだ金髪の少女――レリアの姿があった。


 俺はそんな彼女の声援に応えるように、高らかに拳を掲げる。


「――おっとこれはジルベール選手! 早速の勝利宣言でしょうか! しかも、ジルベール選手は今、一瞬観客席の方に視線を向けたような気がしましたゾ! この勝利宣言は果たして誰に向けられたものなのでしょうか! 両親か、師匠か、はたまた恋人か! どうやらこれはジルベール選手の恋の行方にも注目していく必要がありそうですゾ!」


 無駄に目ざとすぎるカレン先輩にレリアに視線を送っていたことを看破されていた俺。

 しかも、よくわからないことに俺の恋の行方にも注目していくとか宣言されてしまった。


 俺は恥ずかしさのあまりすぐに拳を下ろすと、今度はカレン先輩にバレないようにレリアが座っていた席の方に小さく視線を向ける。


 するとレリアも顔を真っ赤にして、身を縮こまらせてしまっていた。


 レリアの声援に自分なりに応えてみたつもりだったが、どうやら逆に迷惑をかけてしまったみたいだ。


 俺は反省して居住まいを正すと、皇立学園の首席を待つことにする。

 カレン先輩はそんな俺を見て、もう恋愛ネタをいじれないのかと一瞬残念な表情を浮かべたように見えたがそこは実況のプロ。


 続いて、皇立学園の首席の紹介に入る。


「対する――皇立アウグスタニア魔導学園・首席」


 カレン先輩がこう口にした瞬間――会場の空気が変わった気がした。


 まるで今までの代表選手の紹介が前座であったかのように。

 俺の恋愛ネタなど数分後には誰も覚えていないだろうほどに。


 皇立学園のバックヤードから現れた姿に、会場の誰もが息を飲んだのだ。


 それは壇上でを待つ俺も例外ではなく。


「――皇立アウグスタニア魔導学園・首席エリミリーネ・シェルガ・フォン・アウグスタニア選手」


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