§092 開会挨拶

 俺達、代表選手は闘技場のバックヤードに案内されていた。


 王立学園の代表選手が控えるのは闘技場の東側。

 対する皇立学園は西側で、位置関係はちょうど闘技場の対面に当たる。

 球技で言うところの、ベンチサイドのイメージだ。


 俺達は入口から闘技場内の様子を覗いてみる。


 すると、まず目に飛び込んできたのは、言葉を失うほどに人で埋め尽くされた観客席だ。


 一応会場の下見はしていたのだが、実際に人が入っているその姿はまるで別物。


 騒めき立つ観客に、熱気を乗せた歓声。


 そのどれもが俺の想像を遥かに超えていた。


「すごい人ですね。まるで王国の民衆が全員集まったかのようです」


 俺と同様にちょこんと顔を出して外の様子を観察していたメイビスと目が合う。


「しかも、魔導具を通じて、私達の戦いが全国配信されるらしいです。そうなると、実際の王皇選抜戦の視聴者はこの会場の百倍では済まないかもしれないですね」


 俺はその言葉にゴクリと唾を飲む。


 確かに会場の周囲には、水晶の形をした魔導具がおびただしい数、浮遊していた。

 あの魔導具は――映像結晶クリスタ

 映像・音声の送受信が可能な次世代魔導具だ。


 よくよく見ると、特等席なのかわからないが会場の上空を浮遊するように設けられている席があり、そこにもモニターのような映像結晶クリスタが置かれている。

 魔導具という時点でとても高価なもののはずなのに、それを大量に設置しているこの学園の予算はどうなっているのだろうと思ってしまう。


「「「「うぁぁぁぁぁ――――!」」」」


 そうこうしていると、突如、会場が歓声の渦に包まれた。


 俺は何事かと思って闘技場へと視線を戻し、すぐさま状況を理解した。


 闘技場内に設けられた特設ステージ。


 ――そこに二人の女性が姿を現したのだ。


 その二人の立ち姿に、俺も観客と同様に息を飲んだ。


 一方は見慣れた女性。

 真紅のドレスを身に纏い、透き通るような銀髪と宝石のような紺碧の瞳を持った齢十八の少女。

 見る者全てを圧倒し、まるで世界を塗り替えるような錯覚を抱かせるほどに特別な存在。


 ――王立セレスティア魔導学園・学園長・六天魔導士シルフォリア・ローゼンクロイツ。


 対するもう一方の女性。

 俺は面識はないが、周知の事実として、そのお姿は当然知っていた。

 シルフォリア様の華美なドレスとは対称的な漆黒のドレスを身に纏い、墨を落としたような黒髪と夜空のように淡い青色の瞳を持つ女性。


 ――皇立アウグスタニア魔導学園・学園長・六天魔導士ロードス・カロライン。


 ロードス様は『結界の魔女』の異名を持つアウグスタニア皇国で最も高名な六天魔導士だ。

 文字の如く結界魔法の第一人者であり、この王皇選抜戦の防御結界も全てロードス様が手がけられたものであるとのこと。


 そんな両校を代表する二人が肩を並べて立っているのだから、歓声が鳴りやむ暇などない。


 そんな歓声を制するように、まずシルフォリア様が右手を蒼天に向かって掲げた。


「――よく聞け、皆の衆。今回の王皇選抜戦は後世に名を刻む歴史的な大会になるだろう。そんな歴史を作り上げるのは、各校から選ばれた代表選手達だ。彼ら、彼女らはそれぞれの想いを胸に、王皇選抜戦に臨むことになる。そんな選手達に送る私が言葉は一つ」


 ――英雄たれ、さらば道は開かれん――


 シルフォリア様はそう言うと、蒼天に掲げていた右手を下げ、拡声用の映像結晶クリスタを握り直すと、静かに瞑目して言った。


「私は未来の六天魔導士英雄達の第一歩が、今日この場であることを切に願おう――」


 同時に爆発的な歓声と喝采がシルフォリア様を包む。

 俺も気付いたら溢れんばかりの拍手を送ってしまっていた。

 いつもふざけた演説をする印象だったシルフォリア様だが、今日の演説はそんな印象は一八十度異なり、人々の心を打つような真なる願いが籠もっているように感じた。


 ――英雄たれ、さらば道は開かれん――


 意味は、英雄であることを願えば道は必ず開かれるだろう、というもの。


「……英雄か」


 俺はこの言葉を心に刻む。

 いつか夢見る六天魔導士になるために。


 続いてロードス様の演説が始まった。


「うぅ~ん、あんなかっこいい演説をされてしまったら、私の言うことが霞んでしまうじゃないですか。順番変えてもらえばよかった」


 苦笑いを浮かべるロードス様が、拡声用の映像結晶クリスタに声を向ける。


「それでは、私は私らしく、申し上げることはこの一点のみ。――皆さん、仲良く、元気に、王皇選抜戦を楽しみましょうね。約束です」


 そう言って両手を胸の前でガッツポーズを決めてみせるロードス様。

 そんな可愛くもお茶目な姿に、会場からは笑い声が巻き起こる。


 そんなどこまでも対称的な両学園長の開会の挨拶が終わりを迎え、両学園長と入れ替わるように、一人の少女が特設ステージへと上がった。


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