§089 幕間(事件②)

 シルフォリアがセバスと話していたちょうど同時刻。


 黒ずくめの服に身を包んだが一人、寮の部屋を抜け出して、学園内の森へと向かっていた。


 少女は尾行がないことを確認すると、コートの中から水晶のような魔導具を取り出した。

 外部と通信するための魔導具だ。


「ご連絡が遅くなり申し訳ございません。――厄災司教『月禍』様」


「おお、待ちわびていたぞ」


「なぜこれほどまでに時間がかかった」


「学生寮が相部屋になっておりまして、同室の者をのに少々時間を要しました」


「相部屋とは……学生とは不思議な風習があるものじゃのう。しての首尾はどうか?」


 水晶の中から妖艶な色味を帯びた声が響く。


「月禍様のご助言のとおり、学生寮から通じる地下通路の奥に隠し部屋を発見しました。本日まで学生寮が封鎖されていたため、隠し通路を見つけるまでに時間を要しましたが、目視により――漆黒の思念ダーク・ファミリア――の存在を確認することができました。ただ、非常に強固な防御障壁が貼られていたため持ち出すには至りませんでした」


「場所さえ特定できればそれでよい。封印の解除自体はに行う予定ゆえ。それよりも創造の六天魔導士の動向には注意せよ。学生寮の件もそうだが、あやつは相当に鼻が利く。今、下手に動いて、王皇選抜戦を中止にされる方が差し支える。『漆黒の思念ダーク・ファミリア』は我が新・創世教が完全に復活するために必要不可欠なものゆえ今回の作戦は必ず成功させる必要がある」


「承知しました。、引き続き隠密行動を心掛けます」


「ふふ。新・創世教の悲願とはよく言ったものだ。おぬしはおぬしの悲願の間違いであろう?」


 ふんと鼻を鳴らす声に対して、少女はしばしの沈黙の後にこう返す。


「……いずれにせよ、私は月禍様のご指示に従うまでです。私と貴方はそういう契約を結んでいるのですから」


「何がそこまでおぬしを突き動かすのかのう。おぬしほどの力があれば、大抵のものは手に入るだろうに」


「ええ。手に入れるだけなら簡単です。ただ……失ったものを取り戻すのは得てして時間がかかるものでして」


 そんな少女の語気の強められた言葉に、水晶越しの女性が嘆息する。


「酔狂なことじゃ。心配せんでもアウグスタニア皇国洗脳計画は首尾よく進んでおる。あとはおぬしが殿計画も大詰めじゃ。して話は変わるが、おぬしの学園の生徒でという学生に心当たりはないか? おぬしと同学年で入学しているはずなのだが」


 その言葉に少女の声が一瞬詰まる。


「……レリア・シルメリアでしょうか」


「ああ、そういえばそんな名じゃったな。面識があるのなら話が早い。先日、新たにそやつを持ち帰るよう大司教様から直々にご指示があった。例の日に『漆黒の思念ダーク・ファミリア』と合わせて回収することになるゆえ準備しておくように」


「……その子は捕らえられた後はどうなるのでしょうか?」


「ん? そんなこと妾は知らぬ。まあ、妾は持ち帰れとしか言われていないゆえ、最悪、殺しても構わぬぞ。肉体さえあれば大司教様も満足されるだろう」


「こ、殺す……?」


「何か問題でも?」


 水晶を通して聞こえる声が一段低くなった気がした。


「……いえ。殺すことも視野に入れて、準備を進めておきます」


「うむ。それではあまり長く通信していると創造の六天魔導士に勘付かれるゆえ。次の通信は例の日の丑三つ時にて。――全ては世界奉還のために」


「……全ては世界奉還のために」


 そうして通信は途絶えた。

 少女は会話に相当気を遣っていたせいか、背中には大量の汗をかき、心なしか呼吸も乱れていた。


 そうして少女は小さく独り言ちる。


「レリアちゃんを殺すか……」


 少女は被っていたフードを取ると、宝石のような赤と青の瞳で空に浮かぶ満月には程遠い半月を眺める。


「(……こんなことなら出会わなければよかった)」


 少女が口にした言葉は先ほどの独り言よりも更に小さく、そして、微かに震えていたのだった。


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