§088 幕間(事件①)
「片付けなければならない仕事が山積みだな」
私、シルフォリア・ローゼンクロイツは、学園長室の自席に戻ると、机に山積みにされた書類の山を茫然と眺めて愕然とする。
生徒から提出されたレポート、学園の予算要求資料、呪詛事件に関する実況見分報告書。
なぜこれほどまでに処理しなければならないことが多いのか。
学園長になったら少しは悠々自適な生活を送れると思っていたのに。
私は椅子にドカリともたれかかる。
「……はぁ」
それに真に頭を悩ませなければならない問題もある。
例えば、先日の学外演習の一件だ。
学園生徒がダンジョン内の崩落に巻き込まれた挙句、ボス級魔物と遭遇。
幸い、魔法陣の彼と流麗の彼女が優秀だったために大事に至らずに済んだが、状況によっては命を落としていた可能性もある。
慮外にも魔法陣の彼とリーネ殿下に接点ができたのが、唯一のプラスではあったが。
「私は少し焦りすぎているのだろうか……」
私はそんな独り言を零す。
それにしても、あの崩落のトラップ。
あれは自然発生的なものではなく、完全に人為的なものだ。
私は彼らがダンジョン攻略を行う前に、第十層に至るまでの全ての経路に潜む危険な魔物やトラップは全て掃討しておいたのだ。
それにもかかわらず、あの宝箱は仕掛けられていた。
あれは学園生徒を無差別に狙ったものなのだろうか。あるいは……。
「シルフォリア様」
そんなことを考えていると、私の目の前に突如、黒い霧のようなものが現れた。
その黒い霧は段々と実体を成し、燕尾服のような黒い服を身に纏った初老の男性へと姿を変えた。
「おお、セバスか」
几帳面にオールバックにされた白髪に、歴戦の猛者を彷彿させる鋭い眼光。
彼の名はセバス。
私が魔法により生成した執事型の使い魔だ。
使い魔とは、魔力により生成された言わば人形のようなもの。
といっても、魔法のような現象とは異なり、彼にはちゃんと自我があり、『生』のある人間と同様、自己の判断による自立行動が可能。
まあ、ざっくり言えば、ちょっと姿を霧状に変えられる特殊能力を持った私専属の執事というところだろう。
私はそんな彼の性質を活かして、主に隠密業務を担当してもらっている。
それゆえ、王立学園内でも彼の存在を知る者はごくわずかだ。
決して彼のやった仕事の成果を私の手柄にするためではないぞ?
「それで、調査の結果はどうだった?」
私は軽く頬杖をつき、セバスに尋ねる。
「はっ。シルフォリア様の予想どおりと言いますか、例の魔導具が封印されております部屋に何者かが侵入を試みた痕跡がございました。幸い、例の魔導具は無事。シルフォリア様が新たに追加で構築された幾重にもわたる防御障壁にも損傷はありませんでした。しかしながら、犯人を捕縛できていない以上、部屋の警戒を強化すべきかと具申いたします」
「……ふむ」
これが真に頭を悩ませなければならない問題のその二。
その名も『狙われた魔導具事件』だ。
王立学園にはある特殊な魔導具が封印されている。
それを狙う輩がどうやらいるようなのだ。
この事態にいち早く気付いた私は、隠し部屋に通じる入口がある一年生の学生寮を改修工事と偽って一時封鎖するとともに、防御障壁を強化する措置を行っていた。
新一年生が入学と同時に学生寮に入寮できなかったのは、そういう理由があったのだ。
生徒達には申し訳ないことをしたと思っているが、この判断がどうやら功を奏したようだ。
本当であれば、この機に捕縛できていればよかったのだが、さすがに相手も手練れのようだ。
それか魔導具と防御障壁は無事とのことなので、今回はあくまで偵察だったのか……。
そうなると、近いうちに本命の日があるということになる。
警備が手薄になる日。
人の関心が別のものに向けられる日……か。
「ちなみに犯人の目星はついているのか?」
「王立学園の警備は非常に強固です。外部の者が入り込む余地はありません。そのため、学園内部の者の犯行になるかと。ただ、現段階では特定には至れておりません」
生徒か、教員か。
内部の者が外部の者と共謀している可能性も大いにありうる。
「新・創世教か……」
私はその名を口ずさむ。
まあ、まだ可能性の域を出ない話ではあるが、狙われている魔導具が魔導具なだけにその可能性を考えずにはいられなかった。
その言葉を受けて、セバスが神妙な面持ちで言う。
「あの魔導具は『
そう。我が学園に封印されているのは、かの『
その名も――『
魔法の性能を一部書き換えることができるという特異な能力を持つ現存する最古の魔導具、
特殊な素材で作られているため破壊は不可。
そのため、現在のユーフィリア王国で最も堅牢な我が王立学園において、封印措置が施されているのだ。
この事実はトップシークレット。
王国の中で数えても、知っている者は王族、王立学園の幹部、それと封印措置に携わった一部の魔導士だけだ。
しかし、その情報が漏れているとなると、いよいよ新・創世教が頭角を現してきたことになる。
最近寝返ったのか、はたまた、元々そちら側の人間だったのか。
悩みの種は尽きそうになさそうだ。
「恐れながら、王皇選抜戦は中止された方がよろしいのではないかと具申いたします」
「なぜ?」
「敵が動くとしたら、内外ともに警備が手薄になる王皇選抜戦の日以外ありえないかと。王皇選抜戦には我が王国だけでなく、皇国の方々も来賓でお越しになります。その方々にもしものことがあったら……」
私は軽く嘆息する。
そんなことは当然わかっている。
わかってはいるが……私にはどうしても王皇選抜戦を開催しなければならない理由があった。
「王皇選抜戦は開催する。これは決定事項だ。ただ、セバスの言うことはもっともだ。王皇選抜戦の警備を通常よりも強化することにする。セバスは引き続き犯人の特定を急いでくれ」
「はっ!」
そう言って影の如く姿を消すセバス。
「さて、私は私で出来ることをやるか。学園長として生徒を疑うようなことはしたくないのだが……寮の開放と同時に部屋への侵入を許したとなると対象はかなり絞られるな」
私はそう独り言ちると、しばしの間、目を閉じた。
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