§087 女子寮にて
一方の女子部屋はというと――
「やったー!」
私、レリア・シルメリアは歓喜の声を上げていました。
「まさかアイリスちゃん、メイビスさんと相部屋なんて奇跡です」
王立学園は全寮制を採用しており、女子は基本的に三人で一つの部屋が割り当てられます。
そして、奇跡的な確率で、私、アイリスちゃん、メイビスさんの三人部屋が完成したわけです。
「ええ。私もレリアちゃんと一緒の部屋になれて嬉しいですよ」
メイビスさんはいつもの落ち着いた口調で話します。
「はい。メイビスさん、改めてではありますが、先日は本当にすみませんでした。私が不甲斐ないばかりに皆様にご迷惑をかけてしまい、本当になんとお詫びをしていいか……」
「別にレリアちゃんが気に病む必要はありませんよ。私も反射的にジルベール君を助けなきゃと思っただけですので。それに結果的には私がジルベール君に助けてもらうことになってしまいましたからね。私こそ不甲斐ないです。でも……ジルベール君って意外に頼りになるんだなと思いましたよ?」
そう言ってメイビスさんはいたずらっぽく微笑みます。
「頼りに……。ジルベール様と何かあったのですか?」
「ふふ、気になります?」
「そ、それは……」
不覚にも顔が紅潮していくのがわかります。
「ふふ。冗談ですよ。私だってそこまで鈍感じゃないです。レリアちゃんはジルベール君のことが好きなんですよね?」
「はぁ……まぁ……なんというか……はい」
今までのやり取りからメイビスさんには嘘をついてもすぐに見透かされてしまうことは自明でした。
そのため、私は顔から火が出そうになりながらも首肯してみせます。
「ふふ。可愛いですね」
メイビスさんはそう言うと、私の頭に手を乗せました。
「実はずっとこうしたいなと思っていたんです。その健気でひたむきなところが『妹』みたいでつい愛着がわいてしまって」
「メイビスさんには妹さんがいらっしゃるのですか?」
「いいえ。私に姉妹はおりませんよ。あくまでいたらこんな感じなのかなーということです」
そう言ってメイビスさんは優しく笑います。
こういうのをなんて言うのでしょう。
メイビスさんは常に余裕があって、優雅で、大胆で、でもしっかりと気配りができて、面倒見が良くて、「大人の余裕」みたいなものが感じられるのです。
私も実はかねてよりメイビスさんのことを、「もし私にお姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかな」と思っていました。
なので、メイビスさんが私のことを「妹」と評してくれたことに、つい笑みが零れそうになります。
「あと、お詫びと言うなら、私は私でアイリスちゃんにお礼を言わなければなりませんからね。結構ひどい骨折だったと思いますが、アイリスちゃんの治癒魔法は本当にすごくて、熱もすぐに引きましたし、足も今では絶好調ですよ。これこそ魔法だなと言った感じです。ね、アイリスちゃん?」
そうして突如話を振られたアイリスちゃんは猫が驚いた時みたいに、髪の毛をピクンとさせます。
「ひゃい。いえ、第三席様。あれは応急処置が適切だったのでスムーズに治せただけです。関節はしっかり固定されていましたし、患部の冷却処理もなされていました。わたしの力なんて全然大したことありませんので」
「第三席様はさすがにやめてほしいですね。せっかく同室なんですから、名前で呼んでください」
「は、はい。それではメイビスさん……?」
「はい。アイリスちゃん」
そう言ってメイビスさんはアイリスちゃんにも優しい笑顔を見せます。
「さて、まだアイリスちゃんの好きな人が聞けていませんが、皆さん夕飯がまだですよね? 恋バナは夜の楽しみにとっておいて、軽く何か作っちゃいましょうか」
そう言って席を立つメイビスさん。
「あ、メイビスさんは休んでてください。今週はいろいろありましたし、今日は私が作りますので。むしろ私はこれくらいしかお役に立てませんから……」
「わ、わたしも手伝います!」
私達の言葉を聞いて、メイビスさんは微笑みます。
「二人ともお優しいですね。でも、実はこう見えて私は料理が趣味なのです。料理しながら頭の整理をするのが好きで……。なので、料理は私に任せてもらえませんか?」
こう見えてというか、どう見てもメイビスさんは料理が得意そうです。
というかメイビスさんにできないことなどあるのでしょうかと思ってしまいます。
本当はメイビスさんには休んでもらった方がいいのでしょうが、キッチンはかなり手狭ですし、メイビスさんからのせっかくの申し出ですので、今日はお任せすることにしましょうか。
「わかりました。明日は私が作りますので、今日はメイビスさんにお任せします」
「ありがとうございます。ちょっと待っててくださいね」
そうしてメイビスさんはキッチンへと姿を消します。
――-(待つこと五分)――
(ドッカン! ドッカン!)
(ギィー! ウィーン!)
(ギロギロ! バッタン!)
「な、なんだか不思議な音が聞こえますね。メイビスさん大丈夫でしょうか」
心配そうな表情を浮かべるアイリスちゃん。
「大丈夫ですよ。ダンジョン攻略の時もメイビスさんはすごかったんですよ。魔法の威力はジルベール様以上だったかもしれません。私なんか足下にも及びませんでしたよ」
「ほぇぇ。やっぱり特待生ってすごいんですね」
――(更に待つこと十分)――
「――『水の神獣よ、一滴から始まる水竜の息吹となりて、我が手中に集え』――」
「何やら詠唱のようなものが聞こえませんでしたか?」
「……気のせいだと思うのですが」
私とアイリスちゃんがそんな会話を交わしていると、
「お料理できましたよ。今日は栄養満点のシチューにしてみました」
メイビスさんはお鍋を部屋に運び、手際よくお皿に盛りつけます。
「さぁ、食べましょうか」
笑顔のメイビスさんを余所に、私とアイリスちゃんは心底不安の表情を浮かべます。
それもそのはず。
私達の目の前に並べられたお皿は真っ黒に濁り、何やら嗅いだことのない異臭が漂っていたのですから。
「わぁ、すごい美味しそうです。イカ墨のシチューでしょうか」
そんな中、アイリスちゃんが気を遣って言葉を発します。
「え、クリームシチューですけど?」
メイビスさんのその言葉に額から冷や汗が垂れます。
いや、でも、私も前にシチューを焦がしてしまったことがあって、その時は若干ルーが黒くなってしまったことを思い出しました。
おそらくこれはそういうことなのでしょう。
やはりメイビスさんは少しお疲れなのかもしれません。
それにもかかわらず無理を押して作ってくれたシチュー。
食べない無礼が許されるわけもありません。
「さ、食べましょう!」
メイビスさんの号令により、私達は一斉にスプーンを持ちます。
同時に、私は神に祈ります。
本日も無事にお食事を食べられることに感謝を……。
「それでは」
「「「いただきます!」」」
(ぱくっ)
「「!!!」」
(バタン)
「ちょ、レリアちゃん、アイリスちゃん。どうしたのですか?! ねぇ、ちょっと!」
私にはそれ以降の記憶がありません。
――私は目を覚ますと、いつの間にかベッドの上にいました。
私は寝ぼけた目を擦りながら周囲を見回すと、可愛い寝言を言っているアイリスちゃんと、布団を頭までかぶったメイビスさんの姿がありました。
なんだあれは夢だったのかと、私は胸をホッと撫でおろします。
どういうわけか異様に喉が渇いたので、私は水を飲みにキッチンへと向かいます。
その時に部屋の鍵が開いていることに気付きました。
「鍵を閉め忘れたのでしょうか?」
私は小首を傾げながらも鍵を閉め、そのままキッチンへ。
薄暗いキッチンは少し不気味です。
そこで、私は見てしまったのです。
――まるで戦いの後のようなキッチンの惨状を。
「…………」
私は心に誓いました。
今後一切、メイビスさんには料理をさせないことを。
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