§086 恋路
「それで?」
俺はベッドから起き上がると、真っすぐにユリウスを見つめる。
照れ隠しからか尚も御託を並べようとしていたユリウスだったが、やはり「好き」という感情に嘘はつけないのだろう。
彼が陥落するまでに、そう時間はかからなかった。
結局、先ほど取り決めたばかりの中央のラインなど無視して部屋の中央にテーブルを並べた俺達は、夜も更けつつある中、恋愛談義に花を咲かせることになった。
「だって好きになってしまったものはしょうがないじゃないか。確かに最初は魔境出身とかいうし、おどおどしているし、見下していた部分はあったよ。でも、彼女はそこ抜けに優しくて、オレがどんなにひどいことをしても笑って許してくれて……彼女の笑顔を守ってあげたい。そう思うようになったんだ」
内心を赤裸々に吐露するユリウス。
そのほかにも自身の家庭事情などを教えてくれたが、どうやらユリウスは入学試験での振る舞いについて実家から叱責を受けたそうだ。
そのため、最近は自身の行動を見つめ直すとともに、勉学にも真剣に取り組んでいるのだとか。
もちろん俺も最初はユリウスのことを高慢でいけ好かない奴だと思っていたが、最近の評価はむしろ逆で、真面目、実直、それに男らしい部分があると思っている。
そのため、当初のユリウスであれば俺はアイリスを守ろうとしたかもしれないが、今のユリウスであれば、その恋を応援したい気持ちが非常に強くなっていた。
「じゃあ、さっき話してたアイリスとの食事だけど、ユリウスも来るか?」
「オレが行ってもいいのか?」
「レリアとメイビスも誘うつもりだったし、アイリスも人数が多い方が喜ぶんじゃないかな」
「お前、最初はいけ好かないやつだと思ってたけど、案外いいやつだな」
「それはきっとお互い様だ」
そう言って二人で笑い合う。
どうやらユリウスは俺のことを認めてくれたようだし、やはり親交を深めるには恋バナというのは鉄板のようだ。
「そういえばさっきメイビスって言ったか? 確かあの第三席の女だよな? レリア嬢を誘うのはわかるがなぜその女まで誘うんだ?」
「実はダンジョン攻略の時にアイリスに治癒魔法で治してもらったのがメイビスなんだよ。ダンジョン攻略中にいろいろあって大怪我をしてしまってね」
「そうか。何となくだけど、あの女は何を考えているかわからないっていうか、少し危険な香りがする気がするんだけどな」
「俺も最初はそう思ってたけど、話してみると面倒見もいいし、何より俺達のことを何度も助けてくれてるんだ。だから、あの美貌と第三席という立場のとっつきにくさがそう思わせていたのかなと思って。博識だし、魔法の実力も申し分ないし、正直、非の打ち所がない存在だと思うよ」
「オレの思い過ごしか。それならいいが。でも、あんまり可愛い子を侍らせてると、意中の相手に逃げられるから気を付けた方がいいぞ」
「意中の相手?」
「とぼけるなよ。お前もレリア嬢のことが好きなんだろ?」
「ぶはっ!」
今度は俺がコーヒーを吹き出す番だった。
まさかこんなに短いスパンで二回もこの質問を受けるとは。
メイビスに問われた時は素直な気持ちを言ったが、さて、ユリウスに対してはどうしたものか。
確かにレリアは魅力的な女性だし、俺にとって大切な人だ。
けれど、恋愛対象として見ているかというと、それは何となく違う気がするのだ。
俺はその旨をユリウスに伝える。
すると、ユリウスは短く「はぁ?」とだけ言って、逃がさないとばかりに俺の肩をがっしりと掴んできた。
「恋愛は人それぞれ。だからオレが人様の恋愛に口を出すのはどうかと思ったが、さすがにお前の煮え切らない態度では納得できないな。オレだけ好きな人をゲロらされる修学旅行じゃあるまいし。それに、あれだけ一緒の時間を過ごしていて『何の感情もありません』じゃレリア嬢が傷付くぞ」
「……あ、い、う、え」
俺はユリウスの想像以上の剣幕にしどろもどろになる。
「オレの質問に答えろ、ジルベール。レリア嬢のことを可愛いと思うか?」
「……う、うん」
「レリア嬢のことを守ってあげたいと思うか?」
「……ま、まあ」
「レリア嬢と一緒にいて楽しいと思うか?」
「……そ、それはそうだが」
「レリア嬢のあの豊満な双丘を揉みしだきたいと思わないのか」
「あ――-―っ!」
ユリウスの執拗な追及に、ついに俺は発狂した。
「わかってる! 俺もわかってるんだ! でも、今まで恋愛なんてものとは無縁に生きてきたから『好き』という感情がよくわからないんだ!」
そんな俺の真なる心の叫びを聞いたユリウスは、不憫そうに肩をすくめる。
「……なるほど。これはオレ様よりもお前の方が重症かもしれないな。これはあくまでオレの予想だけど、お前は恋愛から逃げている。薄々自分がレリア嬢のことを『好き』なことには気付いているが、それに真正面から向き合わず『大切な人』という都合のいい言葉で自分の気持ちを誤魔化してる感じかな」
まるで心を見透かしたような正論に俺はぐうの音も出ない。
ユリウスは自分の恋愛には盲目のようだが、人の恋愛は客観的に見ることができるようだ。
俺はまだ自分の気持ちを『好き』と言葉にする覚悟はできていなかった。
でも、自分の気持ちをここまで正直に打ち明けたのは今回が初めてかもしれない。
今思い返すと、俺って全然男友達っていなかったもんな……。
打ち明ける相手もいなければ、ここまでこじらせるさ……。
「ユリウス、ありがとう。自分の気持ちをここまで正直に打ち明けられたのはユリウスが初めてだ。そして、もちろんここまで真剣に俺の言葉に応えてくれた人も初めてだ。ユリウスの言う通り、俺にはまだレリアのことを『好き』だと言葉にする覚悟はない。でも、いつか……俺も自分に自信が持てるようになって、胸を張ってレリアのことを『好き』と言えるその日が来たら、俺はレリアに告白するよ。だから……それまでよかったら相談に乗ってくれると助かる」
その言葉を聞いて笑みを浮かべるユリウス。
「当たり前だろ。オレ達は親友だ。お互い腹を割って話した仲じゃないか。そこに何を遠慮する必要がある。オレはアイリスが好きだ。お前は(おそらく)レリア嬢が好きだ。幸いなことにお互いの好きな人は競合関係にはない。ということで、これからはお互いの恋愛を応援する――共闘関係――を結ぼうじゃないか」
そうしてまるで盃を交わすかのようにコーヒーカップを掲げるユリウス。
それに応える俺。
(コツン)
二人はコーヒーカップを打ち鳴らした。
こうして犬猿の仲だったはずの俺達の間には、いつの間にか確かな友情が芽生えていたのだった。
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