§085 男子寮にて
ダンジョン攻略から数日が過ぎた後、俺達一年生にもついに学生寮が開放された。
王立学園は全寮制を採用しているため、本来であれば入学の初日から寮に入ることができるのだが、今年は寮の改修工事?のために入寮が今日までずれ込んでいた。
俺は指定された部屋へと向かう。
何を隠そう、学生寮は相部屋なのだ。
男は原則として、二人で一部屋。
この点は特待生も変わらない。
ただ、俺はまだ、肝心の相部屋の相手が誰であるのかを知らなかった。
寮は特にクラス単位で分けられているわけではないようなので、他クラスの生徒の場合もあるようだ。
俺は相部屋の経験は(レリアとの一時的な山小屋生活を除いては)無かったので、期待と不安に胸を膨らませ、自室の扉を開ける。
すると、そこには見知った顔が、本を片手に優雅にコーヒーを啜っていた。
「ゆ、ユリウス?!」
「ぶはっ!」
俺は驚きのあまり大声を上げ、同時に口からコーヒーを吹き出すユリウス。
「うわっ、汚っ!」
「な、なんでよりにもよって君なんだ!」
俺はどうにかコーヒーを回避。
一方のユリウスは手に持つ書物がモロにコーヒーの餌食になったようだ。
そんな書物を傍らの机に置き、高そうなハンカチで身の回りを拭くユリウス。
「運びこまれた荷物がどうにも庶民くさいとは思っていたが、まさか君と侯爵家のオレが同室なんて学園側は何を考えているんだ」
相変わらずのユリウス節に軽く嘆息しつつも、これから少なくとも一年間は彼と同室で過ごすことになるのだ。
可能であれば諍いは避けたいところ。
「俺もまさかユリウスと一緒だとは思ってなかったよ。これも何かの縁だと思って仲良くしてもらえると助かる」
俺はユリウスのプライドを刺激しないように、無難な回答に徹する。
すると、ユリウスは小馬鹿にしたように「ふん」と鼻を鳴らした。
「まあ同室になってしまったものは仕方ない。ただ、オレのテリトリーには決して入らないでもらいたいね。ほら、ここに中央のラインがあるだろ」
そう言ってユリウスは部屋の真ん中に引かれたラインを指差す。
「この真ん中のラインからこちら側はオレのスペース。そっち側が君のスペースだ。トイレと風呂は共用だから仕方ないとして、君がこのラインを跨ぐことは禁止させてもらうよ」
まあ、俺も自分のパーソナルスペースは確保したいし、この提案に反対する理由はない。
俺は「わかった」と言って自分のスペースに目を向ける。
そこは四畳半ほどの広さで、中央にはポツンとベッドが置かれ、その横には私物を入れた箱が置いてある。
俺は元々山小屋暮らしだったこともあり、荷物も必要最低限だ。
一方のユリウスのスペースはというと、実家から部屋ごと持ってきたのではないかと思うほどに、既に様々なものが配置されていた。
高級そうな机、読書用の揺り椅子、分厚い書物が整然と並べられた書棚、その他よくわからない調度品など。
どうやらユリウスは部屋にもそれなりのこだわりがあるタイプのようだ。
そういえば、トイレと風呂以外に奥にキッチンが併設されているはずだ。
王立学園には当然食堂も併設されているのだが、貴族階級以外の生徒は部屋のキッチンで自炊をする者が多いらしい。
俺も山小屋生活時代には毎日自炊をしていたので、節約のためにも、基本的には自分で作ろうと思っていた。
「ちなみに奥のキッチンは使っていいよな? 俺はこれから夕飯でも作ろうと思うのだが」
「キッチン? オレは食堂を利用するから好きに使えばいい」
ユリウスはいかにも興味なさげに答え、再び本に目を落とした。
こっそり本のタイトルを見ると、それは以前ユリウスがアリ先生にぼろくそに言われていた『詠唱学』の教科書だった。
やはりユリウスは勉学についてはかなり真面目な部類のようだ。
というか、入学試験の時にもアイリスに人知れず謝っていたし、根は真面目なのだが、侯爵家という特殊な家柄に生まれてしまったがゆえにプライドが肥大化してしまっただけなのかもしれない。
……もしかしたら、彼と仲良くなれる日が来るかもしれないな。
そんなことを考えながら、俺はベッドに横になる。
さすがに最近は疲れが溜まりつつある。
慣れない授業に加え、先日はダンジョン攻略に始まり、遭難、ボス戦ときたものだ。
ダンジョン攻略といえば、一番に課題を達成したのは、セドリック、ユリウス、アイリスのパーティだったそうだ。
俺は何の気なしにユリウスに話しかけてみる。
「そういえば、ユリウス達のパーティが今回は一位だったみたいだな」
「ん? ああ、それはあのセドリックっていう次席の実力がずば抜けていただけだ。かなり高慢なやつで最初は高みの見物とばかりにテキトーに課題に取り組むのかと思っていたが、案外、積極的にダンジョン攻略に臨んでいたのが意外だったよ」
俺は入学前のセドリックからの宣戦布告を思い出す。
あいつの性格を考えれば、是が非でも首席を狙いに来ているのだろう。
「そういえば、アイリスも一緒だったんだよな?」
「ぶはっ!」
アイリスの名前を出した途端に、またしても口からコーヒーを吹き出すユリウス。
「あ、あ、あ、アイリスがどうしたって?!」
目に見えて動揺するユリウス。
どういうわけか頬を赤く染め、食い気味に椅子から立ち上がる。
一体どうしたというのだろう。
またアイリスと何かあったのだろうか……?
俺は小首を傾げつつも会話を続ける。
「いや、どうってわけではないけど、実はこの前のダンジョン攻略の時もアイリスの治癒魔法のお世話になってしまって、今度お礼も兼ねて食事にでも誘おうと思ってるんだ」
「食事? アイリスと? お前にはレリア嬢がいるだろ」
「??」
……どうしてここでレリアの話が出るんだ?
黙考すること数秒。
鈍感な俺もさすがに合点がいった。
俺は寝転がって天井の染みを見つめたまま、ユリウスに言う。
「ユリウス。お前……アイリスのこと好きだろ?」
「かっ//// ど、どど、どうしてオレがあんな魔境出身の娘を好きにならなければならなんだ」
「そうか、そうだよな。ユリウスは侯爵家の人間だから魔境出身のアイリスでは不釣り合いだよな。わかったよ。じゃあアイリスにはそう伝えておくよ」
俺はユリウスの反応が面白くて、必死に笑いをこらえながらも、つい意地悪を言ってみる。
すると、ユリウスはまたしても目に見えて動揺する。
「ちょ、ちょっと待て! なぜアイリスに伝えることになるんだ! いや確かに彼女は魔境出身かもしれないが、出身のみをもって卑下にするのはよくないというか、顔は少しばかり可愛いと思わなくもないというか、小柄なところとかおどおどしているところも守ってあげたいなと思うというか。だから別に彼女のことを悪く思っているわけではないというか……ごにょごにょ」
「それで?」
俺はベッドから起き上がると、真っすぐにユリウスを見つめる。
彼が陥落するまでに、そう時間はかからなかった。
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