§080 神殿

 まるで水の中を歩いているような道を歩き、最終到達地点と思しき鉄扉を二人で開けると――


「おぉー!」

「わぁー!」


 ――思わず感嘆の声を上げてしまうほどの光景が、俺とリーネの視界に飛び込んできた。


 緑色に淡く輝く壁。

 薄っすらと水が浸水して青く輝く床。

 天井からは七色に輝く鍾乳石がいくつもぶら下がっており、鍾乳石から滴る雫は石筍せきじゅんとなって玉虫色に発光している。


 そんな天国と見紛うほどに幻想的な空間の中で、一際目を引くものがある。


 それは――神殿だった。


 明らかに人の手が入ったとしか思えない神殿。

 大理石のような石材で形作られた円柱が立ち並び、円柱の上部には神殿の守り神をイメージしたと思われる水棲系の動物のような彫像が鎮座している。

 神殿内は循環するように水が絶え間なく流れ、この神殿を一言で表現するならば、『水の神殿』という呼称がピッタリだろう。


 俺とリーネは床に貼られた青い水の上をぴしゃぴしゃと歩きながら、神殿の中央へと向かう。

 すると、神殿のちょうど中央に位置する場所に大きな水晶があることに気付いた。


 鳥籠を想起させるような六角柱状の水晶。


「ジル、あの水晶。中に何か入っています」


「もう少し近付いてみよう」


 水晶の中に浮いているもの。

 それは――魔導杖まどうじょうだった。


 全長は俺の身長よりも少し短いくらい。

 先端部分に蒼色の宝石を宿し、その部分に羽を象った装飾が施されている。


 現代魔法でも魔力を高める装備品として|魔導杖を用いることがあるが、ここまで長いものを俺は今まで見たことがなかった。


「どう見てもレアアイテムですわよね? ジルが探していた宝玉というのは、この杖の先端部分についているものですか?」


 水晶の中に浮かぶ魔導杖をまじまじと見つめながらリーネが呟く。


「いや、聞いているところではもっと別の物だと思う」


 俺もリーネの横に並んで魔導杖を観察する。


 シンプルなデザインだが、傍目から見てもかなりの魔力が込められていることがわかる。

 剣で言えば業物に相当するものだろう。

 吸い込まれそうなほどに透き通った宝石は、人の心を魅了するような美しさがあった。


「この魔導杖。取ったらさすがにまずいかな?」


「どうでしょう。宝箱型のトラップに引っ掛かっているわたくしの意見は参考にならないと思いますが……」


 そう言ってリーネは苦笑する。

 確かにと思いつつも、重要そうなアイテムを手にした途端に、何かしらのトラップが発動するのはダンジョンのお家芸のようなものだ。

 ここまで「取ってください」と言わんばかりに置かれているアイテムでは猶の事だろう。


 ここは欲を出さずに撤退するのが正解な気がする。


 けれど……俺はこの魔導杖をどこかで見たことがある気がした。

 それがどこだったのか、記憶違いなのか、はたまた夢の中だったのかは思い出せない。

 しかし、これが俺にとって大切なものな気がしてならなかった。


(ゾクッ)


 しかし、そんな感想を一瞬でかき消すほどのおぞましい殺気が、突如俺達を襲った。


「「――っ!」」


 そんな慮外な気配をすぐさま感じ取り、即座に臨戦態勢の構えを取った俺とリーネだったが、次の瞬間――


(バタン)


 俺達が入ってきた鉄扉が勢いよく閉まる音が鳴り響き、同時に神殿に設置された燭台がボッと音を立てて一斉に青い炎を灯した。


「あ、扉が!」


 後方を振り向き、鉄扉が閉ざされた事実を確認したリーネからそんな声が漏れる。

 しかし、俺はそんなリーネの言葉に反応することができずにいた。


 なぜならば、俺達の眼前には今まで見たこともないほどに大きな姿が現れつつあったからだ。


「こ、これはまさか……『賢者物語』の……」


「「ク、クラーケン……」」


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