§078 再会

、どうして?」


 俺の前に突如として現れ、困惑の表情を浮かべているのは、神々しく輝く金色の髪と雛罌粟ひなげし色の双眸を併せ持つ少女――リーネだった。


 当然のことだが、彼女は歌劇オペラの時に着ていたドレス姿ではない。

 それはまるで冒険者のような出で立ちで、赤と白を基調とした服。

 上は赤色の外套に純白のブラウスを合わせ、下は白色のフレアスカート。

 更には露出された太ももを覆い隠すように赤色のブーツを履いている。


「リーネこそ。というか君は冒険者だったのか?」


 その言葉にリーネはハッとしたように言葉を紡ぐ。


「え、ええ。冒険者と言えば冒険者かもしれないですわね」


 なぜか若干しどろもどろになるリーネ。


「それよりもジルですわ。貴方こそ冒険者でしたの? 歌劇オペラの時は全然そんな素振りはお見せになりませんでしたのに」


 その言葉にシルフォリア様の言葉を思い出した。

 この状況であれば、仮に「王立学園の生徒です」と言っても差し支えはないような気がするが、シルフォリア様の首が飛んでしまうのは俺としても不本意なので、とりあえず身分を偽ることに決め、シルフォリア様から渡された冒険者ギルドの『仮・身分証』をリーネに見せる。


「ユーフィリア王国・冒険者ギルド所属ジルベール・ヴァルター」


「まあ、そういうわけで、このダンジョンにある宝玉を手に入れるために攻略に挑んでたんだけど、トラップに引っ掛かってしまって気付いたらここにいたんだ」


「……トラップ。それでは完全にわたくしと同じですわ。実はわたくしも不覚にも宝箱型のトラップに引っ掛かって気付いたらここにいましたの」


 宝箱型のトラップ。

 偶然にもリーネがここに落下した原因もどうやら同じトラップのようだ。


「それにしても、よく俺達を見つけられたな。実は索敵魔法で俺はリーネがこちらに向かってきているのはわかっていたんだけど、あまりにも真っすぐこちらに向かってくるものだから驚いた」


「まぁ、ジルも索敵魔法が使えるのですね。実はわたくしも人の気配を感知できる索敵魔法が使えますの。そして、こちらに人の気配がありましたので向かってきたというわけです。もし危ない方だったらどうしようかと思っていたのですが……ジル……やっぱりまたお会いすることができましたね」


(ぎゅっ)


 リーネはそう言うと、突如、俺に抱きついてきた。


 俺はいきなりのリーネの行動に心臓が止まりそうになった。


「――!! ちょっとリーネ!」


 俺は動揺をどうにか抑え、リーネを引き離そうとする。

 しかし、肩に触れた瞬間、彼女が震えていることに気付いた。


 その事実に俺はハッとする。

 俺は穴に落ちた時からメイビスと一緒だった。

 でもリーネはこれまでずっと一人でこのダンジョンを彷徨っていたのだ。

 場所も、時間も、何もわからないこの状況。

 不安はおそらく俺の比ではなかったのだろう。


 そんな気持ちから……俺は彼女を受け入れる。


 リーネの熱が、心臓の鼓動が、触れ合う肌から直接伝わってくる。


 そんな如何ともしがたい状況を俺は理性で抑え込みつつ、彼女に手を回し、落ち着かせるように、あやすように、ゆっくりと背中を撫でる。


「……ありがとう。ジル」


 幾ばくかの時間が過ぎた後、彼女は落ち着きを取り戻したのか、自分から回していた手を離した。

 彼女の顔は湯気が出るほどに紅潮しており、お互い、何となく気まずい雰囲気になって、自然と視線を逸らした。


 こんなところ誰かに見られたら……。


 そう考えた時に、俺は背後で眠るメイビスの存在を思い出した。

 俺はハッとして振り返ると、メイビスは先ほどと同じ体勢で規則正しい寝息を立てていた。


 俺は胸を撫でおろしてリーネの方に向き直ると、リーネの顔が目の前にあった。


「パーティメンバーの方ですか?」


「ん、ああ」


「見たところ女性のようですが、ジルは年頃の女性と二人で旅を?」


 何やら不穏なオーラがリーネを包み、瞳の光沢ハイライトが一瞬消えたような気がしたため、俺はぶるんぶるんと首を横に振る。


「いや、本当は三人でパーティを組んでいたんだが、落下の時にはぐれてしまったんだ。それに彼女は落下した際に足を骨折してしまって、今はその影響で熱を出していて……」


「まあ、そんなお怪我を!」


 リーネは驚いたように両手で口を覆った後、申し訳なさそうに視線を落とす。


「大変申し訳ないですが、わたくしは治癒魔法の類いは使えなくて……。お力になれず申し訳ないです」


 リーネは雰囲気から察するに俺と同じ攻撃魔法を得意とするタイプなのだろう。


「いや、人には得手不得手があるから仕方ないよ。俺も治癒魔法は使えないし。それよりも彼女――メイビスはさっきようやく眠ったばかりだし、起こしてもあれだから少し場所を変えないか? どうやらこの階層には魔物はいないようだし、索敵魔法持ちが二人もいれば、おそらく危険はないだろう」


「そうですね。それではあの辺りはどうでしょう。湖面がとても綺麗な場所があります」


 そうして俺とリーネは二人、湖の対岸へと場所を移した。


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