§077 地底湖
俺とメイビスが落下した場所を立ってから、一時間が経過しようとしていた。
結論から言えば、収穫は無し。
出口は見つからず、むしろ、自分達がどこに向かっているか分からない状態だ。
ダンジョン内は依然として薄暗く、
唯一救いなのが、未だに魔物に全く遭遇していないことだ。
最初の場所に比べると、
ここはダンジョン内にあるという『聖域』、すなわち、魔物が一切近付けないボーナスエリアのようなところなのか。
それとも魔物が存在しない何か別の理由があるのか。
現段階ではそこまでの判断はついていなかった。
ただ、メイビスを背負い、魔法陣を常時発動しながらの移動は、当初、俺達が想像していたよりも、精神的にも肉体的にも過酷なものだった。
最初は軽口を叩いていたメイビスだったが、今では言葉無く、心なしか呼吸が荒くなっている気がする。
「メイビス、大丈夫か。少し休憩するか」
「……だい、じょうぶ、です」
「メイビス?」
俺はメイビスの異変に気付き、彼女をゆっくりと岩場に座らせる。
すると、目に見えて体調が悪そうな彼女は、荒く息を吐き、額は大量の汗でじっとりと湿っていた。
俺は彼女の額に手を当てると、素人の俺でもわかるほどに、ひどい熱だった。
「メイビス、すごい熱じゃないか! なんでこんなになるまで黙ってたんだ!」
岩場に横たわったメイビスが、潤んだ瞳を俺に向けてくる。
「……ジルベール君が頑張っているのに、私が音を上げるわけにはいきませんから」
俺はその言葉にグッと唇を噛みしめる。
おそらく足の怪我から菌が入ったんだ。
怪我に伴って身体に異常が出るのはよく聞く話だ。
症状としては、発熱、意識障害、脱水症状。
通常、治療を施せば大事には至らないものだが、この状況では命にかかわる。
せめて水があれば熱も冷やせるし、脱水も解決できる。
『水』といえば、水魔法を使えるメイビスだが、この状況で魔法を使わせるわけにはいかない。
魔力と体力は切っても切り離せない。
これ以上メイビスを衰弱させるわけにはいかなかった。
俺はどうにか水場がないかと、
感度が通常の場所よりも低いため苦肉の策だが、八方塞がりになる前に、出来ることをやるべきだと思った。
「――『
俺はそう唱えると、過去最大の魔法陣を描く。
ダンジョン内に魔力を張り巡らせることをイメージして。
そして――見つけた!
「メイビス! 近くに湖がある! 地底湖だ! 動けそうか?」
「……ち、地底湖ですか」
もはや言葉を紡ぐのも厳しそうなメイビス。
そんなメイビスが虚ろな瞳をこちらに向けて、優しく微笑む。
「すみ、ません。やっぱり、私、ちょっとダメみたいなので……あとは、ジルベール君にお願い、します。お礼は……いつか……」
そこまで言ったメイビスは意識を失った。
俺は焦る気持ちを抑えつつ、メイビスを再度背に担ぐ。
そして、魔法陣が示す地底湖へと歩みを進めたのであった。
♦♦♦
地底湖のある場所は今までのダンジョンとは異なり、とても広々とした空間だった。
湖底には上層の壁と同様の光る鉱石が含まれているのか薄っすらと明るく、それ水に反射して、なんとも幻想的なエメラルドグリーンの湖面となっていた。
とりあえず可能な限りの処置はした。
傷口を水で洗い、汗をふいて、額に濡れたハンカチも乗せた。
そんな甲斐もあってか、かなり衰弱しているようだったメイビスの容態も大分落ち着き、今では静かな寝息を立てている。
少し気になったのは、メイビスが胸にかけている紅玉をあしらったペンダントだった。
最初見たときは気付かなかったが、看病をしている時に(言いづらいが服のボタンを外すタイミングがあったため)直に手に取る機会があったのだが、その紅玉はリーネからもらい、今、俺の胸に下がる紅玉と同じもののように見えた。
確かリーネはこの紅玉をアウグスタニア皇国にしかない貴重なものだと言っていたが、ユーフィリア王国でも流通があるのだろうか。
俺はそんなことを考えながら、メイビスの隣に腰を下ろす。
まあ、紅玉のことはとりあえず置いておくとして、
「さて、これからどうしたものか」
俺は途方に暮れて、独り言ちる。
どうにかメイビスの容態は落ち着いたが、根本的な問題は何も解決していない。
ダンジョンから脱出できなければ、いずれメイビスだけでなく俺も衰弱してしまう。
けれど、俺は決してこの状況に絶望はしているわけではなかった。
それは何より、俺達のクラスの担任がシルフォリア様だからだ。
他力本願な考えかもしれないが、シルフォリア様であれば、いずれ俺達を見つけてくれる。
そんな確信があった。
要は時間の問題。
俺達はどうにか生き延びつつ、可能な限り上層に向かうのが今考えられる最適解なのだ。
だから、焦る必要はない。
幸い、この場所には魔物はいないのだ。
そう考えて、俺はメイビスと並んで、岩に背をもたれる。
しかし、その瞬間、俺の――
同時に俺は弾かれたように起き上がる。
「……これは、人?」
それは、決してこんな深層で出会うはずがない面識のある人物の影だった。
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