§073 水属性魔法

「――『水の神獣よ、一滴から始まる水竜の息吹となりて、我が手中に集え』――水竜の咆哮カリュブディス・ブレイズ


「ウギィーーーーッ!!!」


 俺は目の前で起きた光景を理解するのに数秒の時間を要していた。


 視線の先にはダンジョン内に響き渡るほどの断末魔を上げながら砕け散るマグマラビット。

 隣には目を見開き、口を手で覆った状態で固まってしまっているレリア。


 結論から言うと、記念すべき魔物との初戦闘は俺達パーティの圧勝だった。

 いや、俺達パーティというと正確ではない。

 メイビスの魔法、鎧袖一触による圧倒的な勝利だった。


 俺は先ほど目の前で起きた戦闘風景を頭の中で想起する。


 メイビスは最初「巻き込んでしまうと危険なので」と言って、レリアと同様に俺のことも後ろに下がらせた。


 それを確認したメイビスは両手を広げ、軽く瞑目した後にゆっくりと詠唱を開始。

 すると、水路を流れていた水がまるで滝のように立ち上ったかと思ったら、それが勢い渦巻く水流となって、彼女の周りを循環し始めたのだ。


 その姿はさながら水の羽衣を身に纏った女神ウンディーネのよう。


 そんな明らかに異彩を放っていたメイビスのことをマグマラビットは敵と認めたのだろう。

 次の瞬間にはマグマラビットは驚異的な脚力でメイビスとの距離を一気に詰めていた。


 そんなマグマラビットを赤と青の瞳で追い、刹那、刃物のような笑みを浮かべたメイビスは、走りくるマグマラビットに向かって真っすぐと手をかざした。


 ――次の瞬間、彼女の周囲を形なく循環していた水がへと姿を変え、マグマラビットに襲いかかったのだ。


 けれど、マグマラビットも俊敏性に定評のある魔物。

 メイビスの魔法を視認した直後には、横っ飛びで緊急回避。

 すんでのところで直撃を躱していた。


 それを受けてメイビスは正面にかざしていた手をマグマラビットの動きに合わせて鋭く捻った。

 その手の動きに呼応するように急反転する水竜。

 それはまさに追尾機能を備えた砲弾さながらだった。


 マグマラビットはそんな変則的な動きを見せたメイビスの魔法に対応しきれず、横腹に水竜の咆哮カリュブディス・ブレイズの直撃を受ける。


 加速度的に速度を増していた水竜の威力は想像に難くない。

 マグマラビットの身体は大きくひしゃげ、同時にメリメリメリと鳥肌が立ちそうな不協和音が響き渡った。

 直後、マグマラビットの溶岩を模した装甲は脆くも砕け散り、ウギィーーーーッという断末魔がその場を支配したのだ。


「…………」

「…………」


 そんな光景に俺とレリアは言葉を失うしかなかった。


 いくら相性のいい水属性魔法とはいえ、マグマラビットの装甲は大変堅固なものだ。

 そんなマグマラビットの身体をいとも容易く貫通するこの魔法の威力は如何ほどのものなのだろうか。


 そんな感想を抱いていると、戦闘を無事に終えたメイビスが「ふぅ」という溜め息とともにこちらに向き直った。


「なかなかの俊敏性でしたが、どうにか対応できました」


 そう言って笑みを見せるメイビスに、顔面蒼白になっているであろう俺が応える。


「今のがメイビスの固有魔法か? あの、なんていうか……かなり強力な固有魔法だな」


「ふふ。少しは驚いてもらえましたか? 私の固有魔法は――水竜の咆哮カリュブディス・ブレイズ――。水竜の力を借りて、水を高密度で射出する魔法です。まあ、『水』がある場所でしか使えないのが私の弱点ではありますが、水のあるところであれば私の攻撃力に勝る魔法はありませんよ?」


 そう言ってメイビスは再度自身の周囲に水を渦巻かせ、身に纏うようにくるくると回してみせる。


 先程の一合でメイビスの固有魔法が水に関する魔法であることはわかっていた。

 でも、それはせいぜい水の弾丸を射出できる程度のものだと思っていた。


 けれど、メイビスの固有魔法は実際にはその想像の上を行くものだった。


 メイビスは自身では「射出」と表現しているが、これはそんな生温いものではない。

 メイビスの固有魔法は水を操ることができると思った方がよさそうだ。


 あのマグマラビットの緊急回避に即座に対応した動き。

 通常の魔法であれば、あそこまで臨機応変に魔法の軌道を変えることはできない。

 魔法の軌道を変えるというのは、それまでに構築してきた魔術式を瞬時に書き換える魔力操作技術が必要になるからだ。


 例えば、シルフォリア様級の魔導士であれば可能なのかもしれないが、少なくとも今の俺には到底できない芸当。

 それをメイビスは涼しい顔でやってのけたのだ。


 先ほど俺に向けて放たれた魔法もと同等のものだとしたら震えが止まらなくなる。


 しかし、逆に考えてみて、これほどの力を持ちながらメイビスは俺との共闘関係を望んでいる。ということは、メイビスは真に俺の固有魔法の特殊性に着目している左証と言えるだろう。


 彼女は敵か味方か……。


 ただ、その判断に至るまでの材料は、現段階ではまだ揃っていない。


 俺はゆっくりとメイビスの赤と青の宝石のような瞳に目を向ける。

 すると、慮外なことに彼女も俺のことを見つめていた。


「どうされました?」


 咄嗟に視線を逸らした俺に小首を傾げるメイビス。


「……いや、何でもない」


 俺は瞑目して軽く首を振る。

 俺はまたしても小難しいことを考えようとしていた気がして、そんな気持ちを外へと追いやる。


 とりあえず今は魔法実技の課題を達成するのが先決だ。

 俺はそう自分に言い聞かせ、二人に声をかける。


「この調子でバンバン魔物を倒していこう」


「ええ、もちろん」

「はい、次は私も頑張ります」


 こうして俺達は遭遇した魔物を撃破しつつ、順調にダンジョンの下層へと潜っていったのだった。




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