§072 疑似共闘

 俺達の目の前には地下一階層と呼ばれる空間が広がっていた。


 ダンジョンはその名の通りぐねぐねと折れ曲がった回廊となっており、先の様子は窺い知れない。

 外から見た時は漆黒の闇のように見えていたダンジョン内だったが、いざ中に入ってしまうと、壁に含まれる鉱石が仄かに発光しているため、行く道はほんのりと明るい。

 道に沿って水路のようなものがあり、水がダンジョンの奥に向かって流れているところを見ると、ダンジョン内は少なからず坂になっているようだ。


 そんな中、俺達のパーティは俺を先頭に奥へ奥へと進んでいく。


 どういうわけか俺は自然とこのパーティのリーダーをやることになっていた。

 パーティにおいて指揮命令を統率するリーダーは必須だ。

 複数人が統率なく動いたら、それこそ魔物の恰好の餌食だろう。


 本当は第三席で相当に頭が切れそうなメイビスに任せてもよかったのだが、メイビスが是非にということだったので、柄でもないことは重々承知で俺が引き受けることになった。


 なお、俺達パーティの構成は、前衛が俺、中衛がメイビス、後衛がレリアだ。


 本来であれば強力な攻撃魔法を使える者は後衛をやるのが定石だが、【速記術】が存在する以上、俺達パーティにその定石は当てはまらない。


 俺達パーティは、俺が攻撃魔法と索敵魔法が得意なため前衛で索敵を行いながら魔物との邂逅に備え、メイビスが前衛と後衛のバランスを見ながら適宜フォロー、レリアが補助魔法で戦闘における負担を軽減といったことを想定している。


 そして、早速、多重展開の領域ドミネーティング・フィールドに一体目の魔物が引っかかった。


 溶岩を塗り固めたような赤い毛皮が特徴的なウサギ型の魔物。


 俺は即座にシルフォリア様から配付された魔物一覧に目を通す。

 するとその特徴と合致する魔物が載っていた。


「三十メートル先にマグマラビットがいる。相手は一体だけだ」


 皆に緊張が走る。

 レリアはすぐにでも詠唱に入れるよう一歩後ろに下がり、俺は逆に一歩前に出る。

 その中、口を開いたのはメイビスだった。


「マグマラビットは溶岩を模した毛皮を持つウサギ型の魔物です。火属性の魔物のため基本的に水魔法で対処するのが定石です。マグマラビットの毛皮は溶岩と同様に高温で堅固です。また、俊敏性も高いため攻撃を当てるには高度な魔力操作技術が必要になります。この『深淵の扉』の中では一番出会いたくない魔物ですね。一瞬で距離を詰められる可能性がありますので、レリアちゃんは通常の『陣』よりも若干下がり目でお願いします」


「は、はい! わかりました!」


 メイビスはレリアに注意を促すために魔物の特徴を列挙した上で、最も適切な対応方針を選択した。

 それは本来であれば魔物一覧を持っており、パーティのリーダーでもある俺が皆に指示するべき内容だった。


 俺は多重展開の領域ドミネーティング・フィールドを通じて魔物の特徴を把握していた。

 しかし、俺は戦闘をするのは前衛の自分だけだと高を括り、レリア達への情報共有を怠った。

 その点をメイビスは的確に補ってくれたのだ。


「メイビスありがとう。もしかしてメイビスは魔物一覧を全て暗記したのか?」


 もちろん情報共有の点について感謝は絶えない。

 けれどそれだけでなく、俺はメイビスの情報の正確さに舌を巻いていた。

 メイビスは魔物一覧を手にしていなかった。

 つまりは自身の記憶のみで、先ほどの完璧なまでの説明を行ったのだ。


「それは買いかぶりすぎですよ。さすがに全部に目を通している時間はありませんでしたので、目を通した範囲だけです。私の読む速度がもう少しだけ速ければ全てに目を通せたと思うのですが残念です」


 そう言ってメイビスは心底残念そうに眉を顰める。

 その表情には自慢、謙遜、驕りといった感情は一切含まれておらず、純粋に最後まで魔物一覧に目を通せなかった自分を恥じているものだった。

 つまり、彼女にとってみれば、一度見たものは覚えていて当たり前。

 そして、彼女は目を通すことができなかったことを悔いているのだ。


 ……次元が違う。


 彼女を見ていて、ついそんな感情を抱いてしまった。


 俺もどちらかといえば記憶力には自信のある方だった。

 ただ、それは反復継続による暗記に近い。

 もちろん俺は魔物一覧を一度見ただけで全てを暗記することはできないし、何度か読んでやっとという感じだろう。


 だが、彼女にはそれができるのだ。


 彼女とは今は疑似ではあるが共闘関係にある。

 しかし、いつか彼女が俺達の敵に回ってしまった場合は、それなりの覚悟を決める必要があるかもしれない。


 そんなことを考えているうちに肉眼で見える範囲にマグマラビットが姿を現した。

 マグマラビットに対して火属性魔法はあまり相性がいいとは言えないが、まずは前衛である俺が相手をするしかない。


 そう思っていつもどおり『魔法陣』を展開しようとし瞬間――


「ジルベール君。この魔物は私が相手をしてもいいですか? きっと私の方が相性がいいです」


 ――声を発したのはメイビスだった。


「メイビスはもしかして水魔法が使えるのか?」


 確か『適性外魔法研究』の際には光魔法を用いていたので、メイビスの魔法適性が『光』でないことはわかるが。


「はい。ご推察のとおり、私の魔法適性は『水』。固有魔法もに由来するものです。ジルベール君の魔法適性は『火』ですよね?」


「ああ、そのとおりだ」


「それであればやはり私の方が相性がいいと思います。それにジルベール君は固有魔法を教えてくれましたし、私だけ隠すような不義理はできませんからね。ということで、私の固有魔法をご覧にいれましょう。ここには幸いにも水路が通ってますので、私におあつらえ向きなフィールドです」


 そう言って道の脇を流れる水路に目を向けた後、軽く微笑んで見せるメイビス。


 メイビスの固有魔法。


 マグマラビットはメイビスの言う通り強敵だ。

 そんなマグマラビットの討伐に自ら進み出るところからすると、メイビスの固有魔法はおそらく攻撃型。


 今思い返すと、メイビスが俺に魔法攻撃をしていた時、彼女は何かを生成している、いや正確には何かをように見えた。

 あれが水属性の固有魔法であるならば、例えば、空気中の水素を水分に変えることができる魔法といったところだろうか。


 もしそんな魔法が存在するなら、マグマラビット程度であれば一蹴できるに違いない。


 ただし、今は魔法実技の授業中で魔法の発表会ではない。

 油断は禁物だ。


「わかった。水属性魔法が使えるならメイビスの方が相性がいいのは確かだ。基本的に戦闘はメイビスに任せる。けれど、これは決してメイビス一人に戦わせるという意味ではなく、俺もレリアも最大限のフォローをするつもりだ。これは一騎打ちでも固有魔法の発表会でもなく、魔法実技の授業なのだから」


「ええ、その点はジルベール君の方針に従います。私は目の前の魔物に集中しますのでフォローをお願いしますね、ジルベール君、レリアちゃん」


「……ああ!」

「……はい!」


 こうしてマグマラビットとの戦闘が始まった。


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