§071 ダンジョン
「さて、皆、準備はいいかな?」
作戦会議という名目の顔合わせの後、シルフォリア様から声がかかった。
「各パーティはそれぞれ指定された入口からダンジョンに入り、地下十階層に設置してある宝玉を持ち帰ること。ただし、普通にやるだけでは面白くないので、一番に宝玉を持ち帰ったパーティには各一〇スカラを付与することにしよう」
「おお!」
この予想外の報酬に生徒から声が上がる。
本当にシルフォリア様はゲーム方式が好きなことだと思うが、これには俺も少なからずテンションが上がる。
やはり人間というのは目の前のニンジンには逆らえないものなのだろう。
「シルフォリア様、今更で恐縮なのですが、質問があります」
そんな沸き立つ空気に水を差すように、一人の生徒が挙手をした。
ユリウスだった。
「何かねユリウス君。質問を許そう」
「はい。私の記憶では、この『深淵の扉』は王国と皇国の共同管理下にあり、学生だけで入ることは固く禁じられていたはずです。その点は大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、そういえばその点を説明しなければならなかったな。さすがはSクラス。ちゃんと常識を弁えている者もいるようだな」
そう言うとシルフォリア様はもったいぶるようにコホンと咳払いしてみせる。
「ユリウス君の言う通り。通常であれば学生の身分では『深淵の扉』に立ち入ることができない。もし入るとなると王国と皇国から特別な許可を得る必要がある」
「通常であればということは、私達は特別な許可がいただけるということでしょうか?」
「ふふっ」
シルフォリア様は自信満々の笑みを見せる。
「……そんな許可が出るわけなかろう!」
「「え、」」
シルフォリア様の反応に俺達は思わず絶句する。
「いくら私が六天魔導士といえ、顔が利くのは王国内がせいぜい。皇国側はさすがにどうにもならん。まあ、要はバレなきゃいいのだ」
そこまで言って軽い詠唱を口ずさむシルフォリア様。
途端、各生徒の前には何やら光輝くカードのようなものが顕現した。
「……これは?」
突如現れたカードに首を傾げる生徒達。
そんな生徒達に向かってシルフォリア様は声高らかに宣言する。
「それは冒険者ギルドの『仮・登録証』だ。それを渡された瞬間からお前達は王立セレスティア魔導学園の生徒ではなく、世界をまたにかける一冒険者となるわけだ。君達にこの意味がわかるかな?」
ユリウスはあまり納得がいっていない様子で難しい顔をしている。
そんな彼を見て、シルフォリア様は言葉を続ける。
「要はダンジョン攻略中は自身が王立学園の生徒であることをどんな状況であろうと絶対に他言してはならないということだ。これには私の首がかかっているのだから、本当によろしく頼むよ」
シルフォリア様が規格外なのはいつものことなのでもう何も言うまい。
さすがにもうこのノリにも慣れてきた。
ただそれならいくら難易度が低いとは言え、王国と皇国の共同管理である『深淵の扉』ではなく、王国の単独管理の別のダンジョンを選べばよかったのではないかという疑問が生まれる。
この『深淵の扉』には何かあるのだろうか……。
まあ、今更そんなことを考えても仕方がない。
俺達は各パーティごとに指定されたダンジョンの入口へと向かった。
そこは閉鎖した炭坑を想起させる坑道だった。
入口付近には警備兵などの姿はなく、暗い入口だけが迷宮へと
「なんだか、嫌な雰囲気がしますね」
レリアがそんな入口を見て、不安げな声を出す。
「シルフォリア様もこのダンジョンの難易度は低いと言ってたし大丈夫だよ。それに俺にはこれがあるからね」
そう言って俺は十秒ほどかけて一つの『魔法陣』を描く。
――
「これでいきなり魔物に遭遇ということもないはずだ」
レリアは俺が描いた魔法陣が軽く輝いてから無色透明に浸透するのを見て、少し安堵した様子だった。
他方、
「今のは一体何ですか? 先ほどよりも描くのに時間がかかっていたようですが」
「ああ、メイビスには説明してなかったね。今のは
「……なるほど。ちなみに今は十秒ほどで魔法陣が完成していたようですが、あれでどれくらいの大きさの魔法陣が描けたのですか?」
「うぅ~ん、大体半径三十メートルほどかな」
「さ、三十メートル?!」
俺の言葉を聞いたメイビスはキャラに合わない大きな声を出して、思わず目を見開く。
しかし、自分でもキャラ違いなことを自覚したのかコホンと表情を改めると、いつもの落ち着いた面持ちに戻す。
「それはさすがに規格外ですね。半径三十メートルの魔法陣なんて上級魔導士が一〇〇人集まったとしても描くのに一週間かかりますよ。これが貴方の固有魔法の力なんですね」
メイビスの赤と青の瞳が興味深げに輝く。
俺は王立学園に入学が決まった時から自身の固有魔法の取扱いについて考えていた。
固有魔法【速記術】は前例のない特殊なもので、それゆえに初見の者はその対応に手間取る。
それは新・創世教の幹部でも例外ではなかった。
ただ、【速記術】の特性を正確に理解されてしまった場合、例えば、クラウンとの戦闘の時のように、対策の立てようはいくらでもあるのだ。
もちろん既に俺の魔法陣を何度か見ているメイビスは俺の固有魔法の特性には気付いているはずだ。
けれど、それは魔法を速く発動できるという特性に気付いているだけで、真なる意味で【速記術】というものを理解しているわけではない。
そうなると、やはり情報の開示は慎重にすべきというのが合理的な考え方だと思う。
――しかし、俺は入学までの様々な出来事を通して、自分の固有魔法に誇りを持てるに至った。
だから、俺はそんな合理性など度外視で、自信を持ってメイビスに言う。
「ああ、これが俺の固有魔法【速記術】の力だ。【速記術】を使えば俺は『魔法陣』を誰よりも速く描くことができる」
その言葉にメイビスはまたしても目を見開いていた。
「どうして私なんかに大切な固有魔法を教えてくれるんですか?」
メイビスにとっては自身の固有魔法を教えることは、どうやらあり得ないことだったようだ。
確かにその考え方もとてもよくわかる。
そのため、俺は丁寧に説明する。
「確かに固有魔法というのは魔導士にとっては生命線。おいそれと教えていいものではないかもしれない。でも、俺は自分の【速記術】に誇りを持っているんだ」
そこで軽くレリアに視線を向ける。
するとレリアは少し恥ずかしそうに目線を下に伏せる。
「これは一種の俺のこだわりのようなものかもしれないけど、古い諺に『魔法の力は感情に大きく左右される』というものがあって、強く想えば想うほど、魔法の力が強くなるような気がするんだ。だから、俺は自分の固有魔法を隠さないと決めた」
その言葉を真剣な眼差しで聞いていたメイビスだったが、一瞬レリアの方に視線をやると、静かに瞑目した。
「そういうことですか」
そういうことがどういうことなのか俺にはわからなかったが、どうやらメイビスも諸々納得してくれたようだ。
こんな一連のやり取りを終え、皆、心の準備はできたようだ。
先ほどまで不安そうな表情を浮かべていたレリアもどういうわけか今ではやる気満々の面持ちだ。
「じゃあ、入ろうか」
「「はい」」
そんな俺の掛け声とともに、俺達のパーティは『深淵の扉』に挑む。
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