§070 共闘関係
「私達、共闘関係になりませんか?」
俺は首席という立場上、いつかこういう誘いが来ることは想定していた。
想定はしていたが、まさか第三席からこんなにも率直に言われるとは思っていなかった。
深い沈黙が場に満ちる。
そんな中、初めに口を開いたのはメイビスだった。
「と私から言っておいてなんですが、いきなりこんなこと言われても混乱しますよね。これから順を追って説明させていただきますね。ただ、一つ強調しておきたいのは、今日の私の行動は全て貴方と共闘関係になるためのものと思っていただければと思います」
「とりあえず話を聞こうか」
「ええ。まず前提として、ジルベール君は私のことを大変怪しんでいますよね? その理由は、第三席なら貴方のことをライバル視又は敵対視してもおかしくはないのに、私が貴方に必要以上に執着しているのは腑に落ちないということですよね?」
メイビスは俺の心を見透かしたように言う。
「まあ、端的に言うとそういうことだな」
そんな問いに対して俺は素直に頷く。
それを見たメイビスは静かに微笑む。
「ええ、貴方の考えは至極真っ当です。ただ、それは私が普通の第三席であればという話です」
「というと?」
「私が王立学園に入学した目的は別のところにあります。待遇などいろいろと都合がいいので第三席までの地位は確保したいとは思っていましたが、私は特に席次に固執しておりません。なので、この学年で最も高い実力を誇るであろう貴方とわざわざ争うメリットがないのですよ」
「…………」
「他方で、この二週間、ジルベール君を観察していてわかりましたが、貴方は是が非でも首席の地位に留まりたいと思っていますよね? そこで共闘関係の話が出てくるわけです」
「それは……俺は首席であり続けるため、メイビスは自らの目的を果たすために協力しようという提案と理解していいのか?」
「話が早くて助かります。貴方はやはりとても聡明な方です」
聡明なのはどちらかというとメイビスだろうと思いながらも、俺はしばし黙考の上、自身の考えを述べる。
「せっかくの提案だけど、その理由では俺が君の提案に乗ることはないかな」
「理由を聞いても?」
メイビスは眉をピクリと上げ、小首を傾げながら言う。
「確かに俺は首席であり続けたいと思っている。それは認めよう。他方で君は席次には興味がないという話だったよな?」
「ええ」
「じゃあその時点で俺にとっては君と共闘する理由は無くなる。だって最大の敵とも言える第三席の君が席次にそもそも興味がないのだから俺は別に君と共闘をするまでもなく、首席の地位にあり続けることができるわけだ」
「確かにそれはそのとおりですね。少し説明が言葉足らずでした。それでは一つ。まず、私の目的についてですが、私の目的を達成するためにはジルベール君の存在が必要です。先程の魔法攻撃はそれを確認するためのものでした」
「ということはメイビスの興味は俺の『魔法陣』にあると?」
「正確には『魔法陣』ではなく【固有魔法】ですね。その特別な固有魔法に対抗出来た時、それすなわち私の目的の成就となります」
「なるほど。俺の魔法に対抗すること自体が目的というわけでなく、俺の魔法に対抗できるという結果がメイビスのいう目的に繋がるということだな」
「そのとおりです」
「その目的というのは言えないんだよな?」
「ええ。今はまだ言えません。ただ、その時が来たら必ずお教えすると約束しましょう」
「ふむ。共闘がメイビスにとってメリットなのは理解した。ただ、それはメイビスが一方的に俺を欲しているだけであって俺にはメリットがないように感じる」
「そうですね。なので、私からはジルベール君へのメリットを提示しましょう」
メイビスはそう言うと意味あり気に指で「三」の数字を作って、胸の前に真っすぐ突き出した。
「――私の目的が達せられた暁には第三席の地位を貴方に差し上げるというのはいかがでしょうか」
その言葉にレリアの眉がピクリと跳ねるのがわかった。
メイビスからの提案がまるで入学式に俺とレリアで交わした約束――俺は首席であり続け、レリアは特待生になるという会話を盗み聞いていたのではないかと思うほどに的確な提案だったからだ。
「なるほど。それは確かに魅力的だな。けれど、そもそも論として席次を譲渡するということを学園側が許すのか?」
「その点は問題ありません。学園の規則の『権利の譲渡』の項目を類推適用できることは確認済みです」
メイビスは学園の規則を全て暗記しているのだろうか。
いや、彼女なら何となくそれくらいの芸当はできそうな気がする。
「もし俺と君が共闘することになった場合、俺は具体的に何をすればいいんだ?」
「私が貴方の魔法を観察することさえ許可してくだされば、私はジルベール君に見返りは求めません。逆に私はジルベール君が必要とあれば手をお貸しします。見てのとおり体術はあまり得意ではありませんので、あくまで魔法に関することと、その他私の持ちうる知見をお貸しするくらいしかできないかもしれませんが、文字通りの『共闘』をイメージしていただいて差し支えありません。どうです? かなりお得な提案だと思うのですが」
提案内容としては確かに悪くない。
約束の担保としては、レリアの
それに彼女の真摯な態度を見る限り、嘘はついていないように見える。
けれど、大概美味しい話には落とし穴があるものだ。
メイビスはさすが第三席だけあって頭も切れるようだし、魔法の実力も相当高い。
そんな彼女の思惑を俺が全て見通せている自信はないし、そもそも彼女のことを俺が御することができるのか……という懸念材料もある。
さてどうしたものかと思っていると、そんな俺の心中を察したのか、メイビスは静かに微笑んだ。
「一応、私の望みを申し上げましたが、もちろん即答してほしいと思っているわけではありません。本日はせっかく学外演習なのです。ここで私と疑似共闘をしてみて、私が共闘関係を組むのに値するか判断していただけないでしょうか。もちろんレリアちゃんの意見も聞く必要があるでしょうし」
メイビスはそう言うと視線を俺からレリアへと移す。
「私は……ジルベール様がそれでいいのなら構いませんが……」
視線を向けられたレリアは口ごもりながらもそう答えた。
若干歯切れの悪い言葉。
レリアとしても思うところがあるのだろう。
その内容を聞くことも必要だと思うが、今は学外演習前の作戦会議の時間。
それほど時間に猶予はない。
それに、この提案によって、今、この段階で何かが決まったわけでもないのだ。
純粋に相手の意向を聞くことができて、それでいてどうするかの決定権はこちらに委ねられている状況。
そうであるならば――
「わかった。とりあえずということになるが、何よりもこの学外演習を無事に乗り切ることが先決。まずは難しいことは考えずに一緒のパーティとして課題達成を目指そう。答えを出すのはそれからだ」
そう言って俺はメイビスに向かって右手を差し出す。
それに対して静かな笑みを浮かべながら雪のように白い両手で応えるメイビス。
「ええ。これでジルベール君は美少女ハーレムパーティのリーダーですね」
「え?」
急激な話の転換に思考が追いつかない。
「ジルベール君は恋愛には疎いのでしょうか? 女の子二人をこんな人気のないところに連れ込んで、おそらくクラスの男子からは恨み買いまくりですよ?」
そう言っていたずらな笑みを浮かべるメイビス。
確かに先ほどの男達がメイビスに向ける視線はわりとガチのものだった。
俺、もしかして戻ったら針の筵になるんじゃないのか……。
そう考えると冷や汗が止まらなくなる。
「あ、そういえばジルベール君は、以前に私が言った貴方のファンっていうのをもしかして方便だと思っているかもしれないですが……」
「ああ。あれは結局、俺が共闘を組むに値するかを測るジャブみたいなものだったんだろ?」
「ふふ。そのように受け止められていましたか。確かに貴方があんなわざとらしい演技で籠絡するようなタマだったら、私は共闘関係を持ち掛けなかったかもしれないですね。でも……」
メイビスは一歩俺に歩み寄ると、まるで耳に吐息を吹きかけるよう顔を近付けると言った。
「――私が貴方のファンというのは事実ですよ」
「は?!」
俺はメイビスに至近距離に迫られ、顔が上気していくのが自分でもわかった。
「だって女の子なら強い男に惹かれるのは自然の摂理ではないですか? ね、レリアちゃん?」
「な、なんでそこで私に振るんですか!」
そんなこんなで俺達の即席パーティは無事?始動したのだった。
この後、顔を真っ赤にしたレリアが逃げるように走って行ってしまったのはまた別の話。
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ここで読者の皆様にお知らせです。
ドラゴンノベルス様より発売しております『世界最速の魔法陣使い』について、2巻続刊が決定しました。
告知の許可が正式に下りましたので、ウェブ読者の皆様に先んじてお知らせいたします(まだツイッター等でも呟いていません。)。
ウェブ版もこの調子で更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
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