§069 奇襲
岩場に向かう道すがら。
入学から二週間ほど授業をこなしたが、メイビスと会話をする機会はそれほど多くなかった。
そのため、まだ俺はメイビスのことをよく知らない。
もちろん『詠唱学』の時は俺のことを助けてくれたし、『適性外魔法研究』の時は危険を省みずにレリアのことを助けてくれた。
そのため、いい人であることは間違いないのだが、最初にレリアが言っていた「第三席でありながら俺に好意的というのがどうにも腑に落ちない」というのは、まさにそのとおりだった。
あれからレリアとメイビスは随分仲良くなったようで、レリアも今ではメイビスに対しての不信感などこれっぽっちも抱いていないのだろうが、俺としては、この喉に小骨が引っかかったような違和感を取り除いておきたいというのもまた事実だった。
「そういえば、『適性外魔法研究』の授業の時、メイビスは俺のファンだとか言って積極的に話しかけてきてくれたけど、あれはどうしてなんだ? メイビスならどのパーティにも引っ張りだこだったと思うが」
俺はあくまで雑談めかして、俺達に近付いた理由を聞いたつもりだった。
しかし、どうやらメイビスには俺の真意が看破されていたみたいだ。
その問いかけに一瞬足を止めたメイビスは、微かに笑ったような気がした。
「うぅ~ん、どこまで話したものでしょうか」
そうして一瞬逡巡を見せたメイビスだったが、結局答えは既に決まっていたかのように、口を開いた。
「素直な気持ちを申してしまえば、私はジルベール君の使う魔法に興味があったというが正しいかもしれないですね」
「俺の魔法に?」
この言葉に俺は少なからず違和感を覚えた。
「君は俺の『魔法陣』を見たことがあるのか?」
「ええ、もちろん」
「メイビスは魔法陣に興味があると言ったが、時代遅れの魔法だと一蹴しないのか?」
「ふふ。珍しく質問攻めですね。私とて普通の魔法陣なら時代遅れと侮ることはあったでしょう。ただ、貴方の魔法陣は違いました。そのきめ細やかな構成、その紋様の美しさ、そして何よりその発動速度は現代魔法の常識に一石を投じるものかと思いました」
どうやら彼女は本当に俺の『魔法陣』を知っているようだ。
新入生代表挨拶の時もシルフォリア様はさすがに俺の固有魔法【速記術】のことは話さなかった。
けれど、彼女は俺の固有魔法の特性を知っている。
これはすなわち彼女が俺の魔法陣を見たことがある何よりの証拠だった。
でも、一体どこで俺の魔法陣を見たのだろう……。
『適性外魔法研究』の時はメイビスもレリアを助けに走ってくれていたので、俺の魔法陣は見ていないはず。
それにメイビスの話だと、『適性外魔法研究』よりも前の時点で、俺の魔法陣を見たことがあるような口振りだ。
そうなると入学試験ということになるのだが、俺は入学試験で彼女に出会った記憶はなかった。
彼女くらい目立つ容姿をしていれば、さすがに記憶に残っていると思うのだが……。
彼女が俺のことを知ったのはおそらく一次試験。
なぜなら二次試験の時には俺は目に見える魔法陣を新・創世教との戦闘以外ではほぼ使っていない。
使用したのは
しかも常時展開していたのでもし俺の魔法陣を視認できる距離に彼女がいれば俺がその存在に先に気付いていてもおかしくない。
そうなるとやはり一次試験ということになる。
一次試験の各会場は出入りが自由だった。
そのため、偶々、俺達が戦っている会場に彼女が居合わせたという可能性はあるのだ。
ただ、俺は敢えて鎌をかけてみることにした。
新・創世教の手のものが第三席に成り代わって王立学園に潜り込んでいる可能性を考えたからだ。
それであれば俺やレリアに接触してくる動機が成り立つ。
と言いつつも、メイビスの持つ雰囲気は俺が相対したシエラやクラウンとは全く異なるものに感じる。
そのため、実際はその可能性は低いだろうとは思ったが、念には念をというわけだ。
「そうなると、二次試験の時に俺のことを見たってことか?」
それがさも当然であるように俺は問う。
その問いを受けたメイビスは、本当に一瞬だけ口角を上げたような気がした。
「やはり貴方は面白いですね。私が見込んだとおりです」
そう言って赤と青の瞳を殊更に俺の方に向けたメイビスは、静かに微笑んだ。
それは今まで浮かべていた淑やかな笑みではなく、刃の鋭さを包含した美しい笑みだった。
――次の瞬間、メイビスの周囲を強烈な魔力が渦巻いた。
転瞬、俺はレリアの腕を掴むと、反射的にメイビスから大きく距離を取る。
「ちょ、ジルベール様!」
何が起きたのかわからないレリアは戸惑いの声を上げるが、メイビスに視線を向けたことにより全てを理解したようだ。
メイビスは銀色の髪が舞い上がらせ、魔法の詠唱を開始していたからだ。
次の瞬間には、彼女の眼前に強烈な魔力反応が発生し、何かが生成された。
同時にそれが勢いよく射出される。
「ジルベール様! 危ない!」
レリアの声が木霊する。
俺はそんな何かに対して火山弾で対抗。
「――
コンマ一秒後。
ドゴォォオオ――――ン!という凄まじい轟音とともに、土煙が舞い上がった。
土煙が晴れると、それぞれの魔法は相打って消えていた。
これは驕りでも何でもなく、「俺だから防げた」というほかないものだった。
事前の合意など皆無の明確な奇襲。
もし俺の魔法の発動速度が通常の詠唱魔法と同程度だった場合は、彼女の生成した何かが俺の身体を貫いていたことだろう。
「メイビスちゃん……どうして……」
レリアはメイビスのことを慕っている節があった。
そのため、メイビスが突然攻撃をしてきたことにショックを隠し切れない様子だ。
「なぜ急に攻撃をしてきたのか、説明はしてもらえるんだろうな」
俺はメイビスに厳しい視線を向けながら問う。
そんな問いに対して、魔力を収めた彼女は静かな口調で言う。
「貴方の本気というものを見てみたかったのです。私の本気とどちらが上か」
「力試しがしたかったということか? 俺じゃなければ風穴が開いていたぞ」
「力試しというよりは貴方と私の力量差を知りたかったというのが正確でしょうか。だって、私は貴方なら防げると思って攻撃したんですから」
「それは攻撃をしていい理由になるのか?」
俺の怒気を含んだ言葉。
その問いに今まではどこまでも涼しい表情を浮かべていたメイビスだったが、若干表情を曇らせて、やがて「ふぅ」と軽いため息をつき、深く深く頭を下げた。
「確かに貴方の言う通り、貴方が防げることが攻撃をしていい理由にはなりませんね。すみませんでした。今日はシルフォリア様が担当の魔法実技。ジルベール君が唯一『魔法陣』の使用を認められている授業でしたので、少し焦ってしまったみたいです」
俺もまさかここまで素直に謝ってくれるとは思っていなかったから、ついレリアと顔を見合わせてしまった。
俺は彼女から追撃を受けてもおかしくないと思っていた。
口ではファンだとかなんとか言っておきながら、結局は自分が第三席の地位に甘んじていることが気に食わないのだと。
そのため、俺を潰しておこうという動機だと思ったからだ。
でも、彼女は魔力を収め、すぐさま自分の非を認めて謝罪してきた。
そのちぐはぐな行動の理由が俺にはどうにもわからなかった。
「どうしてあの後、追撃をしてこなかったんだ。あの展開ならそのまま魔法戦に変わってもおかしくなかったと思うのだが」
俺も魔力を収めると、少し肩の力を抜いて問う。
「言い訳に聞こえるかもしれませんが、私には本当に貴方を傷付ける意図はありませんでした。私はただ貴方の魔法を実際にこの身体で体感したかっただけなのです」
「俺の魔法を? どうして?」
「それは貴方の魔法が私にとって、必要だから、ですよ」
そう言うとメイビスは赤と青の瞳をスッと上げる。
その瞬間、場の雰囲気が変わった気がした。
まるで今までのやり取りはあくまで前座であって、これからが本番であるかのように。
そして、彼女はゆっくりと口を開く。
「――私達、共闘関係になりませんか?」
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