§066 公爵令嬢

 俺、レリア、メイビスの三人はトキノ先生から指定された場所へと向かう。


 しかし、その場で待っていたAクラスのパーティは二人だけだった。

 あれ? もう一人はどうしたのだろうと思ったが、そんな疑問も別の感想によって上書きされてしまった。

 Aクラスとは初対面なのだが、そこで待っていた二人の顔に見覚えがあったからだ。


「ジルベール様、あの方たちは……」


 レリアも気付いたのか、若干気まずそうな表情を浮かべながら、俺に耳打ちする。


 そう。俺達を待っていたのは、忘れもしない世界奉還シルメリア暴走事件の時のスコットの取り巻きの令嬢だったのだ。


「あら、どこかで見た顔だと思ったら、いつぞやの平民と修道女ではありませんか」

「貴方たちがSクラスで私達がAクラス? 王立学園の見る目の無さもここまでくると失笑ものですわね」


 相も変わらず口元を扇子で隠しつつ悪口を吐きまくる令嬢。


「そういえば聞きましたわよ。貴方、『詠唱学』の授業で先生にボコボコにされたという話ではありませんか」

「そうそう。『魔法陣』とかいう古代魔法の使用を禁じられたら手も足も出なかったとか。首席合格とはいえ、やはり色物は色物というわけですわね」


 しかも、『詠唱学』での呪詛事件がどうやら曲解された噂として流れているみたいだ。

 まあ、ボコボコにされたのは事実なので、わざわざ弁解しようとは思わないが。

 しかし、レリアは今にも飛び掛かりそうな勢いで歯を噛みしめている。


 俺がどうにかレリアをなだめようとしたところで、口を開いたのはメイビスだった。


「噂をそのまま鵜呑みにするなんて、思考停止も甚だしいですね」


 軽く瞑目したまま、そう静かに口にするメイビス。

 すると、令嬢達の矛先はメイビスへと向かった。


「随分と舐めた口をきいてくれますわね。貴方は知らない顔ですけど、どなたですの?」


「私はメイビス・リーエル。しがない辺境の子爵の娘です」


 そんなメイビスの自己紹介を受けた令嬢からはどっと笑い声が上がった。


「まあ! 子爵の分際で侯爵家である私達にタメ口をきこうなんて十年早いですわ。それにいくら辺境の子爵家とは言え、こんな平民たちとパーティを組むなんて神経を疑いますわね」

「まったくですわ。所詮、特待生といっても慣れ合うしか脳が無いということでしょう。魔法はできたとしても世間の常識というものがおわかりではないのですわ」


 そんな令嬢の辛辣な言葉を冷静に受け流すメイビス。

 しかし、俺は気付いていた。

 メイビスの貼り付いたような笑顔の中に、怒りのマークが浮かんでいることに。


 さすがに目に余る令嬢達の発言に、俺も黙ってはいられなかった。


「パーティを組むのに貴族も慣れ合うもないだろ。それならお前達のお慕いのスコット様はどうなるんだ? 必死に媚びを売って、それは慣れ合うってことじゃないのか?」


 そんな喧嘩腰の俺の発言を受けて、一瞬キョトンとした令嬢達だったが、それもすぐさま嘲笑へと変わった。


「スコット? あはは。懐かしい名前ですわ。あの保護観察処分になって家を追い出された男のことですわね」

「これは傑作ですわ。あんな男、お慕いなどしておりませんし。わたくし達は今……」


「――貴方達、一体何をしているの?」


 直後、とても冷ややかな声が、場を支配した。

 そう。まさに支配という言葉がピッタリなほどに、その場の空気が一変したのだ。


 さっきまで罵詈雑言を吐いていた令嬢達は借りてきた猫の如く静かになり、青白い顔を見せながら、恐る恐る後ろを振り返る。


「「……シャーロット様」」


 令嬢達の視線の先に立つ人物。


 光の束を集めたような金色の髪。

 細身であるにもかかわらずハッキリと強調された胸。

 厳格とも取れる高貴で荘厳な佇まい。


 令嬢の代名詞となっている縦ロールは他の令嬢と変わらないのだが、おそらくは相当高位の貴族家出身の方なのだろう。

 有象無象の令嬢とは比較にならないほどに洗練されたオーラが、格の違いというものを物語っていた。


「私は貴方達に質問したつもりでしたが?」


 切れ長の瞳で鋭い視線を向けるシャーロットと呼ばれた女性。


「も、申し訳ございません。あの者達が、ステイラット公爵家の御令嬢であらせられるシャーロット様を侮辱しておりましたので、己が立場を教えてあげていたところです」


 どうやら俺達がこの令嬢を侮辱していたことにされてしまったらしい。

 本当に何から何まで悪役令嬢だと不快感を隠し切れない。


 しかし、ステイラット公爵家といえば、公爵家の中でも最上位の家柄。

 そして、シャーロットと言えば、現在の王太子殿下の婚約者のはずだ。

 王立学園に通っている以上、普段では決して関わることのないような人とも関わる機会があることはわかっていたが、またド偉い人が出てきたものだと、内心動揺を隠しきれなかった。


 しかし、そんな令嬢の言葉を受けて、シャーロット様は俺達を一瞥したが、心底興味がないかのようにすぐに視線を逸らした。


「どうでもいいわ。それよりも私は生徒会に用事ができたのでこの授業は中座します。貴方達も模擬戦は適当に済ませて、授業が終わったら私のところに来なさい。わかりましたか?」


「「はい」」


 その言葉にどういうわけか安堵の表情を浮かべる令嬢達。


「ただ……」


 けれど、更に続きを発したシャーロット様の言葉に再度顔を青褪めさせる。


「私が不在だからと言ってSクラスに無様に負けることは許しません。負けたら……わかっていますよね?」


「「……はい」」


 身体を震わせ身を縮こまらせて返事をする令嬢達だったが、シャーロット様はそんな彼女達に目を向けることもなく、すぐさま身を翻してこの場を後にする。


 束の間の沈黙。

 そして、シャーロット様の姿が完全に見えなくなるのを待ってお互いに頷き合った令嬢は、真剣な表情を湛えて静かに言った。


「この勝負……死んでも負けられませんわね……」

「えぇ……」




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 本日から少し更新ペースを落とします。

 書き溜め自体はあと2ヶ月毎日更新しても大丈夫なくらいは用意してますので、ご安心ください。


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