§065 第三席
結局、保健室に担ぎ込まれた俺は、次の時間の授業は欠席し、一コマ空いたあとの授業からの出席となった。
授業の名称は『適性外魔法研究』。
端的に言えば、自身の魔法適性以外の魔法の研究に取り組む学問だ。
多くの魔導士は自身の魔法適性に合った魔法の鍛錬を積むのが一般的であるが、それでは知識の偏りが生じて、バランスの悪い魔導士になってしまう懸念がある。
その点を補おうというのが、この授業の趣旨だ。
この授業も合同授業だと聞いた時には、先ほどのトラウマが蘇ってきたが、どうやら今回はAクラスと一緒とのことで、担当もアリ先生ではないようだ。
担当してくれるのは、トキノ・ミラルガ先生。
腰丈まで伸ばした茶髪と垂れ目が印象的な若い女性講師だ。
物腰柔らかで優しそうな先生であったことから、俺は心の底から安堵する。
どうやら今日は、先生が各人の力量を把握するため、三人一組でパーティを作り、その単位で模擬戦を行うらしい。
対戦相手はAクラスのパーティ。
対戦相手は後ほど先生が決めるとのことだ。
「は~い。それではまずはクラスごとに三人一組のパーティを作ってください~」
癒し系の声でトキノ先生から指示が飛び、皆が一斉にパーティを作り出す。
俺もあぶれるわけにはいかないとレリア達を探しに行こうとしたところ――――背後からこちらに真っすぐ近付いてくる足音に気付いた。
それは女性特有のコツコツと鳴るブーツの音だった。
レリアかな?と思って振り返ろうとしたところ、
「あの、もしよろしければ、私と一緒にパーティを組みませんか?」
直後、玉を転がすような淑やかでありながら凛とした声音が鳴り響いた。
俺はすぐさま向き直り、その声の主に視線を向ける。
「え、」
――同時に俺は息を漏らした。
俺が息を漏らした理由。
それは彼女がまるで天使と見紛うほどの美少女であったからだ。
肩にかかるぐらいの長さに切りそろえられた絹のような白銀の髪。
雪のように透き通った肌と、小柄で細身の体躯。
深窓の令嬢が醸し出すような儚くも可憐な佇まい。
そして、何よりも彼女の美貌を引き立てているのは、左右で色の異なる瞳だ。
いわゆる
右目はルビーのような赤色で、左目はサファイアのような青色をしている。
正直、容姿のことだけでも話題に事欠かないほどに圧倒的なオーラを放つ彼女だったが、さらにもう一つ、彼女には驚くべき点があった。
彼女は――黒い制服――を身に纏っていたのだ。
黒服を着られるのは首席、次席、第三席のみなので、彼女は消去法的に『第三席』ということになる。
シルフォリア様のことだから、当然Sクラスに第三席を配属しているのだろうとは思っていたが、まさか女の子だとは思っていなかった。
そんな二重の驚きが重なったこともあって、俺は完全に返事をするタイミングを逸してしまっていた。
そんな俺のことを興味深げに見つめる彼女は、その美貌に違わぬ柔らかな笑みを浮かべて言う。
「ふふ。いきなりすぎて少々驚かせてしまいましたかね。申し遅れました。私はメイビス・リーエル。僭越ながら、第三席を拝命した者になります」
メイビス・リーエルと名乗った少女はそう言うと、両手でスカートの裾を持ち、片足を斜め後ろに引いてお辞儀をする。
まるで高価な絵画から飛び出してきたような立ち振る舞い。
そんな気品溢れる佇まいを見ていたら、何となくリーネのことを思い出してしまった。
もちろんリーネの瞳は
それでも彼女とメイビスはどこか似ていると思ってしまったのだ。
そんな状況で俺はまだ彼女に返事が出来ていなかったことに気付いた。
「あ、すまない。俺はジルベール・ヴァルター。まさか第三席が女の子だと思ってなかったから少々驚いてしまって」
それに俺はこの声に聞き覚えがあった。
「その声。もしかして、君が『詠唱学』の時に俺のことを助けてくれた子か?」
その言葉を受けて、彼女は控えめな笑みを浮かべる。
「ええ、あの件については、さすがに目に余りましたので微力ながら」
「やはりそうだったか。さっきはろくなお礼が言えずにすまなかった。助けてくれて本当にありがとう」
「そんなに恐縮なさらないでください。私は貴方の力になれたことにとても満足しているのです」
そう言って軽く瞑目するメイビス。
そして、どういうわけか、後ろ手に組みながら一歩俺に近付くと――
「だって私、貴方のファンなのですから!」
――そう言って、突如、俺の手を取った。
そんな予想だにしない出来事に俺の心臓は大きく跳ねる。
「ちょ、ちょっと待って! 俺のファンってどういうことだ? 俺と君は……初対面だよな?」
俺は突然の行動に面食らいながらも、彼女の真意をどうにか探ろうとする。
「ジルベール君は私のことはご存知ないかもしれませんが、少なくとも私はジルベール君のことは入学試験の時には知っていましたよ?」
「……入学試験の時?」
俺は彼女に会った記憶を喚起させようとするが、この流れは慮外にも遮られることになる。
――なんと、レリアが俺とメイビスの間に割って入ったのだ。
そして、握り合っていた手を引き離すと、こちらに向き直って言った。
「握手にしては少々距離が近すぎるのではないでしょうか、ジルベール様」
メイビスには背を向け、俺に面と向かった体勢を取るレリア。
声はいつもどおり可憐で淑やかだ。
しかし――そこには鬼がいた。
「お、落ち着けレリア。彼女は俺を助けてくれた恩人であってだな……」
俺は冷や汗を流しながら、なぜかレリアに言い訳をする。
すると、レリアはしばらく俺に対して鋭い視線を向けていたが、軽い嘆息の末、声のトーンを落として俺にだけ聞こえる声で言った。
「(私もあの場にいましたのであの子がジルベール様を助けてくれたことは知っています。私を含めた生徒全員がアリ先生の凄まじい威圧感に圧倒される中、あの子だけは颯爽と前に出てジルベール様を助けてくれました。その点については感謝しかありません。でも、初対面で失礼かと思いますが、何となくあの子、危険な気がします。特に第三席でありながら、ジルベール様に好意的というのがどうにも腑に落ちません)」
女の勘というやつなのだろうか。
恩人であることを理解しつつも、メイビスに対して警戒心を解かないレリア。
どうやらレリアなりに俺のことを心配してくれているみたいだ。
それにレリアの言うことも一理ある。
彼女は第三席。
実力者であればあるほどプライドはあるだろうし、もし、シルフォリア様の魔石の件が無ければ自分が次席だったこと考えると、他の生徒みたいに「なんとなく納得がいかない」という他人事のレベルの非難ではなく、当事者として俺のことを敵視していてもおかしくないのだ。
それに彼女からすれば首席である俺は是が非でも蹴落としたい存在。
それなのにわざわざ「俺のファン」であると宣った上で、俺とパーティを組もうとする理由が見出せない。
そう思う他方で、俺は出来れば自分以外の特待生とは仲良くしたいと思う派だった。
本当の実力者というものが、どんな実力で、どんな魔法を使って、どんなことを考えるのか。
それに興味を持つのは、人間の性ではないかと思うからだ。
それに彼女は少なくとも俺にとっては命の恩人なのだ。
レリアは彼女に対して否定的な感情を抱いているようだが、『女の勘』というだけで、メイビスと仲良くなれる機会を棒に振ってしまうのは、とてももったいないことな気がしてならなかった。
その旨をレリアに耳打ちすると、不満そうな表情を見せながらも、「ジルベール様がそう言うなら」と最後には納得してくれた。
「やはりジルベール様はああいう深窓の令嬢のような子がタイプなのですね」という声も聞こえたような気もするがきっと空耳だろう。
「メイビスさん、パーティの件、こちらからもお願いするよ。改めて、俺はジルベール・ヴァルター」
「私はレリア・シルメリアと申します」
ちゃっかりと自分も挨拶するレリア。
「こちらこそ、改めまして私はメイビス・リーエル。これからよろしくお願いしますね。あ、あとメイビスさんはやめてください。せっかく同じ学年なのですから気軽に『メイビス』とお呼びください」
そうして彼女は可憐に微笑んだ。
これが第三席メイビス・リーエルとの初めての邂逅だった。
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