§064 合同授業

 俺達、Sクラスの面々はBクラスとの合同授業のため、指定された場所に参集していた。


 そこは学園の敷地内にある広大な原っぱだった。


 『詠唱学』とは、端的に言えば、詠唱魔法の発展の歴史や、効率的な詠唱方法を学んだりする授業。

 そのため、先ほどのオリエンテーションのような教室で授業が行われると思っていたが、その予想は見事に裏切られたようだ。


「『詠唱学』を担当するBクラス担任のアリ・ベナートだ。Bクラスには既に自己紹介は済んでいるし、わざわざSクラスのために自己紹介をする必要性も感じないので、これ以上の余談は割愛させていただく」


 Bクラスの担任であり、詠唱学の担当でもあるアリ・ベナート先生は、開口一番にそう言い放った。


 男性にしては長めの黒々とした髪に、威圧的な切れ長の目。

 そして、その長い髪の陰から見え隠れしているのが、顔の右半分に刻まれた呪言のような文字。

 その風貌と口調が相まって、シルフォリア様の言う通り、なんとなく癖が強そうな印象を受ける。


「『詠唱学』とは文字通り『詠唱』を学ぶ学問だが、多くの生徒がこの学問を暗記科目と理解し、詠唱の真髄を理解しているものはごくわずかだ」


 そう言って鋭い視線を走らせたアリ先生は、生徒を指名する。


「SクラスのMr.ユリウス。君の理解している『詠唱魔法』について説明してみろ」


「は、はい!」


 突如、指名されたユリウスは姿勢を正して答える。


「詠唱魔法は『詠唱』によって魔術式を編み込み、魔力を行使する方法です。発動までの時間の短さ、場所も選ばない臨機応変さから、現存する魔法の九十九%が詠唱魔法に該当すると言われています」


 まさに模範解答どおりの回答だった。

 だが、そんな回答を聞いたアリ先生は小馬鹿にするように鼻で笑った。


「これだから教科書を丸暗記すればいいと思っている馬鹿は……。魔法のイロハも知らない君達でもわかるように説明してあげよう。詠唱魔法は確かに現代魔法の大部分を占めるものではあるが、その本質は古代魔法である『』の劣化版のコピーだ」


 アリ先生の放った「呪詛」という言葉に授業全体が静まり返る。


 それもそのはず。

 『呪詛』というのは、現代では使う者がほとんどいない古代魔法の一つだからだ。


 しかし、『呪詛』と『魔法陣』では歩んできた歴史が大きくことなる。


 『魔法陣』は使い勝手が悪く廃れたという歴史があるが、『呪詛』はがゆえに全世界で使用が禁止された結果、使える者がいなくなったというのが正確なところだ。


 その旨をアリ先生が説明する。


「知ってのとおり、『呪詛』は現代魔法では禁呪扱いだ。だが、詠唱を組み替えたり、区切り方を変えることによって、詠唱魔法を限りなく呪詛に近づけることを禁止しているものではない。私はこれをと呼んでいるのだが、この授業ではそんな詠唱魔法の真髄を君達に教えて進ぜよう。とまあ口で言っても猿並みの脳味噌の君達には伝わらないと思うので、実際にを特別に披露しようじゃないか。そうだな……」


 そう言って顎に手を当て、蛇のような視線を這わせるアリ先生。


「首席であるMr.ジルベール、前へ」


「は、はい」


 俺は突然の指名に面食らいながらも、先生に促されるままに一歩前に出る。


「君は『魔法陣』などという荒唐無稽な古代魔法を使うみたいだが、私からみれば『魔法陣』など魔法にあらず。私の授業では『魔法陣』の使用は一切禁ずることとする。よいな?」


 アリ先生は俺のことを陰湿な視線で見つめるとそう言い放った。


 確かに『詠唱学』という学問の性質上、『魔法陣』の使用が馴染まないというのはわかる。

 ただ、シルフォリア様からも「誇りを持て」と言われている魔法陣をこうも一方的に禁止されてしまうのは、少し一方的な気がしてならなかった。


「返事はどうした」


 ただ、俺に拒否権は無かったようだ。

 アリ先生は凄味を利かせ、俺のことを睨みつけて来た。


「……はい。わかりました」


 さすがに入学の初日から、しかも、講師相手に問題を起こすのは得策ではない。

 そう考えて俺は渋々首肯する。


「ふん。詠唱魔法もろくに使えない分際で、プライドだけは一人前というわけか。詠唱魔法の偉大さを教えるにはいい機会かもしれないな。では、君には雷魔法の最も基礎的な初級魔法である『ささやかな雷鳴タイニーボルト』の呪詛返りした威力を体感してもらおう」


「呪詛返りって本当に大丈夫なのか? 呪詛って禁呪だろ。それに限りなく近付けるって……」

ささやかな雷鳴タイニーボルトなら大丈夫だろ。ちょっとビリっとする程度の魔法だし、いくらそれが呪詛に近付いたところで……」


 不安の声が幾人もの生徒の口から漏れるが、アリ先生は何の躊躇いもなく、詠唱を口にした。


「――『стоя на коленях』――」


 それは『ささやかな雷鳴タイニーボルト』とは似ても似つかない言語での詠唱だった。


 刹那――まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃が身体中を駆け巡った。


「ぐがっ!」


 同時に、全身に電気を流したかのような激痛が突き抜け、俺は声にならない声で上げ、地面に倒れこんだ。


「ジルベール様!」


 レリアの声が聞こえたような気がするが、もはやそんなことを考えている余裕などなく。

 激痛は絶え間なく続いた。

 俺は悶え苦しみながらも、助けを求めることも許されずに、ただ地面の上を転がり回る。

 もはや上下左右の感覚も無くなり、視界も段々とホワイトアウトしていく。

 それでも、アリ先生の手が緩むことはなかった。


「わかるか、これが呪詛返りの素晴らしさだ。初級魔法であるささやかな雷鳴タイニーボルトですらこの威力だぞ。それに、例えば、詠唱中のこの部分をこう変えるだけで……魔法の性質が変わる!」


 今度は電気による激痛ではなく、喉の中に針を流し込んだような激痛が俺の身体を蝕んだ。


「どうだ? Mr.ジルベール。詠唱魔法の真髄が少しはわかってきただろう。だが、まだ足りないな。次はもう少し威力を上げて……」


 どうやらアリ先生は新たな魔法を繰り出そうとしているようだ。

 俺は意識が飛びそうになるのを必死に堪えるが、さすがにそろそろ限界だった。

 もうすぐ意識が飛ぶ。


 そう思った瞬間――


「いくらなんでもやりすぎではないですか」


 ――銀鈴を振るうような声が広大な草原に響き渡った。


 同時に、アリ先生の魔法は消失する。


「私の高尚な授業を邪魔しようというのか? 君は確かSクラスの……」


「さすがに目に余りました。アリ先生、貴方の使用した魔法はでもなんでもなく、そのものですよね? 貴方の魔法からは雷属性特有の空気振動が感じられませんでした」


「…………」


「そして、呪詛の使用は『世界禁止魔法条約』第5条1項4号により禁止されています。ご聡明なアリ先生であればもちろん承知の上と思いますが、私が然るべき機関に通報すれば、貴方は一生獄中で生活することになりますよ。それでも尚、この茶番を続けるおつもりですか?」


 レリアとはまた違った女の子の声。

 そんな論理的かつ確固たる意志を持った言葉を前に、アリ先生の声にも初めて動揺の色が滲んだ。


「ふむ。君は中々博識のようだ。君の勇気と聡明さに免じて、今日の授業はここまでとしよう」


 そんな言葉を置いて、アリ先生の立ち去る足音が聞こえる。

 そして、そんな足音と入れ替わるように俺の下に駆け寄ってくる二つの足音。


「ジルベール様! 大丈夫ですか!」

「ち、治癒魔法をかけます。少々お待ちください」


 俺は激痛に顔を歪めつつも薄っすら目を開けると、心配そうな表情で見つめるレリアとアイリスの姿があった。


 けれど、俺はどうしても気になることがあった。

 あれほどの威圧感を放つアリ先生に真っ向から立ち向かった少女の声。


 俺はその主の姿を一目でも確認しようと、先ほど声が聞こえてきた方向に視線を移す。

 しかし、そこには既に彼女の姿は無く。

 どうやら立ち去ってしまった後のようだった。


 出来れば直接お礼を言いたかったのだが……。


 そんな思いを抱きつつも、さすがに身体が限界だったようで、俺の意識はそこでプツリと途絶えたのだった。


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