§063 |絶対階級《スカラ・カースト》

 俺はまさかの六天魔導士の登場に驚きを隠せなかった。

 いや、当然俺だけでなく、教室全体がざわめいているのがわかる。

 そんな光景を満足そうに眺めたシルフォリア様はゆっくりと教壇に立つ。


「まずは入学おめでとう、Sクラスの諸君。このクラスの担任を務めることになったシルフォリアだ」


「おおっーー!!」


 シルフォリア様から発せられた「担任」という言葉に教室中から歓声が上がる。


 それもそのはず。

 シルフォリア様は王立学園の学園長であると同時に世界最高峰の魔導士である六天魔導士。

 そんなシルフォリア様が直々にクラス担任を受け持つなど誰に予想できただろうか。


 まるでお祭りのように沸き立つ生徒達。


 この光景を入学試験の挨拶の際にも見たような気もする。

 どうにも俺はシルフォリア様に関わりすぎて感覚が麻痺しているようだが、やはりシルフォリア様の影響力は絶大のようだ。


「少しばかり期待をさせすぎてしまったかな。担任と言っても我が学園は教科担任制を採用している。そのため、常に君達に付きっきりというわけにはいかない。ただ、その代わりと言ってはなんだが、進路相談やイベントの類いは私が責任をもって面倒を見るので、何か困ったことがあったら遠慮なく私に頼るように」


 その言葉に更に沸き立つ生徒達。

 そんな生徒達を両手で制しつつ、シルフォリア様は言葉を続ける。


「あと忘れないうちに伝えておくと、現在一年生の学生寮は改修工事のため入寮の時期が遅れてしまっている。この点は不便をかけることになるが、ホテル代は学園が負担するので、せいぜい一人の時間を満喫するといい。さて、事務連絡はここまでにして、ここからが本題だが、我が学園の基本的な制度については既に理解しているかな?」


 その問いかけに若干前のめり、いや、非常に積極性のある生徒が「もちろんです!」と答える。


「ふむ。やはりSクラスは優秀な生徒が多いな。それでは基本的な説明は割愛するとして、少し特殊な制度である『絶対階級スカラ・カースト』制度についてのみ説明しようと思う」


 ――絶対階級スカラ・カースト制度。

 これは王立学園の創設以来、受け継がれてきた伝統的な制度の一つ。

 簡単に言うと、ポイントによるランク付けのことだ。


 王立学園での成績は『スカラ』と称される点数によって管理される。

 例えば、考査で優秀な成績を修めたり、普段の生活で目を見張るような功績を上げた者には、その分、スカラが付与され、逆に考査の成績が悪かったり、何か問題行動を起こした者からは、その分、スカラが剥奪されるといった具合である。


 そして、この絶対階級スカラ・カースト制度は入学試験も例外ではない。

 俺達は合格順位に応じて、既にスカラが付与されているのだ。


 これは、言い換えれば、入学時点で既にスカラの格差が生じているということであり、更に言えば、首席合格者である俺は現時点では学年でトップのスカラ所持者ということになる。


 この競争心を煽るに煽った絶対階級スカラ・カースト制度こそが、王立学園を王国最高学府たらしめる背景となっているのだ。


「そんなスカラを獲得する方法は主に三つある」


 シルフォリア様が軽い詠唱とともに、黒板にその三通りの方法を表示する。


「一つ目が、定期的に行われる授業や考査の成績によって学園側から付与されるもの。二つ目が、学年行事などのイベント事の際に報酬として付与されるもの。そして、最後の三つ目が、生徒同士がをしてスカラそのものを奪い合うもの。まあ、三つ目は、お互いの同意が必要だったり、教師の許可が必要だったりと、諸々手続きが煩雑なのでそこまで多くは用いられていない。基本的には、考査やイベントなどを頑張ってスカラを増やすのが一般的だ。

 そして、学年末におけるスカラの保有数が多かった上位三名を次の学年の首席、次席、第三席と扱うことになる。逆に学年末におけるスカラの保有数がマイナスになった場合には退学してもらうことになる」


 ここまでは事前に配付されていた資料に書いてあった内容だ。

 そのため、生徒達は静かにシルフォリア様の説明を聞いていた。


 そこでシルフォリア様は言葉を切り、教室内を見渡す。


「さて、私からの説明は以上だが、何か質問のある者はいるか?」


 その言葉に即座に挙手をした生徒がいた。

 緑髪に眼鏡の生徒、ユリウスだ。


絶対階級スカラ・カーストとは直接関係ないのですが、クラス分けについて質問があります」


「ふむ。良いぞ。言ってみなさい」


「王立学園は伝統的にクラス分けも成績順であると聞いております。また、先ほどシルフォリア様も『このSクラスは成績優秀者を集めた言わば選抜クラス』だとおっしゃいました。ただ、僕は入学試験の成績は奮わず、とてもSクラスに配属されるような順位ではなかったと思います。これは何かの手違いではないでしょうか。もし手違いでないのなら、それでも尚、僕がSクラスに配属されている理由をご教示願えないでしょうか」


 とても馬鹿正直な質問。

 ユリウスの言うとおり、もしクラス分けが入学試験の成績順に行われているのであれば、俺やセドリックはともかく、レリアやアイリスまでもがSクラスに配属されているのはおかしいと言える。


 しかし、仮にそれが手違いによる産物だったとしても、せっかく選抜クラスであるSクラスに配属されたのだ。

 それを自身の成績を吐露してまでわざわざ質問したりするだろうか。

 俺なら絶対しない自信がある。


 それでもユリウスは質問した。

 俺の中でユリウスの印象が百八十度変わる瞬間だった。


 ユリウスは俺が思っている以上に真面目なやつなのかもしれない。

 先ほどのアイリスとの振る舞いも相まって、入学試験の時に抱いていたユリウスの印象は完全に瓦解していた。


「ふむ。もっともな質問だな。ユリウス君の言うとおり、我が学園は代々成績上位者順にSクラス、Aクラス、Bクラスと割り振っていく方式を採用していた。この方式を採用していたのは、我が学園が次世代の六天魔導士を養成する教育機関であるがゆえだ。しかし、近年の卒業生からは、、残念ながら六天魔導士を輩出できていない。その理由がわかるかな、ユリウス君」


「はい。座学による成績に偏重した結果、魔法実技、すなわち魔法による戦闘が軽んじられたからだと思います」


「そのとおり。絶対階級スカラ・カーストでスカラを稼ぐ手段は、基本的に考査でいい点数を取ることだ。しかし、これでは頭でっかちの魔導士を量産することになって、真に優秀と言える魔導士は輩出できない。私はそんな状態を危惧して入学試験の選考スタイルを筆記試験+魔法実技から『模擬戦方式』に変更した。これにより、あくまで将来有望といえる人材をある程度選別できたとは思っている。……しかし、それだけでは真なる適性を測れないのも事実。そこで、私は入学試験の全てのシーンを録画魔法により見返し、入学試験の成績だけでなく、『魔法適性』、『魔力量』、『知識量』、『固有魔法の性質』、『戦闘スタイル』、『成長可能性』などありとあらゆる要素を見させてもらった。そして……今、ここにいる十五名を選んだ」


 シルフォリア様はそう言うと尊大にも両の手を広げ、目をキラキラさせて生徒一人一人の顔を眺める。


「君達がこの学年でトップを走る存在に他ならない。換言すれば、今、このSクラスにいる十五名がであると言えるだろう」


 シルフォリア様は静かに瞑目する。


「もちろん慢心させるつもりはないが、私は君達の中から次世代の六天魔導士が誕生すると思っている。だから、君達は私の期待を裏切らないためにも、決してSクラスからAクラスやBクラスに転落することがないよう、精一杯勉学に励んでくれたまえ」


 その言葉には質問をしたユリウスを始め、今までクールな表情を崩さなかったセドリックまでもが驚いているようだった。

 ゆっくりと瞳を開けたシルフォリア様は、満足気にニヤリと笑う。


「さて、つまらない業務説明はこれくらいにして……早速カリキュラム通りの授業に取り組んでもらう。Sクラス最初の授業は、Bクラスと合同で行う『詠唱学』。担当の講師が……ちょっと独特ゆえにハードな授業になるかもしれないが、まあ君達なら大丈夫だろう」


 シルフォリア様はそんな不穏な言葉を残して、教室を後にしたのだった。


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