§060 制服
「おお、レリア! おはよぉぉ?」
俺は目の前に立つ少女を見て、思わず声が上擦ってしまった。
というのも、レリアはいつもの修道服ではなく、学園の制服に身を包んでいたからだ。
レリアが身に纏う制服は白を基調とした非常に清楚なもの。
白色のブレザーにブラウス。
スカートとネクタイは白色を強調させる濃紺で、スカートは膝丈よりもかなり短い仕様になっている。
昨日の入学式は新入生代表挨拶などでバタバタしていたし、入学式が終わった後は偉い人への表敬訪問などで潰れてしまったため、結局レリアに会えていなかった。
そのため、制服姿のレリアを見るのは今日が初めてだったのだ。
レリアも王立学園に通う以上、制服を着るのは当たり前だ。
ただ、俺は勝手に「レリアは修道服姿以外ありえないだろう」と決めつけていた。
しかし、いざレリアが制服に袖を通してみると、ハイウエストのスカートにより一際強調された双丘といい、惜しげもなく晒された雪のように白い太ももといい、それはもう……言葉にできないほどの破壊力があった。
「?? キョトンとされてどうされました?」
「い、いや、何でもない」
不思議そうに小首を傾げるレリアを見て我に返った俺は、レリアの肢体から視線を逸らすと、全てを誤魔化すようにかぶりを振った。
「変なジルベール様です。それよりどうですか、この制服。スカートがちょっぴり短いような気がしますが、似合ってますでしょうか?」
せっかくレリアの制服から目を逸らしたというのに、レリアからの追撃により、またしても俺の視線はレリアの制服に吸い寄せられる。
それに呼応するようにスカートを気持ち下に伸ばすような仕草をして頬を赤らめるレリア。
これはこれで凄まじい破壊力だが、制服だけでここまで狼狽えていたら今後の学園生活に支障をきたしかねない。
俺は軽く咳払いをして邪な気持ちを振り払うと、レリアに素直な感想を述べる。
「ああ。とてもよく似合ってるよ」
その言葉に「えへへ」と頬を緩めるレリア。
「ありがとうございます。修道服以外の服ってほとんど着たことなかったので少し不安だったのですが、ジルベール様にそう言っていただけると自信になります。ジルベール様もその黒い制服、とてもよくお似合いですよ」
「ありがとう。そう言えば女子の制服は白色なんだな」
その言葉にレリアが「あっ」と声を漏らす。
「あ、ジルベール様はもしかして制服の色の違いをご存知ないのですか?」
「ん? と言うと?」
「今ジルベール様が着られている制服は黒色。そして、一般生徒が着ているのが白色です。黒服は特待生の証であり、着ることが許されているのは各学年の首席、次席、第三席に限られています」
今まで全く知らされていなかった事実に俺は衝撃を受ける。
競争心を煽るために首席から第三席には様々な特別待遇が用意されているとは聞いていたが、まさか制服もその一つだったのか……。
確かに言われてみると周りには白服の生徒しかおらず、黒服の俺は明らかに浮いていた。
朝から異様に視線を感じるとは思っていたが、どうやら昨日の新入生代表挨拶の影響だけでなく、そういうカラクリもあったようだ。
それを左証するように、俺達の横を通り過ぎる生徒の声が聞こえてきた。
(黒服を着てるってことはあれが例の首席合格者? 昨日は遠くてあんまり顔が見えなかったんだよね)
(ああ、得意魔法が『魔法陣』とかってやつでしょ。確かあんな感じのつまんなそうな顔だったと思う。っていうか魔法陣とかマジだっさいよね。時代遅れにもほどがある)
(なんでもシルフォリア様が話題作りのために合格させたって噂だよ。まあ話題になってるしシルフォリア様の作戦も成功だね。ぷふっ)
俺に対する明確な陰口。
『魔法陣』のことは仕方ないとして、つまんなそうな顔ってどんな顔だよ。
ほうっておいてくれ。
そんな俺に対する悪意を見て、さっきまで明るい表情だったレリアの表情も曇る。
「あの……ジルベール様。あまりお気になさらないほうが……」
レリアはどうやら心配してくれているようだ。
けれど、新入生代表挨拶でのシルフォリア様の介入はさすがに予想外ではあったが、入学前のシルフォリア様とのやり取りや、セドリックの宣戦布告。そして、何よりレリアに対して『首席合格者として俺は強くなる』と宣言しているのだ。
俺に向けられる非難の視線については、ある程度気持ちの整理はついていた。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。確かにシルフォリア様があの場でぶっちゃけるとは思ってなかったけど、『魔法陣』のことだって実際に戦ったユリウスやスコットも合格しているんだから今更隠そうとも思っていない。逆にあんな感じにシルフォリア様が俺の秘密を暴露してくれたからこそ、むしろ割り切って学園生活を迎えられるんじゃないかと前向きに捉えているよ」
俺はそこで一旦言葉を切り、言うか言わまいか迷ったが、自らの気持ちに正直になってレリアを見つめる。
「まあ、朝、レリアに会うまでは鬱々とした気持ちだったことは否めないけど……レリアの制服姿を見たら、元気出たよ」
「え、私の制服……ですか?」
「ああ、なんか学園生活が楽しみになった」
俺の言葉を聞いて、大きく目を見開くレリア。
男とは単純なものでレリアの制服姿を見たら細かいことなどどうでもいいと思ってしまったのが実際のところだ。
ただ、自分で言っておきながらさすがに今のは気持ち悪かったかなと慌てて取り繕おうとしたが、それよりも先にレリアが口を開いた。
「私の制服にそんな力があったなら……大変嬉しく思います」
そう言ってレリアは殊更に頬を赤らめる。
どうやら変態認定は免れたようで、ひとまずホッとする俺。
そして、そろそろ授業棟に向かわなければと、レリアを先導しようとしたところ――レリアが遠慮がちに口を開いた。
「……あの、ジルベール様は気にされていないということなので、余計なお世話かもしれませんが――ジルベール様は全生徒の『憧れ』なのです」
「ん?……憧れ?」
俺は唐突に紡がれたレリアの一言に首を傾げる。
「そうです。ジルベール様は首席合格者。周りからの僻みや妬みは想像以上のことと思います。でも、それは『憧れ』の裏返しにすぎません。首席合格という栄誉は並大抵の努力で勝ち取れるものではありません。だからこそ、人は羨み、僻み、妬むのです。でも、ジルベール様にはこれだけは忘れてほしくないのです」
そう言ってレリアは伏せていた目を上げ、扇情的な視線を俺に向ける。
「ジルベール様に負の感情を持っている人がいると同時に、ジルベール様に憧れの感情を持っている人もたくさんいるのです」
そうしてまた恥ずかしそうに視線を下に向けるレリア。
「ジルベール様が入学前に私に言ってくださった言葉を覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
そんなレリアの問いかけに俺は頷く。
「――俺は強くなるよ。その言葉を言い放ったジルベール様のお姿、本当にかっこよかったのです。私は周りから好奇の目にさらされようともそれに立ち向かおうとするジルベール様に尊敬の念を抱きました。それと同時に、私もそんなジルベール様を支えられるように強くなりたいと思うようになりました。私の目標の
そこまで言ったレリアは俺の手を取った。
「私はジルベール様と黒服で肩を並べてこの学園を一緒に卒業したいです。そう、私も卒業までにはジルベール様と同じ特待生になりたいのです。私はそのためにこれからの学園生活、たゆまぬ努力をするつもりです。だから……あの……周りの視線を全く気にするなというのは無理かもしれませんが、シルフォリア様があの場でジルベール様に発破をかけたのは、首席合格者である事実を誇りなさいという意味があったのではないかと思います。そして、私もジルベール様には首席合格者として堂々と胸を張って……いつまでも私の『目標』でいてもらえたらな……なんて思ったりなんかして……」
そこまで言うと、レリアは自分の言葉が急に恥ずかしくなったのか、風船の空気が抜けるように顔を真っ赤にして俯いてしまった。
俺は心の中でレリアの言葉を咀嚼する。
正直なところ、僻みや妬みが『憧れ』の裏返しなんて今まで考えもしなかった。
……俺がレリアの『目標』か。
今更ながら俺は自覚する。
朝の鬱々とした気持ちはレリアの制服姿を見ただけで吹き飛んでしまった。
それだけでなく、レリアの言葉が、気持ちが俺のことを明るく照らしてくれる。
そう。俺は学園生活に憂うことなど何もなかったのだ。
俺の隣にはレリアがいてくれる。
それだけで俺の学園生活は十二分に充実したものになるだろう。
俺はレリアに言う。
「レリアの気持ちちゃんと受け取ったよ。自戒を込めてもう一度だけ宣言しておく。――俺は強くなるよ」
それを聞いたレリアは優しく微笑むとぶんぶんと首を縦に振った。
「はい! 私も!」
そうして俺達はお互いに頷き合うと、クラス分けが貼り出されている掲示板へと向う。
その二人の足取りは、二人の前途を祝すように、とても強く、軽やかなものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます