第8章【入学】

§059 初登校日

 運命の出会いから一ヶ月が過ぎた春の日差しの中――


 俺は王立セレスティア魔導学園の門をくぐっていた。


 袖を通すは先日配付されたばかりの真新しい制服。

 指定された制服は濃紺のブレザーに臙脂色のネクタイととてもクラシックなデザインのもので、胸には王立学園を象徴する大鷲おおわしと六本の聖剣がモチーフの校章が輝いている。


 今日は初めての登校日。

 そう。今日から夢にまで見た王立学園での学園生活が始まるのだ。


 俺は期待に胸を膨らまし、軽やかな足取りで授業棟へと足を向けているかというと……決してそんなことはなかった。


 むしろその逆で、どちらかというと足が重い。


 なぜ待ちに待った登校日だというのにこんなにも気持ちが沈んでいるかというと、それは昨日開催された入学式まで遡る。


 何を隠そう俺は首席合格者ということで新入生代表挨拶の栄誉を賜ったのだ。


 俺は人前でしゃべるのは得意ではない。

 ただ、こう見えても一応は貴族家の出身。

 処世術としてのプレゼンやスピーチの類いは、概ね体得しているつもりだ。


 要は事前準備と反復練習が全て。


 皆の模範とならなければならない立場での挨拶はそれなりにプレッシャーもあったが、幸いなことに記憶力には自信があった。


 というわけで、俺は新入生代表挨拶に向けて、詳細な口上を作成し、部屋の染みに向かって毎日毎日練習を繰り返したのだった。


 そして向かえた本番当日。

 俺は高鳴る心臓を抑えつけて演台に登り、練習どおり挨拶を始めようとした瞬間――


「えぇー、彼が入学試験において私から魔石を奪い取り、見事、首席合格を果たしたジルベール・君だ」


 ――シルフォリア様の一言で全てが崩れた。


 俺が「ヴァルター」の姓を名乗ることについては、事前にシルフォリア様と打合せ済みだった内容だ。

 既にレヴィストロース家を追放されている身で、次席のセドリックと同じ姓を名乗るのは具合が悪い。

 そんな理由からシルフォリア様にお願いして、学園の登録上、偽りの姓を名乗ることを許可してもらったのだ。


 それはいい。それはいいのだが……あろうことかシルフォリア様は、非公開情報とされているはずだった俺が『一○○万個』の魔石を保有して首席合格した事実を全校生徒の前で暴露したのだ。


 それはシルフォリア様が俺にを出したことを推認させる事実であり、公平・公正な実力主義を重んじる王立学園の学園長たるシルフォリア様にとって都合の悪い事実だ。


 しかし、シルフォリア様はそれを言い切った。

 俺は驚きのあまり声も出せず、ただ茫然と立ち尽くすだけだったのを覚えている。


 けれど、シルフォリア様の暴走はそれだけでは済まなかった。

 一瞬、俺の方を振り返り、もはや恒例となりつつある子供のような無邪気な笑顔を浮かべたかと思ったら――


「私は彼の『』に手も足も出なかった」


 ――更に事もあろうか、シルフォリア様は、俺の得意魔法が『魔法陣』であることも全校生徒の前で暴露したのだ。


 もはやここまでくると茫然を通り越して、開いた口が塞がらなかったのをよく覚えている。


 そこからは新入生代表挨拶改めシルフォリア様の独演会だった。


 シルフォリア様はさすがに俺の固有魔法が【速記術】であることは明言を避けたようであるが、それでも俺が「首席の座を譲るつもりはない」と言っただの、「王皇選抜戦では圧倒的な勝利を見せると宣言した」だの、あることないことをしゃべり続けたのだ。


 そして、シルフォリア様がしゃべればしゃべるほど俺に向かう生徒の視線がどんどん厳しくなる。


 そりゃそうだ。

 シルフォリア様は六天魔導士であって、一介の生徒がどうにかできるお方ではない。

 そんなシルフォリア様から魔石を奪い取ったとあっては、何かしらのカラクリがあるのではないかと思うのが必然。

 しかも、その者の得意魔法が時代遅れとされる『魔法陣』だと聞けば、その疑念は更に強まる。


 そんな明らかに《普通ではない》俺に誰が尊敬の眼差しを向けるだろうか。


 むしろ俺のことをよく思わない生徒が大半だろう。

 その証拠に挨拶が終わった後の拍手も疎ら。


 どうやら俺の学園生活は入学の初日から出鼻を挫かれた形になってしまったようだ。


 俺は固有魔法を蔑まれ、レヴィストロース家を追放された身。

 侮蔑の視線には慣れているし、あの夢も希望もない山小屋生活に比べたら、王国最高峰の魔導学園である王立学園に首席で合格できているのだから、何も憂うことはない。


 それに俺は先日のシルフォリア様との邂逅で、自身の固有魔法を恥じることなく首席として振る舞うことを宣言した。


 その気持ちに嘘偽りはない。嘘偽りはないのだが……。

 いざその状況に直面してみると、それは想像以上に厳しいものだった。


「ジルベール様!」


 そんな俺の鬱々とした気持ちを吹き飛ばしてくれるほどに、淑やかでありながら快活な声が校舎内に響き渡った。


 俺は声の方に振り返る。

 そこに立っていたのは、一ヶ月振りに会うレリアだった。




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