§058 幕間(レヴィストロース家再訪②)
父上の部屋から出ると、そこに立っていたのは、他でもないセドリックだった。
「父上と何を話していた?」
セドリックは腕を組み、壁に背をもたれたまま、俺に鋭い視線を向けてくる。
家督を継ぐ予定だったセドリックからすれば、俺がレヴィストロース家に呼び戻された話は気が気ではない。
そのため、俺達の動向を探るために、ずっとここで待っていたのだろう。
けれど、俺はその話は断ったばかり。
セドリックの不安を無駄に煽るのもよくないので、俺は素直に今あったことを話す。
「父上から家に戻ってくるように言われたけどきっぱり断ったよ。そうしたら正式にレヴィストロース家から破門された。ただ、それだけのことだ」
その言葉に一瞬目を見開いたセドリック。
「俺はもう『レヴィストロース』の家名を名乗ることができなくなったわけだ。これでお前にもう迷惑をかけることは何もないよ。仮に学園で俺とお前が関わることになったとしても、お前は俺のことなど赤の他人と無視すればいい」
自分でも少し冷めたことを言っていることは自覚している。
けれど、セドリックが俺のことを良く思っていないのは周知の事実だ。
セドリックからすれば愚兄と縁が切れたことは喜ばしいことに違いない。
そんな気持ちから俺はセドリックと絶縁することを心に決めていた。
しかし、そんな言葉にも沈黙を守るセドリック。
そんなセドリックを俺はしばらく見つめていたが、俺もこの家に長居するつもりはない。
セドリックと兄弟として会話をするのはこれが最後だろうなという思いから、俺は微かに笑みを湛えて言う。
「じゃあ。俺はセレスティアに戻るよ。今までありがとう。元気でな、セドリック」
そうして、俺がこの場を去ろうとした瞬間――
「本当にそれでいいのか?」
――セドリックの凄味のある声が聞こえた。
俺はもう一度、セドリックに目を向ける。
「どんな不正を使ったかは知らないが、曲がりなりにも王立学園に首席で合格したんだろ? それで父上はお前をこの家に呼び戻そうとしたんだろ? それなのになんで……」
尻すぼみになる声。
俺はセドリックからこんな言葉が出るとは思っていなかったので心底驚いていた。
家督を継げることとなっているセドリックにとってみれば、俺がレヴィストロース家に戻ってくることは百害あって一利なしだ。
それにもかかわらず、セドリックは俺を呼び止めた上で、問うてくる。
一見、冷静に見えるが、セドリックの瞳には何か強い決意のようなものが宿っているように感じた。
そんなこともあって、俺は心の内を素直に話そうと思った。
「俺の居場所はもうここじゃないんだ」
俺は軽く瞑目して、しみじみと言う。
「確かに追放された時はつらかったよ。住む場所がないという苦しさもあったけど、何よりも今までの努力が……固有魔法が外れだったというだけで否定されたのが……心の底から悲しかったし、悔しかった」
「…………」
「……でも、俺はレリアに出会った」
「……レリア。あの修道女か」
「ああ。レリアは俺の固有魔法を『誰にも真似できない個性』だと言ってくれた。これだけ本当に俺は救われたんだ。それからシルフォリア様に出会って、レリアと一緒に王立学園を受験して、新たな友達もできた。これらはきっとあのままレヴィストロース家にいたのでは得られなかったかけがえのないものなんだ。俺はこのかけがえのないものたちを大切にしたい」
そこまで言って俺はスッと視線を上げ、真っすぐにセドリックを見つめる。
「だから戻るよ。ここには俺は必要ないから」
その言葉を咀嚼するかのように、歯にギリギリと力を入れるセドリック。
どういう感情かはわからないが、心なしか身体が微かに震えているようにも見える。
そんなセドリックを確と脳裏に刻んだ後、俺はゆっくりと瞳を閉じる。
そして、再度背を向けて、静かに言った。
「俺はもうお前の兄ではなくなる。これで本当に最後だ」
そう言って俺はゆっくりと歩き出す。
一歩……二歩……三歩……と。
「兄さん!」
そんな感情を震わせる声が廊下内を木霊する。
俺は思わず向き直っていた。
すると、そこに立っていたのは、いつになく感情を露わにしたセドリックだった。
「僕が勝ち逃げを認めると思ってるのかよ、兄さん……」
セドリックは身体をわなわなと震わせながら、俺を睨みつけるように言う。
「僕は入学試験では確かに兄さんに負けた。試験は結果が全て。その結果に文句を言うつもりなど更々ない。……でも、次は絶対に負けないッ!」
セドリックの威勢に俺は思わず目を見開く。
「一学年が終わる時に、再度、席次の査定が行われる。その時に俺は兄様から必ず首席の座を奪還する! そして、父上にも他の全ての民にも、僕が、セドリック・レヴィストロースが、レヴィストロース家の当主にふさわしいと認めさせてみせる! だから兄さんは……」
セドリックは一呼吸を置いて言った。
「――僕以外の奴には絶対負けるな」
いつになく感情を顕わにしたせいか肩で息をしているセドリック。
そんなセドリックと俺の視線が交差する。
そうして、しばしの沈黙の末、セドリックは「ふん」と背を向けると、俺とは反対の方向に歩き出した。
俺はそんな生意気な弟の背中を見つめながら、言う。
「ああ、首席の地位で待ってるよ。たとえ姓が違おうとも、お前の兄として」
こうして、俺の三年振りの帰省は幕を閉じた。
俺がレヴィストロース邸を後にしたときには、あれほどまでに抱いていた不快感はいつの間にか立ち消えており、不思議とこの場所が懐かしい場所に思えてならなかった。
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