§057 幕間(レヴィストロース家再訪①)
突如、俺の下に父上から手紙が届いた。
内容は「一度、レヴィストロース家に戻ってこい」というもの。
父上はどうやら何か話があるようだ。
正直なところ、気乗りはしなかった。
俺にとって実家はいい思い出とは言い難い場所だったからだ。
ただ、さすがにせっかくの誘いを無碍にすることもできない。
というわけで、俺はレヴィストロース邸の前に立っていた。
三年振りの実家。
俺が十二年間育った場所。
そこは小さな城を思わせる佇まいの邸宅だ。
俺は門戸を開き、そのまま邸宅へと入る。
すると使用人の一人が近付いてきた。
俺が実家にいた頃にはいなかった使用人だった。
「お待ちしておりました。ジルベール様。辺境伯よりジルベール様のお噂は兼ね兼ね伺っております。ジルベール様をお部屋にお連れするよう申し付けられておりますところ、早速ですが、今からでもよろしいでしょうか」
「ああ、よろしく頼む」
そうして使用人に案内され、父上の部屋の前まで通される。
「ジルベール様をお連れしました」
「入れ」
ドアの向こうから聞き覚えのある低い声が聞こえた。
使用人が扉を開けると、父上は書斎机の向こう、黒革の回転椅子にどっかりと腰かけていた。
「久しいな、ジルベール。元気そうで何よりだ」
そう言って軽く微笑む父上。
三年振りに会う父上は、心なしか少し痩せたような気がした。
「父上も息災のようで何よりです」
俺はそんな無難な返答をするが、正直、早く話とやらを終わらせて立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
父上は俺の固有魔法を外れ魔法だと見限り、実家を追放した張本人。
いくらレリアと出会い、過去のトラウマを乗り越えたとしても、心中穏やかでないことに変わりないのだ。
そんな中、父上は机の上の箱から葉巻を一本取り出す。
俺は居心地の悪さから、自ら本題へと話を促す。
「それで、お話とは一体何なのでしょうか」
すると、父上は口から煙を蒸かせながら、改まった雰囲気で手を組んだ。
「ああ、お前を呼びだしたのは他でもない。かの王立セレスティア魔導学園に首席合格を果たしたそうじゃないか。さすがは我が息子だ。私も鼻が高いよ」
俺はこの言葉に「は?」という言葉が思わず漏れそうになった。
俺を追放しておいて、まるで首席合格が自身の手柄であるかのように嘯く父上。
そんな父上に鋭い視線を向けつつ、俺は軽く頭を下げる。
「……お褒めに与かり光栄です、父上」
そんな俺の態度に気分を良くしたのか、再度、口からふぅ~と葉巻の煙を吹き出すと、「ここからが本題なのだが」と前置きをした上で――
「レヴィストロース家に戻ってこないか?」
――真剣な表情でこう言った。
正直、これは想定の範囲内の言葉だった。
父上の目標はレヴィストロース家から六天魔導士を輩出すること。
そして、今の王立学園にはシルフォリア様がいる。
シルフォリア様に媚びを売って、どうにか六天魔導士の地位を得られないかという魂胆であり、極論、それが俺であろうが、セドリックであろうが、父上にとっては関係ないのだ。
そんな中、俺は首席合格を果たし、期待のセドリックは次席に留まった。
そのため、父上は手のひらを返すように、俺に歩み寄ってきたというわけだ。
「お前を追放した時は私も少し冷静さを欠いていたようだ。お前にはつらい三年間を送らせてしまったな。しかし、これからは生活のことは心配しなくていい。我がレヴィストロース家が全力でお前のことをバックアップしよう。金銭面の援助はもちろんのこと、もし、お前が王立学園を首席で卒業した暁には、家督を継がせてもいいと思っている」
俺はこんな父上の提案を予測していたからこそ、既に心を決めて、レヴィストロース家を再訪していた。
しかし、父上の言葉を受けて、ほんの少しだけ別の感情が生まれた。
「家督を継がせる……ですか?」
俺は目を細めて、父上を見つめる。
そんな俺の返答に、「食いついてきた」とばかりに父上は大きく首を縦に振る。
「ああ、もちろんだ。嘘は言わない」
「セドリックともその約束をしたのではないのですか?」
「ん、ああ、セドリックから聞いていたのか。確かにセドリックにも同じことを言ったさ。しかし、あいつは入学試験において私の言いつけを破り、結果、次席合格という不甲斐ない地位に終わった。そんなやつに今後何を期待しろというのだ」
そう言って父上は鼻を鳴らす。
「確かにセドリックは【焔の魔法剣】に選ばれたかもしれないが、お前の『魔法陣』とやらも火属性の魔法を基礎としているらしいじゃないか。それであれば我が家を継ぐ資格は十分にある。素直な気持ちを言えば、セドリックは実力面で言えば申し分ないが、性格には難があるし、本当にあいつに家督を継がせていいものかと思案していたところなのだ。そして、今回の入学試験ではっきりした。ジルベール、我が家督を継がせるのはお前しかいないと」
父上は是が非でも、俺をレヴィストロース家に連れ戻したいのだろう。
言葉はどんどん熱を帯びていき、目のギラギラもその輝きを増していく。
……セドリックが次席という不甲斐ない地位。
父上は二次試験のセドリックの結果を知っているのだろうか。
【焔の魔法剣】の威力を知っているのだろうか。
俺は深く深く瞑目すると、
「……わかりました」
そう言って父上の座る書斎机に歩み寄った。
「おお、ジルベール。戻ってきてくれるのか」
父上は立ち上がり、俺と握手を交わそうと、右手を差し出す。
……俺も右手を差し出し――
(バンッ!)
――父上の手を弾くと、机に思いっきり拳を突き立てた。
「ええ、よくわかりました。貴方が俺達のことをただの手駒としか見ていないことがね」
「あ、が……」
俺の剣幕に顔面蒼白になった父上は、葉巻を口から取りこぼし、まるで腰を抜かしたかのように席へどかりと座り込む。
俺は今までの人生において父上に怒りの感情を向けたことはなかった。
それは「レヴィストロース家から六天魔導士を輩出する」という目標に向かって常に全力で俺達を指導してくれた父を少ながらず尊敬していたからだ。
けれど、成果を残さなければ見限られる。
結局、俺達は父上の都合のいい手駒でしかなかったのだ。
俺はそんな父上を見下ろすと、滾るものを宿した瞳で父上のことを思い切り睨みつける。
「俺は十二年間、父上に育てられました。魔法、体術、貴族としての嗜み、様々なことを教えていただいたことはとても感謝しております。ただ、三年前、貴方は俺の言葉に聞く耳も持たずに追放という道を選びました。そして、今度はセドリックにも同じことをしようとしている。俺はそんな貴方の言葉に聞く耳を貸そうとは思いません」
俺は心に刻み込むように、父上に向かって宣言する。
「――俺はもうこの家に戻る気ありません。たとえどんな条件を積まれようともです」
そんな俺の言葉に、父上の額から一筋に汗が流れる。
同時に怒りからか、歯をガタガタさせながら大声で怒鳴り散らす父上。
「ま、待て! 今ここで私の申し出を断るのであれば、今後一生レヴィストロースの家名は名乗らせない! 辺境伯家を敵に回すということだぞ! それでもいいのか!」
「ええ、構いません。元より覚悟の上です。それに……俺は家名なんかよりも大切なものを既に手に入れていますから……それでは失礼します!」
俺は慇懃な一礼を送ると、踵を返して扉を勢いよくバタンと閉める。
そして、ふぅと溜め息をついた後に視線を上げると、そこには壁に寄りかかる者の姿があった。
そう。それは我が弟――セドリック・レヴィストロースだった。
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