§052 帰省
「王皇選抜戦の代表ですか!? さすがジルベール様です」
修道服の少女――レリア・シルメリアは歓喜の表情を湛えて俺に抱きついてきた。
ベールからこぼれ出る艶やかな金髪が揺れ、豊満な双丘が俺の胸に押し付けられる。
そして、サファイアのように透き通った碧色の瞳がこちらに真っすぐに向けられた
「ジルベール様は本当にすごいです。王立学園に合格されるだけでなく、魔導の祭典・王皇選抜戦の代表に選ばれたのですから。こんなに栄誉なことはありませんよ」
レリアはまるで猫がじゃれ合うように自身の頬を俺の胸に擦り付ける。
俺はそれをいなしつつ、先ほどのシルフォリア様とのやり取りを想起する。
うちの学園から選抜されるのは入学試験の首席、次席、第三席の三名だ。
第三席が誰かは知らないが、次席は我が弟――セドリック・レヴィストロース――だ。
かつては俺を追放したセドリックに黒い感情を抱いていたこともあった。
しかし、俺はレリアと出会い……固有魔法【速記術】と向き合い……変わることができた。
今の俺にはもう復讐心という感情はない。
先ほどシルフォリア様から「目標を見失っている」と言われ、『六天魔導士になる』という自身の目標を確認した。
でも、これは『夢』であって、『目標』とは少し違う気がする。
高みを目指すことも悪いことではないが、俺が目標と掲げるには現実味が無く、分不相応すぎる。
では、俺は何のために魔法を学ぶのか……。
それは……俺にはどうしても守りたい人がいるからだ。
俺は前に立つレリアに視線を落とす。
「正直なところ、いきなり学園代表だと告げられて気後れしていた部分はあったよ。でも、シルフォリア様と話すうちに覚悟はできた」
頬擦りをしていたレリアは俺の言葉に胸から顔を離すと、少々呆けた顔で俺の瞳を見つめる。
俺は一拍置いて言った。
「俺は強くなるよ」
その言葉にレリアは一瞬目を見開いた。
けれどすぐに破顔して、俺の両手を握ってくれた。
「はい。ジルベール様が信じる道、お供させていただきますよ。それにジルベール様なら相手がたとえ皇国の首席合格者でも大丈夫です。なんて言ったってジルベール様は私が認めたお方なのですから」
「……ありがとう」
レリアから送られてくる笑顔があまりにも眩しすぎて、お礼もそこそこに俺は視線を逸らす。
そんな俺を見たレリアは、からかうようにくすくすと笑った。
そんな和やかな雰囲気の中、ふと向けた視線の先。
そこに余所行き用の大きな荷物が準備されているのに気付いた。
「あの荷物は?」
「ああ、実家に帰る用の荷物ですよ。お土産を買いすぎてパンパンになってしまいましたが」
「……そっか。今日は実家に帰る日だもんな」
「……はい」
レリアは物悲しげにコクリと頷く。
「春からは私も王立学園の生徒です。王立学園は全寮制ですので実家から荷物を送らなければなりません。それに……」
レリアは一旦言葉を切ると、噛みしめるように言った。
「……お母さんにも挨拶しておきたいので」
「…………」
俺にはその言葉に続く言葉は出てこなかった。
レリアは、我が国の歴史上、最も凄惨な大災害『
そして、レリアの実母はそのオーディナル・シルメリアに殺されたと聞いている。
その後、彼女は叔父と叔母に引き取られたとのことだが……身寄りが無いという点では俺と同じだ。
かく言う俺もレヴィストロース家を追放されて久しい。
だからこそ、こういう時にふと襲われる言いようのない寂しさは痛いほど理解できた。
「本当について行かなくて大丈夫か?」
「心配しないでください。叔父様も叔母様も優しいので。それに今回は特別にシルフォリア様の従者の方が護衛を務めてくださるそうです。本来ならこのような申し出はお断りしなければならないのですが、例の事件もありましたし、シルフォリア様から女の子に一人旅をさせるわけにはいかないと強く言われましたので」
例の事件とは、二次試験で起こった『新・創世教』と名乗る集団の襲撃事件のことだ。
彼らの目的はレリアの持つ固有魔法――【
あの時はシルフォリア様の参戦により事なきを得たが、彼らは目的を達せていない以上、またいつ襲ってくるかはわからない。
その点ではシルフォリア様の従者が護衛としてレリアに随行してくれるのは願ったり叶ったりだ。
「そうか。それなら俺も安心してレリアを送り出せる」
「はい。それにまだ家を飛び出して間もないのに、いきなり男の方を連れて帰っては叔父様も叔母様も卒倒してしまいます。ジルベール様のことはまた然るべき時に紹介したいと思っておりますので//」
「……?」
「むっ! そういうことなのでジルベール様は王都でお留守番していてください。久々の一人の時間を楽しむのも悪くないと思いますよ」
一瞬不服そうな表情を見せたレリアだったが、すぐにその表情は優しい笑みに変わる。
確かに俺とレリアはつい先日まで魔導具『常闇の手枷』の効果により、三メートル以上の距離を離れることができずにいた。
もちろん、寝る時も食事の時も……お風呂の時もだ。
共に過ごして辛いと思ったことはなかったが、行動が制約されていたことは事実。
そう考えると、実に久方ぶりの一人の時間ということになる。
「そうだな。じゃあお言葉に甘えて、今回は王都観光を楽しむことにするよ」
「はい! 王都には観光名所もたくさんありますし、お土産話を期待してますね!」
そこまで言ったところでレリアは「あっ!」と何かに気付いたように声を上げた。
「ん? どうした?」
首を傾げて尋ねる俺に、何やら言いづらそうに身体をもじもじさせるレリア。
「……ジルベール様なら心配ないとは思いますが」
「ん?」
「あの……私がいないからって……そういうお店には行かないでくださいね」
まったく頭の中に無かった言葉に俺は一瞬キョトンとしてしまった。
けれど、意味を十分に理解し終えた途端、顔の温度が急上昇するのを感じた。
「い、行くわけないだろ! そもそもそんなお金も無いし!」
「あ! お金があったら行くみたいな言い方です! 不潔です!」
「そ、そうじゃなくて! というかそもそも、そんな場所なんてレリアに言われるまで思いつきもしなかったよ!」
慌てふためき必死の言い訳をする俺を見て、途端、レリアはくすくすと笑った。
「ふふ、冗談ですよ。いまの反応を見て安心しました。さすがは真面目なジルベール様ですね。羽目を外さない程度に王都を楽しんでください。では、私はそろそろ立とうと思います」
「ああ、もう時間か」
レリアがくだらない冗談を言うから時間があっという間に経ってしまった気分だ。
「じゃあ、くれぐれも身体には気を付けて」
「はい。ジルベール様もお元気で」
しばし見つめ合った後、レリアは名残惜しそうに俺との距離を一歩詰める。
(……? お別れの握手かな?)
そう思って俺は反射的に右手をレリアに差し出した。
それを見たレリアはなぜか不満そうに唇を尖らせる。
「……もう。本当にジルベール様は相変わらずですね」
しかし、すぐにくすりと笑うとレリアも右手を差し出した。
俺達の手が固く結ばれる。
「また入学式で会おう」
「はい。絶対」
こうして俺達はしばしのお別れとなった。
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