§051 学園代表

 王都セレスティアはユーフィリア王国の東方に位置している。


 そこは友好国であるアウグスタニア皇国との国境に程近いことから、貿易も非常に盛んで、街は常に多くの行商人で賑わっている。


 もちろんセレスティアは王都という冠にふさわしく、盛んであるのは貿易だけではない。


 セレスティアは王宮や行政機関など我が国の中枢機関が集結する王宮地区、多くの飲食店や出店が立ち並び王国最大級の市場を形成している商業地区、劇場や美術館など文化と芸術が調和した歌劇地区など地区によって様々な色彩を持っている。


 その中でも最も広大な敷地面積を誇るのが、魔導学園を筆頭に教育機関が立ち並ぶ学園地区だ。


 そして、学園地区には王国最高峰の魔法教育機関である『王立セレスティア魔導学園』、通称・王立学園があり――


「えっ? 俺が学園代表?」


「何を驚いているのだ。そんなの当たり前だろう、魔法陣の少年よ。君は我が王立セレスティア魔導学園のなのだから」


 俺、ジルベール・レヴィストロースは、まだ入学前だというのに、その学園の学園長に呼び出しを受けていた。


 相対するは月光のような銀髪を足元まで伸ばした絶世の美女。

 スラリとした体躯に、宝石を埋め込んだような紺碧の瞳。


 その場に存在するだけで世界が塗り替わるような圧倒的なオーラを放つ彼女の名は――シルフォリア・ローゼンクロイツ。


 よわい十八で世界最高の魔導士である『六天魔導士』に選出され、今年度から王立学園の学園長に就任することとなった超天才魔導士だ。


 俺は入学試験で試験官を務めていた彼女のにより、王国最難関と謳われる王立学園に首席合格を果たした。

 確かに裏技に近い合格であったことは否めないが、俺がその条件で合格を受託してしまっているところ、今更、その点を否定するつもりはない。


 では、なぜ俺がこんなにも混乱しているかというと、それはもっともっと根本的な問題であり……。


「シルフォリア様。お恥ずかしい限りなのですが、『学園代表』とは、そもそも何の学園代表なのでしょうか?」


 その言葉を聞いた途端、シルフォリア様はポカンと口を開けたかと思ったら、呆れかえったように肘掛け椅子にドンっと腰を下ろした。


「なんだ君は。本当に何も知らずにこの学園に入学してきたのか?」


 シルフォリア様が憐憫の眼差しを俺に向ける。


「すみません。山籠もりをしていたもので世事に疎くて……」


「その言い訳は聞き飽きたわ。というかそもそもこれは世事とは関係ない。まあ、知らないのであれば簡単に説明してやろう。『』について」


「……王皇選抜戦ですか?」


 聞き慣れない言葉だった。


「簡単に言えば魔導学園同士の交流戦だな」


 そう言うとシルフォリア様は王皇選抜戦の仔細を説明してくれた。


 概略、『王皇選抜戦』とは、我が国最高峰の魔導学府である王立セレスティア魔導学園と、アウグスタニア皇国最高峰の魔導学府である皇立アウグスタニア魔導学園の間で開催される模擬戦とのことだ。


 両校とも代表選手となる三名を選抜し、お互いの実力を競い合う。

 開催時期は学年ごとで異なり、第一学年は四月、第二学年は九月、第三学年は十二月。


 つまり、第一学年となる俺達は入学早々にこの王皇選抜戦を迎えることになるらしい。


 そして、これが一番の驚きなのだが、第二学年以上は選抜試験により代表選手を選出するらしいが、第一学年に限っては入学試験の首席、次席、第三席がそのまま選出されるのが慣例となっているとのことだ。


「となると、俺が王皇選抜戦の代表選手に選ばれたということですか?」


「そういうことだ。会場は毎年交互に開催していて、今年は本学が会場となる巡り合わせだ。その分ギャラリーも増えることになるが……まあ君の実力なら相手の首席に引けを取ることもないだろう」


 そう言って楽観的な表情を湛え、「はっはっはっ」と声を出して笑うシルフォリア様。


 そんなシルフォリア様を見て俺は思わず嘆息する。


 学年全体のうち三名しか選ばれることのない王皇選抜戦。

 その代表に選ばれるのは大変名誉なことだと思うし、この期に及んで「出たくない」などと後ろ向きなことを言うつもりもない。


 けれど、俺にはどうにも気になることがあった。


「でも本当によろしいでしょうか?」


「ん? 何がだ?」


 シルフォリア様は俺の心情を推し量るように軽く小首を傾げた。


 もちろん俺がでの首席合格者でないことも不安の要因の一つでもある。

 本来の実力という意味であれば、次席合格の我が弟――セドリック・レヴィストロース――の方が上だろう。


 ただ、俺が何より気掛かりだったのは、もっと別のことだ。


 俺の固有魔法は【速記術】。

 そして、俺の得意魔法は【速記術】を活かして超高速で展開する『魔法陣』だ。


 そう。俺の得意とする『魔法陣』は、現存する魔法のが詠唱魔法とされるこの世界においては、もはや時代遅れの魔法なのだ。


「俺は今回の入学試験を通して、魔法陣への風当たりの強さを再認識しました。王国と皇国の選抜戦ということは偉い方もたくさん来られるでしょう。その中で、俺が『魔法陣』を使って学園の品位を落とすことにならないかと……ふと不安になってしまって……」


 その言葉を聞いたシルフォリア様は大きくため息をついた。

 そして、すぐさま俺に厳しい視線を向けると、今までの楽観的な雰囲気を収めて言葉を紡ぐ。


「貴様はどうやら目標を見失っているようだな」


「目標……ですか?」


「今までは何を目標にここまで来た?」


「王立学園に入学することです」


「そうだな。だからこそ厳しい入学試験も耐え抜くことができた。では質問だ。その時に『魔法陣を使ったら……』なんて周りの目を気にしたことがあったか?」


 シルフォリア様は立て肘をついて瞑目したまま続ける。


「確かに一部の講師陣からは魔法陣を使う者を出場させるなど恥さらしにもほどがあるという意見もあった。王皇選抜戦は言わば国同士の威厳をかけたイベントだ。様々なメディアに取り上げられるのはもちろんのこと、学園関係者はおろか王族や上級貴族も足を運ばれる。その中で、王立学園の首席が『魔法陣使い』だということになったら、当然、いい意味でも悪い意味でも注目を集めるだろう」


 シルフォリア様はそこまで言うと、瞑目していた双眸をスッと開ける。



「えっ?」


「言いたいやつには言わせておけばいい。降りかかる火の粉は燃やし払えばいい。それが大魔導の道というものだ。君の目標は本学へ入学しただけで満たされてしまうほどちっぽけなものだったのか?」


 俺はその言葉にハッとする。


 そうだ、俺の目標。

 それは――六天魔導士になること。


 最近は入学試験に始まり非日常の連続だった。

 そのため、どこか満たされた気持ちになり、魔法に向ける必死さを見失っていたのかもしれない。


「――【速記術】は誰にも真似できない個性――。いい言葉じゃないか」


 シルフォリア様はそう言っていたずらっぽく微笑む。


 俺を失意のどん底から救い上げてくれた大切な言葉。


 その言葉に心の奥が熱くなるのを感じる。


「確かに君は我が学園の首席合格者として品位ある行動が求められる。しかし、君は首席合格者である前にジルベールという一人の生徒だ。そして、私、シルフォリア・ローゼンクロイツは本学の学園長だ。何か問題が起きたら責任を取るのが私の仕事だ。だから、どんなに周りの視線が痛かろうとも、時代遅れの魔法と誹りを受けようとも、自分の信じる道を突き進みなさい。魔法陣の少年よ」


 シルフォリア様の言葉がじーんと心に染み渡る。


 ここまで言われて……頑張らないわけがないじゃないか。


「ありがとうございます。どこまで出来るかわかりませんが、王立セレスティア魔導学園の首席の名に恥じぬよう、全身全霊で王皇選抜戦に臨ませていただきます」


 その言葉にシルフォリア様は満足気に微笑んだ。


「……そういえば」


 シルフォリア様は何かを思い出したかのように、指を顎に当てる。


「向こうの学園の首席合格者も君と似てを使うらしいぞ?」


「……変わった魔法ですか?」


「ああ。私も公平性を期すためさすがにこれ以上は教えられないが、きっと君達なら最高の試合を創り上げてくれるだろうね」


 シルフォリア様はそこまで言うと話は終わりとばかりに手をパンと打ち鳴らす。


「ほら、せっかく学園代表に選ばれたんだ。早く報告してあげなさい」


 『誰に』という目的語のない言葉だったが、俺はそれが誰を指しているのかすぐにわかった。


「そうですね。この足で報告してこようと思います」


「ああ、大司教の娘によろしくな」


 俺は「はい」と頷くと、足早に部屋を後にした。


 俺が向かう先、それは大司教の娘――レリア・シルメリア――が待つ部屋だった。

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