第7章【運命】

§050 序幕

 ――時は十年ほど前。


 双子の少女は馬車に揺られていた。

 二人とも子供ながらに豪奢な服を身にまとい、精一杯のおめかしをしている。


 そう。今日は彼女達の五歳の誕生日なのだ。


 少女のうち特に姉の方はこの日を心待ちにしており、普段からあまり外に出たがらない母君に思い切って「街にお買い物に行きたい」とお願いした。


 最初は「そうねぇ……」と複雑な表情を浮かべていた母君だったが、可愛い我が子からの頼みだ。

 最後は根負けしたようで、「それじゃあ特別に貴方達のプレゼントを買いに行きましょうか」と優しく微笑んでくれた。


 少女達はプレゼントを既に決めていた。


 それは――少女達の瞳と同じ色をした宝石――だった。


 雛罌粟ひなげしのように真っ赤な紅玉。

 これはアウグスタニア皇国でしか取れない非常に貴重な鉱物で、普通であれば齢五歳の少女が手にできる代物ではない。


 ただ、この紅玉にはがあった。


 ――願いを込めて相手に送るとその願いは成就する――


 母君は齢三歳の娘達にこれほど高価なものを与えていいのだろうかとしばし黙考したが、結局、母君はを込めてこれを娘達に送ることにした。


「貴方達がいつまでも仲良く健やかに育ちますように」


 母君から紅玉を受け取った少女達は一斉に歓喜の声を上げた。


「わたくしはイヤリングにするって決めてたの! ねぇ母上! 作って! お願い!」

「お姉ちゃんずるい! 私はペンダントがいい!」


「まぁ、二人ともおませさんね。お家に帰ったら一緒に作ろうね」


「「わーい!」」


 母君はそう言って幸せそうに笑った。


 ――しかし次の瞬間、馬車がガタンという大きな音を立てて急停車した。


 それと同時に金属が打ち合わされる音と、何かが鈍く飛び散る音。


 少女達は子供ながらに何か良くないことが起こったのだとわかった。


 母君は護身用の短剣を手に、咄嗟に覗き窓から外の様子を確認した。


 その目に映ったのは――血飛沫を上げて横たわる衛兵と馬車を取り囲むように立つ男達の姿――。


「二人とも逃げてっ!」


 母君が決死の形相で叫んだ。

 と同時に馬車の窓が破られ、そこから伸びてきた手が母君の喉元を荒々しく掴んだ。


「――――ッ!」


 肺の空気が勢いよく押し出され、そのまま声を出すこともままならず、宙に持ち上げられる母君。


「「母上!!」」


 少女達は悲痛な叫び声を上げるが、母君はバリンと音を立てて無造作に外へと放り投げられた。


 同時に馬車の扉を開けてゆっくりと入ってくる男。


「これはこれは麗しき


 下卑た目を少女達に向け、慇懃なまでに丁寧なお辞儀をしてみせる男。

 二人はその男に見覚えがあった。


「……貴方が母上を」


「申し訳ございませんね、姫君達。これも■■様のご命令。確実に息の根を止めて差し上げますのでご安心ください」


 そう言って男は張り付いたような笑みを浮かべると、配下と思しき者達に命令した。


「二人は確実に殺せ。奥方は俺が楽しんだ後に始末する。馬車には火を放て。盗賊の仕業に見せかけろ」


「そんな、独り占めはずるいっスよ」


「後でお前らにも楽しませてやるから。さっさとやれ。失敗は許されないぞ」


「「「うへ~い」」」



 ――これはわたくしに残る遥か昔の記憶だ。



 あの日から十年の時が過ぎ。


 金色の髪に雛罌粟ひなげし色の瞳を持ったうら若き少女は、右耳にかかる瞳の色と同色の紅玉を揺らしながら、灼熱の業火の中を闊歩していた。


 背後にはメイド服を身に纏った栗色の髪の従者が一人。


 少女は火山口さながらのほとばしる獄炎と化した荒野で、尻もちをつく若き魔導士達を見降ろした。


 その中の魔導士の一人が恐れ戦いた表情を湛えながら、金髪の少女に問う。


「お、お前、一体何をした……」


「何を? わたくしは普通に魔法を使っただけですが?」


 少女は至って平坦に、冷たい瞳を男に向ける。


「魔法……? そんなわけあるかっ! 無詠唱であんな魔法を展開できるわけがないっ!」


「わたくしの固有魔法は【無詠唱魔法】。わたくしは誰よりも速く魔法を展開できるのです」


「む、無詠唱魔法だって……」

「ば、化け物か。お前」


 そんな魔導士達の言葉に少女が応えるよりも先に、背後に控えていた従者が一歩踏み出る。


「化け物とは不敬であるぞ。この御方をどなたと心得る。恐れ多くも、アウグスタニア皇国・第二皇女エリミリーネ・シェルガ・フォン・アウグスタニア様であらせられるぞ」


「だ、第二皇女だって?」

「第二皇女は十年前に死んだはずじゃ……」


 その言葉に今まで良くも悪くも冷淡だった少女の瞳に感情が宿る。


「生きているんだから仕方ないでしょ?」


 少女から放たれる心胆を寒からしめるほどに凄味のある殺気。

 そんな彼女の言葉に魔導士達は一様に言葉を失う。


「別に貴方達に恨みはないわ。ただわたくしには成し遂げなければならない使命があるの。そのためなら屍の上に立つことも覚悟の上です」


 ――魔王セイタン――


 彼女がそう口にした――コンマ一秒後。

 彼女の背後には炎を象った怪物が顕現した。


 その姿はさながら魔王の如し。


 途端、猛烈な熱波が渦巻き、周囲の酸素が一瞬にして消失する。


「――貴方達もならこれくらい覚悟の上でしょ?」


 そうして、少女は雛罌粟ひなげし色の瞳をゆっくりと閉じた。


 その後、この世ならざる叫び声が虚空を舞った。



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 本日から『世界最速の魔法陣使い』の更新を再開します。

 更新頻度は不定期としますが、更新時間は【正午(12:00)】で固定しようと思います。


 どうぞよろしくお願いいたします。


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