§xx1 ジルベール様の横顔(1巻発売記念SS)

 こちらは1巻発売記念の書き下ろしSSです。

 舞台はジルベールとレリアが山小屋を出て、王都セレスティアに向かっているところ。

 ゲーマーズ様ではこれとは別のSSが特典として付いてますので、そちらも合わせてお楽しみいただければと思います。


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 私、レリア・シルメリアは、乗合馬車に揺られていました。


 今は王立学園を受験するために王都へ向かう道中です。


 乗合馬車に乗るのは初めてですが、馬車の中はとても狭く、普通に座っているだけなのに隣の人と肩がぶつかってしまう距離です。


 空気は淀んでいますし、目の前に座る商人と思しき男性は大仰に足を組んで隣の人と談笑していますし、あまり居心地がいいとは言えません。


 ただ、悪いことばかりではありません。


 私は隣に座るジルベール様に目を向けます。


 ジルベール様は赤い天鵞絨ビロードの表紙の本を熱心に読まれていました。


 軽く立て肘をしながら、ゆっくりとページをめくるジルベール様。


 その哀愁漂うお姿はまるで高価な一枚目のよう。


 私はそんなジルベール様の横顔につい見入ってしまいました。


 そんな私の視線に気付いたのか、ジルベール様の視線がこちらに向きます。


「ん? どうしたレリア。次の街まではまだまだかかるし寝てていいんだぞ。……といってもこんなすし詰め状態じゃ寝るに寝れないか」


 そう言ってジルベール様は申し訳なさそうに肩を竦めます。


「いえいえ、これからはお金はいくらあっても足りませんし、節約できるところは節約すべきです。それよりジルベール様は何を読まれているのですか?」


 私は小首を傾げてジルベール様と赤い天鵞絨ビロードの本を見比べます。


 ジルベール様は「あぁ」と言って、その本の背表紙を見せてくれました。


 そこには『魔法陣の極意』と書かれていました。


「これは俺の起源と言える本なんだ。この本はもう何百回と読んだけど、【速記術】で『魔法陣』が使えるとわかった今、改めて読み返せば新たな気付きがあるんじゃないかと思って山小屋から持ってきたんだ」


 ……何百回。


 その言葉には驚きを隠せませんでしたが、さすがは真面目で勤勉なジルベール様。

 それだけ読まれても尚新たな発見を追い求めるジルベール様は、とても素敵なお方です。


 全ては王立学園に合格するため。


 そうです。ジルベール様は「一緒に合格する」という私との約束を果たそうとしてくれているのです。


 そう思うと胸が熱くなると同時に、私も「魔導書を読んだ方がいいかな」という焦りに似た感情が芽生えました。


 しかし、私はしばしの黙考の末、神に懴悔します。


「昨日は夜更かししてしまったせいか、少し寝不足のようです。ジルベール様が勉学に励まれているところ申し訳ないのですが、私は街に着くまで休ませていただこうと思います」


「ああ、昨日はなんだかんだ『魔法陣』の練習に付き合ってもらって遅くなっちゃったからな。次の街に着いたら起こすから、少し寝た方がいい」


 私はコクリと頷くと、そのままジルベール様の肩に頭を乗せます。


「れ、レリア?!」


 ジルベール様は何かを言いたげですが、私はそのまま目を閉じます。


 だって仕方ないじゃないですか。


 ここは、肩がぶつかってしまうぐらい狭い狭い乗合馬車の中なのですから。


 そうして私の意識は夢心地のまま、まどろみに落ちていったのでした。



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