§049 幕間(追悼)
見渡す限りに咲き乱れる黄色い花。
一斉に風になびくその姿はまるで波のよう。
そんな遥か蒼天まで続きそうなミモザ色の海の中にポツンと佇む女性が一人。
私は今、墓前にいる。
いや、墓前と言えるほどの大層なものではない。
正規の霊園への埋葬は叶わなかったゆえ、私が見繕った土地に剣を突き立てただけのもの。
もちろん亡骸はしっかりと弔ったが、それだけのものといえばそれだけのものだ。
それでも私なりに場所は選んだつもりだ。
彼の故郷に近く、世俗から離れた花々が咲き乱れる草原。
そこは確かに『春』を感じさせるものだった。
私は瞑目していた目をスッと開ける。
風が頬を撫ぜ、流麗な銀色の髪を静かに揺らす。
この場所を知るものは私しかおらず。彼の死を知るのも私だけだ。
こんな弔い方しかできない私を許してほしい。
心の中でそう呟くと、着慣れぬ喪服の膝を折って、そっと花を手向ける。
それは墓参には不似合いな紫色の花。
持参した水筒から紅茶を注ぐ。
コップにほんのりと温かさが宿り、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
その香りに懐かしさを感じてしまい、心が軋み、思わず唇を噛みしめる。
私は静かに献盃をする。
死者を悼むのはいつになっても慣れない。
そんなことを考えながらそっと紅茶に口づけると、先ほど感じたほのかな甘い香りがより一層強く感じられた。
同時に一筋の雫が頬を伝う。
「う……ぅぅ……」
声にならない声を漏らす。
私はいつまでこんなことを続けなければならないのだ。
自分の使命を忘れた日など一度もない。
それでもどうしても耐え難い日というのはある。
私は震える手を抑えきれずについには紅茶を取りこぼす。
コップは転がり、紅茶はそのまま地面に染み入る。
グッと両手で胸を抱く。
手に力が入り、思わず自分の二の腕を痛めつけてしまう。
私は何度大切なものを失い……そして、何度それを忘れていかなければならないのだ。
そう。私は皆を救う代償として、彼に関する一切の記憶を失った。
私は……彼の名前を知らない。
私は彼を弔う資格も、盃を交わす想い出も持ち合わせぬまま、今、ここに立っているのだ。
---------
【あとがき(11/4更新)】
ここまでが書籍1巻の内容です。
(現時点で続巻できるかは未定ですが)続きは鋭意執筆中で近いうちに少しずつ公開できればと思っております。
もし、本作をお楽しみ頂けたという方は、このページの下の方にあるレビュー投稿ボタン(「+」ボタン)から★1~3の三段階で評価をいただけると作者の力になります。
また、諸々の連絡事項は近況ノートに書きますので、ユーザーフォローもしていただけると幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます