第4章【二次試験】

§029 二次試験

 慰霊碑前での一件から一夜が明け、二次試験の日を迎えた。

 会場に集められた受験生はシルフォリア様の空間転移魔法により、すぐさま試験会場である『月影の森』に転送された。


「ここが月影の森か……」


 俺は辺りを見回すが、そこは木々が生い茂り、昼間であるにもかかわらず日光が地上まで届かないくらいの鬱蒼とした森だった。


 説明によると受験生は等間隔に配置されているとのことだが、周りに他の受験生の気配はない。

 それだけこの森が広大であることを表しているようだ。


 しかし、いくらシルフォリア様の魔法と言えど、等間隔に配置できない例外が存在する。


 そう、レリアだ。


 レリアは、例の如く、『常闇の手枷』の効果によって、ばっちりと俺の隣をキープしていた。


 俺に引き寄せられる側のレリアは中々の恐怖体験を味わっているのではないかと思うのだが、意外にも「もう慣れました」なんてたくましいことを言っている。


『受験生の諸君。聞こえるかな? 本日の試験を統括するシルフォリア・ローゼンクロイツだ』


 ほどなくして脳内に直接語りかけるような声が響き渡る。

 念話リプレルだ。

 声の発信者は学園長であり六天魔導士でもある、おなじみシルフォリア様。

 その時、ふと違和感に気付いた。


「あれ……? なんか今回の念話リプレルは一次試験の時と比べて気持ち悪さがないな。なんか普通に電話しているみたいだ」


「確かにそうですね」


 レリアも同意する。


「もしかしたら、念話リプレルも魔法ですし、術者の能力や魔力に依存するのかもしれないですね。今回は発信者がシルフォリア様なので、以前と比べてスムーズなのでは」


 確かにレリアの言うことはもっともだ。

 この入学試験を通して、シルフォリア様の化物具合は、身をもって体感してきた。


 特に圧巻だったのが、レリアが暴走した時に見せた――世界創造魔法・【破滅の創造者スクラップ&ビルド】――世界を救済する祈りワールド・グレイス


 俺はあの日、無色透明の光を放つ超大型な『魔法陣』が顕現するのを見た。

 あの魔法はおそらく『魔法陣』だ。

 そうであるならば、俺の【速記術】を使えば、ただ紋様を描くだけなら可能かもしれない。

 でも、正直なところ、今の俺にあの魔法が使いこなせるかというと全く自信がなかった。

 こう言ってしまうと身も蓋もないが、次元が違う。

 その一言に尽きると思ってしまった。

 それを証拠に、シルフォリア様は、超上級魔法である空間転移魔法をいとも容易く使いこなし、一〇〇〇人の受験生全員をこの広大な『月影の森』に等間隔に配置してみせたのだ。


 そして、極め付きは、この念話リプレルだ。

 一次試験の時と違い、全くノイズが入らないのは当たり前。

 それを受験生全員に対して、同時に行っているのだから、さすがは六天魔導士と言わざるを得ない。


 とまあ、上ばかりを見ていても仕方がない。

 今回は前回の一次試験とは違い、俺は自分の力を惜しみなく出し切るつもりだ。

 それにレリアももう一次試験のときのレリアじゃない。

 レリアはこの二次試験で自身の魔法適性である『闇』属性の魔法を披露すると約束してくれた。

 そういう意味ではこの二次試験こそが、本当の意味での俺とレリアの初戦なのだ。


『さてさて、ルールは昨日説明したとおりだけど、念のため、簡単におさらい。二次試験は一次試験のチーム戦とは打って変わって三つ巴、四つ巴の魔石争奪戦――謀略、計略、何でもありのバトルロワイヤルだ。我が王立セレスティア魔導学園入学の切符を手にできるのは最終的な魔石保有数の上位者五〇名のみ。それなりに厳しい戦いになることが予想されるが、皆の健闘を祈るよ』


 そんなシルフォリア様の激励に呼応するように、森の至るところから「おー!」という雄たけびのような声があがる。


『ふふ。受験生も気合い十分のようだね。結果が楽しみだ。あ、でも一つだけ注意事項があるよ。確かに原則としては何でもありなのだが、殺傷行為だけは禁止だ。もし、殺傷行為が認められた場合は、その者を即時失格とする。ただ、私とて全知全能ではない。「月影の森」は一〇〇〇ヘクタールの広大な敷地だ。念話リプレルを飛ばすことくらいは可能だが、私の索敵魔法をもってしても、この森の全てを見渡すことはできない。そのため、私は制限時間の十二時間、「月影の森」を巡回する』


 ただ……と言ってシルフォリア様が続ける。


『見回りをするだけでは私が退屈なので、私もこの入学試験(ルビ:ゲーム)に参加しようと思う』


「ぶはっ?!」


 俺はシルフォリア様の突拍子の無い一言に思わず吹き出してしまった。


 念話リプレルは一方的な通話機能のため、当然俺の言動はシルフォリア様には伝わってないはずだ。

 けれど、彼女はまるで俺達の反応が見えているかのように、さも愉快そうに続ける。


『ああ、もちろん私から積極的に攻撃を仕掛けることはないが、受験生諸君からは私に攻撃を仕掛けてきて一向に構わない。そして、私が持っている特殊な魔石を奪うことができたら、その者に特別ボーナスとしてを付与するものとしよう』


「「ぶへっ?!」」


 今度は俺だけではなく、レリアも吹き出していた。


 俺達に渡されている魔石がせいぜい数個単位なのに一〇〇万個って……。

 一発逆転どころではないじゃないか。

 あのお遊び好きのシルフォリア様のことだから、二次試験にも何かあるのかもしれないと薄々思ってはいたが……。


 おそらくはシルフォリア様は端から自分も入学試験に参加するつもりだったのだろう。

 そして、それを最大限に楽しもうとしている。彼女が入学試験を「入学試験ゲーム」と言ったのがいい証拠だ。


 本当にふざけた人だと、俺はため息をつく。


 しかし、シルフォリア様から積極的に攻撃を仕掛けることはないということだし、触らぬ神に祟りなしだ。

 仮にその一〇〇万個の魔石を手に入れる受験生がいたとしても所詮は一人。

 その一人の合格が確定しても、残りの四九人に入れば学園には合格できる。


 すぐにその思考まで行きついたために、俺はレリアに話しかける。


「レリア。今の話だけど、仮にシルフォリア様と遭遇してもとりあえず無視しよう。わざわざ彼女のお遊びに付き合ってやる必要はない」


「はい。それが無難そうですね。あのシルフォリア様が本当に大人しく私達を見逃してくれるかは疑問ですが」


 レリアの言葉が核心を突きすぎていて言葉を失いかけたが、俺達はやれることをやるしかない。


「とりあえずは昨日立てた作戦通りに行こう。イレギュラーは当然発生するかもしれないが、その時はレリアが援護をしてくれ」


「はい! なんだか……ジルベール様にこうやって魔法をお見せするのは少し恥ずかしいですが、精一杯フォローさせていただきますね。私の闇魔法……少々刺激的だと思いますよ?」


 そう言って「うふふ」と微笑むレリア。


 昨日の慰霊碑前での一件を経て、レリアのキャラが以前と少し変わってしまったような気がしなくもないが、きっと打ち解けてきた証拠なのだろう。


『それでは準備はいいかな?』


 シルフォリア様の声が響き渡る。


 ――ただいまより二次試験を開始する!――




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