§030 罠

「うおっ! なんだこれ」

「誰か! 助けてくれー!」

「み、身動きがとれねぇ……」


 森の中からは戸惑いや助けを求める声が多数。


 そんな中、俺とレリアは悠然と歩みを進め、その声の集まる中心へと立つ。

 そして、うめき声を上げながら、まるで見えない網に捕らえられたかのように、身動き一つ取れずに辺り一面で跪いている受験生達に視線を走らせる。


「これは大漁だな」


「さすがジルベール様です。作戦通り、うまくいきましたね」


 俺達の視線の先には、地にひれ伏している受験生がざっと二〇名。

 俺達は作戦どおり受験生の大量捕縛に成功したようだ。


 俺達を認めた受験生の全てが敵意の眼差しをこちらに向けてくる。

 しかし、襲い掛かることが叶わずにギュッと唇を噛みしめている。


「……お前が術者か。これは……一体何の魔法だ」


 その中の一人が苦悶の表情を浮かべながらも口を開く。


「へぇ。この重力魔法の中で話せるとは大したやつだな」


 俺の口をついて出た感想に、レリアが思わず耳打ちしてくる。


(ジルベール様。台詞が完全に悪役になってますよ。もしかしたらこの中にも今後同級生になる方がいるやもしれませんので、あんまり悪印象は与えないように)


 こうやって俺達に捕縛された以上、この受験生達が合格することはもう望み薄だろうとは思うが、せっかくのレリアの気遣いなので、俺は襟を正して男の質問に答える。


「これは重力魔法。この『魔法陣』の中は重力が通常の十倍になっているんだ」


「魔法陣……だと? そんな古代の魔法をどうして……」


「確かに魔法陣は現代では使われることは皆無かもしれないが、使い方次第では十分強力な魔法だ。特にこういう設置型のトラップは魔法陣の真骨頂だろう」


 そう言って俺が両手を広げると、辺り一帯に敷設された魔法陣が一斉に輝き出す。

 その光景を見て、地面にひれ伏した受験生達が一様に息を飲む。


「これが全部魔法陣だと……? まだ試験が開始されて一時間も経っていないのにこんな大量に」


 魔法陣とは本来はこのように設置して使うのが一般的であり、俺が当たり前のようにやってしまっている空中に陣を描いて炎の弾丸を飛ばすというのがそもそも異質なのだ。


 俺が今現在展開している『魔法陣』は――重力魔法・超重力の罠グラビティ・バインド――。


 魔法陣に触れた者を超重力によって拘束する、魔法陣の真髄ともいえる設置型の魔法陣だ。


 魔力を消費するのは設置する一瞬で、魔力パフォーマンスが非常によく、重力による捕縛のため剣などによる物理攻撃での破壊も不可。

 通常の魔導士が描くとなると一個当たり数時間はかかる代物らしいが、【速記術】を使えば一個当たり一秒もあれば描けてしまうため、手当たり次第に設置しておいたのだ。


 ちなみにこの魔法の属性は『無』だ。


 なぜ魔法適性が『火』の俺が『無』属性の魔法を展開できているかというと、俺の【速記術】とレリアの魔法を合わせれば、他属性魔法を発動する際の弊害を緩和することが可能だったからだ。


 俺は今まで詠唱魔法の概念に固執して『火』属性の魔法ばかりを展開してきた。

 しかし、昨日の作戦会議中、ふと思い立って『火』属性以外の魔法を展開してみた。

 すると、特に問題なく他属性魔法を展開することができたのだ。


 元来、適性のない魔法を使うことの弊害としては、発動に膨大な時間がかかること、大幅に魔力を消耗することの二点が挙げられていた。

 しかし、前者の発動時間の問題は俺にとっては問題にすらならない。

 元々、コンマ一秒で描ける魔法陣が仮に一秒になろうが、二秒になろうが大差はないからだ。

 そして、後者の大幅に魔力を消耗する点。

 これについても、レリアの光魔法――小さな魔力の加護マジック・セイブ――があれば解決だ。

 もちろん、『火』属性の魔法を展開するよりは魔力を消費しているのだろうが、それを差し引いても他属性魔法を使用できるメリットは大きい。


「どうしてオレ達がここに来るとわかった」


 男は悔しさを滲ませながら言う。


「そんなの少し考えればわかる。二次試験は十二時間の耐久戦だ。そして十二時間もの間、水を全く飲まない人間はいないだろ?」


 そう言って俺は後方に流れるせせらぎに目を向ける。


 そう。俺とレリアが考えた作戦の全容はこうだ。

 まず俺達は二次試験で重要なポイントは大きく二つあると考えた。


【重要ポイント①】

 制限時間が十二時間と非常に長丁場であること。


 仮に試験が短時間であった場合は、ぼーっとしていたら試験自体が終わってしまう危険性があるため、是が非でも魔石を奪う必要があり、戦闘は激化することが考えられる。

 他方、試験が長時間であった場合は、最も憂慮すべきは魔力が枯渇することだ。

 魔法を使用するためには一定の魔力を消費する。

 魔力は有限であるため、仮に魔力が底をついた場合、当然魔法は使えなくなるし、最悪の場合、魔力欠乏症に陥り、動くこと自体が困難になる可能性もある。

 つまり、戦闘中に魔力が無くなるということは、裸で猛獣のいる檻の中に投げ込まれるのと等しいことなのだ。

 そのため受験生は、少なくとも試験の序盤は、魔力の消費を極力抑えるため、無用な戦闘を避け、情報収集に努めることが予想された。


【重要ポイント②】

 魔石は一次試験の勝者しか保有していないこと。


 魔石が一次試験の勝者にしか配付されていないということは、二次試験の開始時点で魔石を保持しているのは受験生の半分だけ。つまり、半分の受験生は魔石を奪う側、残りの半分の受験生は魔石を守りつつ奪う側になるというわけだ。

 ということは、極端な話として、魔石が配付されていない受験生は失う物がないわけだから、重要ポイント①で言ったペース配分などを気にせずに魔石を奪いに動く可能性が高いと言える。

 他方で、魔石が配付されている受験生は魔石を奪う以前に魔石を守る必要がある。

 受験者数が一〇〇〇人として、一次試験の勝者は五〇〇人。その五〇〇人に対して五個ずつの魔石が付与されているのだから、この二次試験会場に存在する魔石はシルフォリア様の特殊な魔石を除けば約二五〇〇個ということになる。そして、試験に合格できるのは上位五〇名なわけだから、五○個の魔石を保有していれば合格ラインと言えるのだ。これはそこまで厳しい数字ではない。魔法の実力さえあれば数時間で確保できる数字だろう。


 以上を総括すると、序盤に動く受験生は魔石を保有していない受験生であり、魔力を保有している受験生は試験の序盤は魔力温存の観点から積極的な戦闘を避ける傾向にある(ゆえに魔石保有数に大きな変動は起こらない)、ということになる。

 となると、俺達のような一次試験の勝者は、魔石を保持していない受験生と戦闘をしても何の実益もない以上、序盤は静観し、全ての受験生が積極的に動き出すと考えられる後半に注力することが合理的と言えるだろう。


 が、俺とレリアはそれを敢えて逆手に取ることにした。


 俺達は試験開始直後から四方八方を駆けずり回り、魔石保有者が戦闘を避けるために身を潜めそうな場所や立ち寄りそうな場所、すなわち洞穴や水場などに魔法陣を設置しまくったのだ。


「まあさすがに一度にこんな大人数を捕縛できるとは思ってなかったけどな。見たところ、一つの集団だな。徒党を組んで試験を乗り切る作戦ってところかな」


「くぅ……罠を張るなんて卑怯な真似を……貴様はそれでも由緒ある王立学園の受験生か!」


 受験生の一人が噛みつくような大声を出す。


「卑怯? シルフォリア様も言ってただろ? 謀略、計略、何でもありの魔石争奪戦だと。シルフォリア様だって罠を張る生徒がいることなんてとっくにお見通しだったと思うぞ?」


 そう言って俺が男の受験生を見下ろすと、男は苦々しい表情を浮かべる。


「それじゃあ、そろそろレリアの出番かな」


「はい。じゃあ私も作戦通りに」


 レリアはそう言うと先ほど大声を張り上げていた男の受験生に近付く。

 そして、地面に這う男に目線を合わせるように膝をつくと、男に優しく問いかける。


「名も知らぬ受験生さん。大変心苦しいのですが、持っている魔石を全て渡してくださいませんか?」


「は、お前いきなり何言ってるんだ」


 当然のことながらレリアの問いかけに男は首を縦には振らない。


「なるほど。交渉決裂ですか。それでは……」


 その反応は想定の範囲内とばかりに今度は男に更に近付いて何やら耳打ちをする。

 すると、レリアの言葉を聞いた男は一度目を見開いたかと思ったら、まるで全てを諦めたかのようにコクリと頷いた。


 その瞬間、レリアは胸の前で手を組んで短い詠唱を口ずさんだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る